人は信じられないものを見たとき、どんな反応を示すのだろうか。
カラオケ店を出てみんなで歩道を歩いていたら、横断歩道のところでおっさんが車にはねられたのだ!
突然のことに固まる一同。俺の記憶にはこんなことは起きなかった。そもそも、俺がクラスのみんなとカラオケに行ったりもしていなかったのだが。
「鈴木! 救急車に電話してくれ! 本田! 一緒に来てくれ!」
気づけば俺は二人に声をかけていた。
事故があったときは素早く対応ってのが、免許を持ってるもんの努め。……あぁ、このアビリティ世界ではまだ持ってないけども。ややこしいなぁ!
おっさんは交差点で左折している車にはねられたのだようだった。弾き飛ばされて脇の段差で頭を打ったようだ。血が出ている。かなりの量だ! その上、意識がない。
はねた車は大型のセダン。歩道に乗り上げた上に道沿いの家のブロック塀に突っ込んでる。しかも、電柱にも当たっていて、ヒビが入っている。運転手はおばさんって感じ? こっちも意識がない。
ハンドルにうなだれている。エアバックはないみたいだ。しかも、運転席側のドアはブロック塀に突っ込んでるので開かない。車の位置を変えないとドアは開かなそうだ。
まずは被害者。俺はそう判断した。
「本田! おっさんの傷を押さえて血が出るのを押さえてくれ! これ使え!」
「分かった!」
俺はカバンからタオルを出して本田に手渡した。
そして、俺は車の助手席を開け……開かない! このままだと電柱が運転席に
倒れて来そうな状況。
しょうがないので、後部座席から乗り込んで運転席のシートを後ろに動かした。エンジンはかかったので、ギアをバックに入れてゆっくりと後ろに下がる。
従来世界の俺は運転免許は持っていたから車を動かすのは造作もない。ただ、未成年だし、免許を持ってない。俺を叩くならどこかの山で豆腐を届けている高校生も叩け、などと思いつつゆっくりとバックしていった。
下がったと同時にブロック塀と電柱が車があった位置に倒れ込んでいた。ツッコんだ車が無くなったから壁が倒れたのかもしれない。でも、電柱は多分関係なく倒れてきた。そのままいたらおばちゃん電柱の下敷きだったかもしれない。
サイドブレーキを引いて車を降りたら、電柱は運転席があったところをピンポイントで潰していたけど、通行人とかには被害がなかったらしい。
「雄大! 大丈夫!?」
アルノが駆け寄ってきた。
「ありがとう。俺は大丈夫だ」
アルノの顔は真っ青だった。そりゃあ、こんな状況だしな。
「アルノ、こっちのおばさんの側にいてやってくれ。側にいて『大丈夫』って言ってればいい」
「え? う、うん。分かった」
次はおっさんのほう。俺はおっさんの方に走って行った。
おっさんは、道路脇に倒れている。このままではあとの車にはねられるので交通整理が必要だ。その役目は鈴木が買って出てくれていた。
「本田、おっさんは?」
「血が止まらない!」
本田はおっさんの頭の傷をタオルで押さえている。足とかなら心臓に近いほうを圧迫したら血が止まりやすいってなにかで見たけど、頭の場合それをやると首を締めることになってしまう。
「代わろう」
「頼む」
俺は本田と変わった。ずっと押さえておくのは大変だ。しかも、どのくらいの圧力で押していいのか分からない。
それでも傷口を押さえるしかないのだ。少なくとも、素人の俺ではそれしか思いつかない。
「さ、寒い」
おっさんがうわ言のように言った。血液を失うと体温が下がるとか聞いたことがある。これもスーパードクターKとかゴッドハンド輝とかのマンガの知識だろう。
「すまん。本田、ちょっと押さえるの変わってくれ」
「ああ」
一旦戻って俺は上着を脱いでおっさんにかけた。無いよりマシだろう。
「次、俺も」
「分かった」
今度は本田が俺と変わって本田の上着もおっさんにかけた。
せっかくの新品の制服。血で汚れるだろうに。全く気にせず本田は制服をおっさんにかけたのだ。
俺は所詮この世界の人間じゃない。少なくとも意識は。そういった意味では、制服にも全く価値を感じていないから、おっさんにかけて血まみれになっても全く気にしない。
ところが、本田は違う。真っ向かたなきこの世界の人間だ。新入学でピカピカの制服をこうも惜しげもなくおっさんにかけてやれる心は俺とは段違いだ。本当にいいやつなのだろう。
「さ、寒い……」
ダメか。
「これも使ってください!」
今度はリーフさんが上着を脱いでおっさんにかけた。その上で腕のあたりをさすって
それよりもおっさんだ。血が止まらない。このままだと死んでしまう。こんな時に俺はなにもできない。せいぜいマンガで読んだ程度の簡単な知識しかない。
(ピーポーピーポーピーポー)「救急車だ!」
「雄大! そのまま押さえといてくれ! 俺は救急隊を誘導してくる!」
「分かった! 頼む!」
俺はとにかく必死におっさんの傷を押さえた。
「ケガ人はこちらですか!?」
救急隊だ。2人も。やっと来てくれたか。
「これは……? ずっと押さえていたんですか?」
もしかして処置が間違ってたか!? もしかして、余計なことをしてしまったんだろうか。まいったな……。でも、嘘はよくない。
「はい。このタオルで押さえてました」
見ればタオルは血で真っ赤になっている。その時だった。
「懸命な処置、感謝します!」
なんか救われた気がした。急に視界が開けた気がした。救急車は2台来てるみたい。おばちゃんの分も来ているみたいだ。
おっさんのこともあとは任せるしかない。
しかし、なんの因果か、俺と本田は救急車に乗り込み病院まで付き添うことになった。
救急車の中は意外に狭い。本当に端っこのほうにちょこんと乗せられた。だから、俺と本田は別々の救急車に乗っている。
そして、俺の目の前にはおっさんが寝かせられている。このおっさんはちゃんと生きられるのか。あんなに血が出ていた。なにか障害が残ったらどうしよう。自分が長いこと寝たきりだったので、同じ思いは誰にもしてほしくない。
この世界に「作者」がいるなら、なぜこんな事件を起こすのだろう。きっとそいつは碌なやつじゃない。もし、「作者」がいないなら、「神」でもいい。人は何事もなく毎日平凡に過ごせたらそれでいいじゃないか。
悪いことをするやつもいなければ、世の中は平和だったはず。人間は完璧なようで、あちこちに欠陥を抱えてやがる。首のところの神経がちょっとズレただけで全身に電気信号が届かなくなって全身動かなくなってしまうこともある。
俺がこの世界に来たのが、「神」のいたずらか、「作者」の気まぐれなら、目の前のおっさんを助けてやってくれ。地球の裏側の戦争の話までは俺ではどうしようもないけど、せめて目の前の普通のおっさんくらい助けてほしい。
救急隊の人がおっさんの頭の方の処置をしていたので、俺はおっさんの手を握って「頑張れ」とか「大丈夫だから」とか、誰にも聞こえないだろう声の大きさでずっと言っていた。今の俺にはそれくらいしかできなかったから。
そして、病院に着いたら一気に騒がしくなった。
「ストレッチャー動きます!」
「はい!」
隊員の人と病院の人の会話は救急車の中でも聞こえていたけど、暗号のようだった。
俺はどうしていいのか分からず、おっさんが運ばれた処置室の前のベンチに腰かけた。
「よっ!」
少し遅れて本田も来た。