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第17話:目標を持つことの意味

 外はもう暗くなってきていたのに、病院の廊下は少し優しい明かりが灯っていた。


「俺達病院に来る意味あったか?」


 卑下とかそういうのじゃない。本当に俺達には何もできないのだから。


「お前、そのまま帰ってたら家に着く前に通報されてるぞ」


 そう言って俺の方を指さす本田。


 言われて自分の服を見たら血まみれなのだ。手とか真っ赤だった。


「あと、警察も病院のほうに来るってさ。事情を聞きたいらしい」

「めんどうそうだ」

「違いない」


 本田も俺の横にどさっと座った。ようやく役目を終えたって気がして、気が抜けた感じ。従来世界だったら一杯やりたいところだ。


「あ、二人とも、こっちに来てください。手を消毒しますね」


 ここで看護師さんに呼ばれ、俺達はおっさんとは別の小部屋で手を洗った。


 流しは1つしかなかったので、本田を先に洗わせた。


「偉かったね。ずっと圧迫してたんでしょ? あれが無かったら大変なことになってたかも」


 看護師さんが労いの言葉をかけてくれた。どこまで本当なのか、俺には分からなかったけど、嬉しいとは感じた。


 俺はあのおっさんのとこを思い出していた。素人目に見ても血が出過ぎていた。かなり危なかったはず。いつ意識を失って、そのまま戻らないことだってあり得た。そんな人たちと毎日接しているなんて、目の前の看護師や処置に当たっている医師に尊敬の気持ちがわいた。


「お姉さんはアビリティとかあるんですか?」


 俺は手を洗いながら訊いた。


 年を取るというのは嫌なもんだ。質問していながら俺は看護師の返事を予想していた。


『もちろんよ。私のアビリティは……』


 こんな感じだろうか。自然な感じでアビリティ・デバイスをコピーさせてもらおうと思っていたのだ。ところが、予想外の答えが返ってきた。


「ごめんね。私にはそういうのはないの。私は私にできることを一生懸命やるだけ……」


 虚をつかれたというか、答える言葉を失った。俺にとってはこの世界は現実ではない。どこかゲーム感覚というか、「生きている」というよりは「プレイしている」ような感覚にとらわれていた。


 それが、こんな風に真剣に生きている人がいるなんて……。


 俺なんかアビリティ・デバイスを6つも7つも持っているのに、なにもできなかった。今だって、おっさんを待っているだけ。


 再び廊下のベンチに座って待つだけの状態。テレビドラマみたいに部屋の上に「手術中」って赤いランプなんて点灯してなかった。


「なあ、雄大」

「どうした?」


 ベンチでは退屈な時間が続く。警察とはこうも来ないものか。


「あのとき車の運転してなかったか?」


 しまった。塀から車を引き出すときに見られていたか。俺は従来世界の記憶が残っている。


 当然、車も運転していたから今も運転できる。


「なんとなくできた」

「そっか」


 おいおい、そんな小学生みたいな理由で納得したのかよ。言うほうもどうかしてるが、納得するほうもどうかしてるぞ。


(ダダダダ)今度はお母さんと娘って感じの2人がかけてきた。病院は走るのは禁止だろうけど、ここは2000年くらいの世の中。今みたいに厳しくはない。事情も考慮されてか病院の誰も注意などしない。


「あの……苅田は! 苅田清滝は無事でしょうか!?」


 この慌てぶりは奥さんと娘と言ったところだろうか。奥さんは40代くらい。娘さんは高校生ってところか。


「事故にあったかたなら、今処置中ですよ。運ばれる時も意識はありました」

「あなたは……!?」


 こういうときになんて言うのが正解だろう。「名乗るほどのもんじゃありません」って逆にカッコつけてないか!?


「たまたま事故を見た者です」

「一緒に来てくださったんですね。ありがとうございます。ありがとうございます」


 俺と本田は仏像にでもなった気分だった。母娘から何度もお礼を言われた。


 これでおっさんに何かあったら俺はどんな顔をしたらいいんだろう。処置も本当にあれが最善だったのか。むしろ悪いことをしていないか気持ちも落ち着かなかった。


「奥様ですか?」


 処置室から一人の看護師が出てきた。


「はい。苅田の妻です!」


 今度は奥さんまで処置室に入っていった。そうなると、娘の方が落ち着かない。


「呼ばれるまで座ってたら?」


 本田がぶっきらぼうに言った。


 瞬きをするのも忘れているかのような娘のほうは、そのままの表情でストンとソファに座った。


「大丈夫だったらいいな」

「……」


 こいつは不器用なおやじかと思うほど、一定の距離を取ったまま娘の近くで本田が声をかけていた。


 10分、20分経っただろうか。処置室のドアが開き、車いすに乗ったおっさんが出てきた。頭には白い包帯とネットがかけられているが、意外にも意識があった。


 顔は多少の擦り傷はあるものの、比較的元気に見えた。


「お父さんっ!」


 その顔を見たら、娘が車いすのおっさんに飛びついた。完全に泣いていた。良い家庭なんだろうな。


「きみ達が救急車を呼んでくれたのか」

「あ、はい」


 本当は鈴木なんだけど、ここにはいないので適当に返事をした。


「ずっと押さえていてくれたってね? あれがなかったら危なかったそうだ」


 元気なおっさんはなんか違和感があった。さっきまで瀕死だったのに。まあ、良いことだけど。


「なにか医療の知識が?」


 車いすを押している白衣の人が聞いた。これが医者だろう。初老の紳士みたいな印象。


「いえ、マンガで呼んだ程度です」

「そうかー、マンガもバカにできないな」


 医者は笑っていた。多分、この医者も普段マンガを読むのだろう。


 そんなどうでもいい話ができるほどにはおっさんの調子はよかった。


「先生は特別な力があるんですか?」

「ああ、私のアビリティは『精密動作』なんだ。手術とか処置のときに役に立つんだよ。今回も血管を縫ったんだ」


 血管ってほんの数ミリ程度だろう。しかも、肉に埋もれてるはず。そんなのを見つけて縫うとかやっぱり医者はすごい。


 スタープラチナみたいな人だった。でも、やっぱり能力は1つだけ。医学の知識とかは長年勉強したのだろう。簡単に医者の能力を手に入れるのは難しそうだった。


 おっさんは頭を打っていることと血がたくさん出たことから、今日は入院で明日から検査らしい。それでも数日で退院できるのだと聞いた。さっそく入院手続きのために行ってしまった。


 俺と本田は警察が来るというので、それを待つことに。正直早く帰りたい。


 警察が来るまで待合い室を使わせてもらえることになった。


 不謹慎だが、俺は充実していた。テキパキと動けたかは分からないけど、少なくとも意欲的に動けた。ここで俺は一つ悟った。「目的」を持って行動することがこの充実感を生むということを。


 これまでの俺には「目的」とかなかった。「目標」ももちろんなかった。なんとなく生きていたら良いことがあっても、悪いことがあっても、全てはぼんやりしていた。


 目標を持つことで充実した日常が訪れるのだ。俺は自分の目標について考えた。俺の目標……それはなんだろう。

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