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第3話

「う、うん。落とさないでよ」

 最後にナツミが正面の下から石に手を添えた。

 三人とも目を閉じ、沈黙が流れた。


「願掛け……終わった?」

 目を開けたアキトが言った。


「うん」

 ハルタとナツミの声がユニゾンした。


「じゃあゆっくり下ろそう」

 ナツミが手をよけ、アキトとハルタはゆっくりと座布団の上に石を戻した。


「ふう、重かった」

 アキトは中腰になってひざに手を載せ、ため息をついた。


「なんか面白かったな」

 ハルタは平気な顔をしている。


「ねえ、ハルタは何を願ったの?」

 ナツミが聞いた。

「ええ? 言うわけないじゃん。それならナツミは?」

「え? はは、秘密」

「ずりーじゃん、なら人に聞くなよ」

「だいたい願いなんて他人に言ったらかなわなくなるんじゃないの?」

 アキトが口をはさんだ。

「あ、そうだよな。じゃあそれぞれ秘密ってことで」

 ハルタが答え、ナツミが続けた。

「うん。そうしとこうね」


 そもそも三人とも、ここで願いを言えるわけがないのだけれど。その願いがたいへんな事態を引き起こすことはまだ知る由もなかった。


   ◇


 翌朝、アキトは自分の体に奇妙な感じを覚えながら起床した。

「あれ?」

 寝ているのは見慣れたベッドの上じゃなかった。


 アキトは部屋を見回した。かわいいぬいぐるみがいっぱいあって見覚えのある光景だけど……。

「え? ここ、ナツミの部屋だ!」

 アキトは驚き、一気に眠気が吹っ飛んだ。


「どういうこと? まさかボク、夢遊病でナツミの部屋に侵入したとか……」

 でも部屋にナツミの姿はない。

「あれ?」

 見覚えのある色白の手と細い手首……。


「え? ボク? ナツミ!?」


 アキトは驚いて学習机の脇にあるドレッサーの前に立った。

「なんだよこれ、ありえないでしょ……」

 鏡に写ったのはナツミのかわいいパジャマ姿だった。


「昔はナツミのパジャマ姿なんて見慣れてたけど……」

 アキトは両手で自分のほほをたたいてみた。

 鏡の中のナツミもほほをたたいた。


「夢……じゃないんだな……ふう。ボク、ナツミになっちゃったってことか……こんなこと、現実とは思えないけど……」

 アキトは改めて鏡に映る自分、というかナツミを見詰めた。


「あ! じゃあボクの体は? ああ、きょうは土曜日でよかった。まずはうちに行ってみるしかないかな」


 こんな状況でも冷静さを失わないアキトだけど、同じマンションの中とはいえ、自分の家に行くにはこの体を着替えさせなければならないことに気付いてがく然とした。


「パジャマ脱ぐの? ええ!? いいのそれ?」


 そもそもどの服を着ればいいか、どこに服があるかもわからない。


「あーもう。そうだ。目をつぶってジャージに着替えればいいんだ」

 学習机の横にナツミの学校用バッグがあった。ちょっとちゅうちょしたが、アキトはファスナーを思い切って開いた。


「あった。よかった」

 中から体操用ジャージを引っ張り出して目の前に置き、アキトは(体はナツミだけど)目を閉じてパジャマを脱ぎ、大急ぎでジャージを身に着けた。


「ふう。見てないからな」

 ナツミの部屋はマンションの廊下側にある。両親はリビングにいるだろうから見つからずに出られそうだと思い、アキトは(体はナツミだけど)部屋のドアを開けた。


「あ、お姉ちゃん。おはよう」

 廊下にはナツミの弟、大樹がいた。ちょうど向かいの部屋から出てきて鉢合わせしてしまったのだった。

「あ、はは、タイキ、おはよう」

「え? お姉ちゃんがあいさつ返してくれた……」

(おいおい、弟におはようとか言わないのかナツミは……)

「あ、はは。たまにはね。すっきり起きられたから」

「ふーん。まあいいや」

「あのさ、タイキ」

「え?」

「お姉ちゃん、ちょっとアキトのとこ行くけどさ、黙っててくれないかな」

「ええ? ひみつのお出かけ?」

「あ、まあね」

「わかった。ボク黙ってるよ。お姉ちゃんも隅におけないね」

(小学三年生がどこで覚えたんだ、そんな言葉)

「ちょっと用があるだけだから」

「うん。わかった」

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