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第14話:ミッション・コンプリート

 本田の言うところの「歓迎会」を行うことになり、今日は放課後クラスメイトの大多数が集まることになった。


 放課後にそのままカラオケ店に直行するらしい。そういう娯楽っぽいのに行ったのはいつ以来だろう……。いや、この世界の俺はまだカラオケとか行ったことないかも。


 そもそも、これの記憶では2000年前後だと女子高生はケータイ……いや、ピッチにストラップを何個も付けてて、ギャルとかいっぱいいたはずだ。コギャルは……90年代前半だったか。アムラーは……中盤だったか。


 ブカブカのカーディガン着て、ルーズソックスだった。ガングロはもう少し後だけど、みんなだいぶ日焼けしてたと思う。俺は入院していた時は、毎日昔のことを思い出していた。普通なら忘れてしまうような記憶が鮮明だ。時系列についてもある程度整理がついている。


 それでも、俺のいた世界とは違う世界だ。みんな女子は色白だし。個人的にはガングロはちょっと……。それもまた時代かな。


 みんなでカラオケ店に向かってるんだけど、歩道の広さの関係で横は3人まで。ずらーっと行列となって店に向かっている。こんな行列の中に自分が入っている過去はなかった。


 しかも、横にはリーフさんが歩いている。


「リーフさん、ガングロはしないんですか?」

「ガングロ……? なんですか? それ」


 この世界にはガングロがなかったかもしれない……。


 後思い出せる2000年ごろの情報って、「パラパラ」とかかな。3月だったか「プレステ2」が発売になったのも覚えてる。小渕内閣とか、2000円札もこの年だったはずだ。


「ここだよ! ここ!」


 本田が嬉しそうに指さした。いつも楽しそうだな、こいつ。


 カラオケ店に着いた。人数が人数なので割と広い部屋なのにギチギチだ。横の人と肩が当たる狭さだ。これがブラック企業時代だったら横は脂っこいおっさんだった話だろう。でも、すぐ今のすぐ横はリーフさんだ。ちなみに、反対側はアルノ。どっちもやわらかくてなんかいいにおいがする。


「なに歌う?」

「あ、本こっちにも1冊ちょうだい!」

「本足りないから、受付に持ってきてもらって」

「ジュース全員に渡った?」

「あ、コーラはこっち! あとコーラが1個足りない」


 クラスメイトが30人もいたらカオス状態だ。


 意外と驚いたのは、デンモク的な端末がないこと。歌う歌を探すのは全て紙の本なのだ。そう言えば、この頃ってまだ紙の本しかなかったなぁ。


 俺はこういう時って一歩も二歩も引いてしまう。歌がうまい訳じゃない。歌が好きな訳じゃない。できればカラオケにだって来たくない。


「よーし、みんなジュースが手元にあるな!」


 本田の掛け声で部屋の中が静かになった。さっきまで歌う曲を探していた人たちも、とりあえず本を膝の上において本田に注目した。


「よし! じゃあ、挨拶をリーダーの……」


 嫌な予感……いや、嫌な予感しかしない。


「雄大頼む!」


 やっぱりーーーっ!


 みんなに注目されてとりあえず立つ。


「えーーー、1年A組! せっかく一緒のクラスになったんだ。色んなことが起こるとは思うけど、みんなで力を合わせて乗り切ろう!」


 俺は持っていたコーラのグラスを上に掲げた。


「「「「「おおーーーっ!」」」」」


 みんなのってくれた。よかったーーー。


 〇●〇


 とりあえず、カラオケは始まった。


「1番、須原那由多歌います! 私のアビリティは『歌唱』です!」


 みんなが「おおー!」と歓声を上げた。


 彼女はYUIの「again」を歌った。ノリのいい曲で、アニメのタイアップも取れたはずだ。普段音楽とか聞かない人でもどこかで聞いた曲だろう。


「うまーっ!」

「声に深みがある!」

「音が外れないの!」


 確かにうまい! 音は外さないし、高音までよく出てる。難しい歌だろうけど、声のかすれ具合まで駆使して聞かせる歌に仕上がっていた。多分、この日のために練習してきたな!?


 どうやら、アビリティは芸術関係にも及ぶようだ。そして、彼女のアビリティを聞いた次の瞬間、俺の手には「歌唱」のアビリティ・デバイスを持っていた。


 どうせ俺もいずれ歌う必要があるのだろう。俺は静かにデバイスをうなじに近付けて、インストールした。


「あの……」


 すぐ横にいたリーフさんに話しかけられた。デバイスをインストールした直後だったので驚いた。


「な、なに……?」


 きっと俺の笑顔は引きつっていただろう。


「さっきの、乾杯の挨拶ですが……」


 あ、もしかして、リーフさんがしたかったのだろうか。なんたって首席だし。


「とっさに頼まれたようにお見受けしたのですが、よどみなくきちんと挨拶できたのって、なぜでしょうか?」


 うっ……するどいな。俺はブラック企業で働いていたので、当然、お客さんの接待とかにも駆り出される。そこではお客さんに気に入られないと契約してもらえない。別に言われている訳じゃないけど、そう忖度せざるを得ない状況はある。


 急にフラれても可もなく、不可もない立ち居振る舞いができるようになってしまうんだ。人間追い込まれると嫌でも成長するんだ。


「一応、特別な訓練を受けているんだよ」


 俺は無難に答えてみた。ちょっとジョークを交えた答えのつもり。


「そうなのですか。それはどのような訓練なのでしょうか?」


 リーフさんはこんな人だった。言葉を額面通りに受け取るんだ。


「すごく興味があるので、ぜひ今度紹介してください」

「はい、今度ね……」


 永遠に来ない「今度」だけど……。


「それにしても、あんなにちゃんとしたコメントができるなんて、豊田さんは社会に出た大人みたいな方ですね」


 うっ……。めちゃくちゃ社会に出た大人だった。でも、ここで話してもみんなを混乱させるだけ。なにしろ、俺だってよく分かってないのだから。


 その後は、俺必殺の「YESでもNOでもない応対」でリーフさんの追及を回避し続けるのだった。


「じゃあ、次は雄大の番な!」


 急にマイクがパスされてきた。


「一発盛り上がるのを頼むぜ!」


 本田よ、そのフリは最悪だ。お笑い芸人に「面白いことを言って」と言うのと同じくらい悪手だ。


 とりあえず、俺は尾崎豊を歌った。それも「卒業」を。俺は普段あんまり曲を聞かない。たから、歌える曲が少ないのだ。ほとんどないと言ってもいい。


 だから、アビリティに賭けた。歌詞くらいは知っている曲だったので、ちゃんと歌えるって信じて歌ったのだ。


「〽支配からのっっ……そつきょうぅ……」


俺は歌い切った。全力で歌い切った。


「すげーーーっ!」

「うまい! 尾崎の曲は尾崎が一番と思ってたけど、これはこれでいい!」

「ああ、なんか今、私目から感動が溢れてきてる!」

「うまーーー! これの後に尾崎は歌えん!」


 みんなからは「尾崎うまい!」とか「しぶい!」とか言われた。1992年に亡くなった尾崎豊は、2000年には既に伝説になっていた。たしか、享年26歳だったと思う。


「入学式直後に卒業とか……!」と本田には揶揄われた。めちゃくちゃウケてたので、とりあえず、「一発盛り上がるの」という無茶ぶりミッションはコンプリートしたと考えていいだろう。


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