ハルタは朝寝坊だ。夢を見ていた。
「お前たちの願い、しっかと聞き届けた」
神社で石を持ち上げた三人の前に、赤い前掛けをかけ、眉間に三つの赤い印をつけ、しっぽが三本ある白いキツネが姿を現した。
「われは女神、ウカミノタマの化身じゃ。本来は五穀豊穣ごこくほうじょうをつかさどっておるのだがな、今回は特別じゃ。三人の願いをかなえてやろう」
「キツネ!?」
ハルタは驚いて声を上げた。
「こらお前、無礼なやつだな。われは稲荷いなりじゃ。われのことが見えているのはお主だけじゃぞ。ありがたく思え」
「え?」
目の前のアキトとナツミは黙って無表情のまま石を持ち上げている。
「三人の願いをすべてかなえるのは難儀なんぎだったが、なんとかしてみたぞ。うれしく思え」
「はあ……」
(なんぎってなんだ?)
「まあよい。目覚めればすべてがわかる」
「え?」
そこでハルタは目が覚めた。
「あれ?」
ものすごく見覚えがあるが、自分の部屋じゃない。
「ここ、アキトの部屋だ。オレ、どうしちゃったんだろ」
見回してもアキトはいない。
「おっかしいなあ」
そう言って立ち上がったハルタは、見えた景色がちょっと変なことに気付いた。
「あれ? オレ、背が伸びた?」
ハルタが頭に手を持っていこうとして、視界に入った手に驚いた。
「え? これオレの手じゃない! 見覚えあるけど……」
ハルタはあわててアキトの机の引き出しから手鏡を取り出した。
アキトの部屋のどこに何があるかはたいてい知っている。
「マジか!?」
鏡に写った顔はアキトだった。
「うーん。やっぱオレと違ってイケメンだよなあ。頭もいいし……ってオレが入ってたら頭よくないか。ってそれどころじゃない。オレ、アキトになっちゃった!?」
ハルタは(体はアキトだけど)力が抜けてベッドの上にあお向けになった。
「なんだよこれ? どうすんだよ」
天井が見えた。
「夢じゃないよなあ……さっきまで変な夢見てたし」
そうつぶやいたハルタだったが……。
「そうだ! オレの体はどうなってるんだ!? もしかして、アキトが入ってるのか!?……アキトがバカになっちゃう……ってそんなことはないか。あー、考えててもしょうがない。アキトの家に行ってみるしかないか」
◇
「うーん」
悪い夢を見ていたような気分でナツミは目覚めた。
「ちょっと寝すぎたかな」
ベッドの上で体を起こし、見回した景色にナツミはあっけに取られた。
壁一面にたくさんのロボットアニメのポスターが貼ってある。学習机の上にはプラモデルが並び、床にはゲーム機や着替えの服、マンガ雑誌や単行本が散乱している……。
「は!?」
一瞬にしてここがハルタの部屋であることにナツミは気付いた。
「な、なんなのこれ?」
ただ、ハルタはいない。何事が起きたのかわからず頭が混乱したまま、ナツミは立ち上がった。
「あれ? 私、ちょっと背が低くなった?」
手を頭に持って行こうとしてナツミは驚いた。かわいいが、見覚えのある男子の手だ。
「これ、ハルの手!? どうなってるの!!?? まさか……」
ナツミはパジャマの裾をまくり上げた。
細いが健康そのものの男子の脚が見えた。
ハルタの部屋には鏡はないことをナツミは知っている。
「ああ、しょうがない。最後の手段」
そう言ってナツミは自分の体の前におそるおそるそっと手を当てた。
「やっぱり……はあ……」
ハルタの体の中にいることをナツミは認めざるを得なかった。
「なんなの、これ。意味わかんないし……」
ナツミは(体はハルタだけど)床にへたり込んだ。
「夢……じゃないのかな」
ナツミはほほを思い切りつねってみた。
「……覚めないか。ああもう、どうすればいいの、これ。ハルになっちゃうなんて。最近ちょっときつく当たってたから、バチが当たったのかなあ」
ナツミは涙が出そうになったが、両ほほを叩いて思い直した。
「ハルじゃないんだから泣いてる場合じゃないな。これって超常現象だよね。あり得ないけど、あり得たんだからなんとかしないと」
窮地で一番きもがすわっているのはナツミだった。
「そうだ、じゃあ私の体は……まさかハルが入ってる!?」
ナツミは(体はハルタだけど)パジャマ姿のまま玄関を飛び出した。