俺は安堵していた。カラオケではちょっとした騒ぎにはなったけれど、とりあえず終わったからだ。
ちなみに、「ちょっとした騒ぎ」っていうのは、俺と「歌唱」のアリティ持ちの須原さんとの点数勝負になったこと。
カラオケって採点機能があるじゃない。あれは2000年ごろにはあったみたいなんだ。ただ、小数点以下はなし。つまり、今みたいに「99.999」とかじゃなくて、「99」みたいな感じ。最高点は100点なのは同じ。
須原さんがYUIで100点を出したら、俺も尾崎で100点。須原さんが小柳ゆきの「あなたのキスを数えましょう」で100点を出したので、俺は福山雅治の「桜坂」で100点。
最初は、順番通りに歌っていたのに、段々俺達が毎回100点なのに気づいたやつがいた。
「豊田くんと須原さん1曲ずつ歌ってどっちが先に100点出せないか勝負して!」
なんだその100点出すことが当たり前になっている勝負。嫌に決まってる。
「その挑戦、受けた!」
いや、須原さん勝手に受けるなよ! そして、おもむろに浜崎あゆみの「SEASONS」を入れた。
当時の最新曲ばっかり入れているところを見ると、あまり練習しなくても「歌唱」で100点行けるみたいだ。
ヒット曲って、今も昔も男1人のアーティストって少ないから最新のヒット曲って縛りになると歌う曲が少ない。
俺はのんびりした「懐メロ」に移行した。奥田民生の「イージュー★ライダー」。これはテンポもゆっくりだし、比較的歌いやすい曲だ。俺にとっては「懐メロ」で割と知っている人が多いので接待でカラオケを歌う必要がある時に「逃げ」として歌っていた曲だ。
「イージュー★ライダーだ! 俺この曲好きなんだよ!」
誰かが乗っかった。たしか、リリースは1996年だから、このアビリティ世界では3~4年前の曲。そんなに「懐メロ」に分類されていないようだった。
「でたよ! 100点! すげー! 俺は歴史の証人になっている!」
一方、須原さんは浜崎あゆみ、モーニング娘、小柳ゆきなどこの年にヒット曲を次々と飛ばす女性アーティストの最新曲を歌いあげて、これまた次々100点を出していく。
俺はと言えば、接待で嫌々歌った曲を歌い応戦。歌っている間に営業時代の嫌なことを思い出し、段々テンションが下がっていく。
次にフジパブリックの「若者の全て」を歌おうと思ったら、こちらは2007年リリースなので、当然カラオケには入っていなかったし、みんなも知らない。
次の案として、真心ブラザーズの「サマーヌード」は1994年。これで100点をゲット。
カラオケルームは俺と須原さんの1対1の対決の場となっていて、他の誰も歌わない。歌えない。俺としてはすごく嫌な状況になっていた。
ここでその嫌な状況を打破する音が聞こえたのだ。
(プルルルル)終了時間を告げるインターホンの呼び出し音だ。
「あと、残り時間10分だってー」
クラスメイトの報告にみんなは残念な顔をした。俺は心の中でガッツポーズをした。
「じゃあ、最後雄大の一曲で終わるかな」
本田ーーー! なぜそこで俺にバトンを渡す!?
さすがに俺ではもう、歌えるレパートリーが尽きてきたので、ぐっと古いサザンの「いとしのエリー」を歌った。確か1979年リリースなので俺もリアルタイムじゃないけど、同名のマンガが好きでそこからサザンの曲も履修していた。
「いとしのエリー」はバラードでこれまで歌ってきた曲と比較するとゆっくりとしたテンポだ。
横にいたアルノは目を閉じて身体をゆらして曲を楽しんでいた。リーフさんは気づけば目を輝かして俺の方を見ている。とても歌いにくい。1音でも外そうもんならひんしゅくもんである。
最後ということもあって、気付けばクラスメイト全員がこっちを見ている。この状況ではとても歌いにくい。
「エリぃぃーーー、マイラーーーそうすぃーーーっっ!」
しかし、俺は歌い切った。当然、俺にこんな鉄の精神はない。もしかしたら、「歌唱」の力なのかもしれない。
(((パチパチパチパチ)))
みんなからの拍手で俺は我に返った。もう帰りたい。今すぐ帰って死にたい。
「豊田くん、すごいね。さすがクラス委員!」
須原さんが握手を求めてきた。面と向かっての握手なので断れない。
「それほどでも。須原さんすごいね。最新曲も知ってるし、全部100点」
俺がそう言いながら手を出すとガッチリと握手を交わした。でも、彼女の手は小さくて、やわらかくて、やっぱり女の子の手だった。
「私の場合は『歌唱』があるからね! 豊田くんも歌唱持ちでしょう!」
「ははは……」
ここでもまた「YESともNOとも言わない能力」を発動させ、場をしらけさせずに返事を回避させた。
みんなそれぞれにカラオケ店を出た。
「それにしても、最後の30分は雄大と須原さんの一騎打ちで見ごたえあったわー!」
本田の一言で救われた気がした。カラオケを二人で占拠して他の人が歌えなくしたのは事実。
ふと夕日に染まる空を見上げた。ずっとベッドに寝たきりだった俺だから、こうして普通にカラオケに来れるだけで感無量なところもあった。
その上、俺の人生ではこんな風にクラスメイトとカラオケに来ることなんてなかった。初めての感覚に自分の心臓が騒がしかった。
俺はなんとなく「アレ」を感じていた。俺の過去にはなかった「アレ」。そう、口に出すのもテレくさい。身悶えして走り出したくなる「アレ」だ。
……そう、「青春」ってやつ。真っ只中のやつでも言うことがはばかられて最近じゃ「アオハル」とかって言う、アレ。
なんだこのほのぼの学園生活は。「作者」よ、これが描きたかったのかよ。アビリティデバイスどこ行った。俺が色々を大人の回避力で回避するから問題が起きなさすぎて、日常系に成り下がったのか!?
そんな「作者」に対するディスりを考えていると目の前で事件は起きた。
(キーーーッ)(ドンッ!)