ジャージに着替えたアキトは(体はナツミだけど)マンションの外階段を駆け上り、自分の家を目指した。息を整え、玄関のアルコーブの奥のチャイムに手を伸ばしたところで、アキトはちゅうちょした。
(もしボクがボクのままだったら?)
怖い考えが頭に浮かんだ。それだとナツミは消えてしまったことになる。その時、玄関ドアが開いた。
「え?」
あわてた様子で出てきたの自分の体を見てアキトは(体はナツミだけど)つい声を上げた。玄関ドアがゆっくり閉まった。
「あれ? ナツミ?」
自分の体から声をかけられる奇妙さにアキトはムズムズした。声が微妙に違う。いつも話している自分の声と録音の声が違う、あれだ。
「どうしてここにナツミがいるの?」
そして、二回も自分のことを「ナツミ」と呼ばれたアキトは、はたと気付いた。目の前の自分の体にナツミが入っているなら、今の自分、ナツミの姿を見て言うセリフじゃない。
じゃあ、こいつ(自分だけど)誰なんだ?
まさか、やっぱりもう一人の自分?
アキトはさっきの怖い考えを思い出して少し背筋が寒くなった。それでも冷静を装って自分の体に向かって聞いてみた。
「あ、えーとアキト、どこ行くの?」
「え? オレの家だけど」
「は? オレ?」
「あ、いや、あ、オレ、オレじゃないか、ボクだった。はは。あ、ボクの家ここか」
アキトは一瞬にして理解した。そして少しほっとした。
「中にいるの、ハルタだね」
「え? なんで? ナツミなんでわかったの? え? どういうこと?」
「ボクはナツミじゃない、まあこの体はナツミだけど、中身はボク、アキトだよ」
「は?」
一瞬の沈黙が流れた後、ハルタ(体はアキトだけど)が叫び声を上げた。
「ええええええええええええ!?」
アキトは(体はナツミだけど)慌ててハルタの(体はアキトだけど)口を押さえた。
「声大きいって。ちょっとこっち来て」
「むぐむぐ……」
アキトは(体はナツミだけど)ハルタの(体はアキトだけど)口をふさいだまま外階段の踊り場まで連れて行った。
「な、な、何がどうなってるの? ナツミがアキトって? わけわかんないって」
少し落ち着いたハルタは(体はアキトだけど)声を潜めてそう言った。
「ボクだってわけわかんないよ。でも、そうなんだ。ハルタだってボクの体の中に入ってるってことでしょ」
「……まあそうみたいだけど。でもさ、お前がアキトだっていう証拠がないじゃん?」
「ハルタの右のお尻にはほくろが二つ。あそこはまだツルツル」
「あ、はは。ホントにアキトだね」
ナツミの声で言われてちょっと恥ずかしかったが、ハルタはナツミの中身がアキトだということを理解した。
「で、この状況だと、ハルタの体に入っているのはナツミの可能性が高いと思うんだ」
アキト(体はナツミだけど)が冷静に分析した。
「あ、ああ確かに。だとすると、オレたち三人がぐるっと入れ替わったってことなのかな」
「うん。よくわかったね、ハルタ」
「あ、またそうやってオレのこと……てか、そんなこと言ってる場合じゃないか」
「だからさ、まずはハルタの家に行ってみよう」
「ああ、わかった」
◇
ハルタの家を飛び出したナツミ(体はハルタだけど)は外階段を駆け下り、自分の家に急いだ。アキトと同じように自分が自分のままだったらどうしようかと一瞬、頭に不安がよぎったが、考えていても仕方がないと腹を決め、玄関のチャイムを押した。
「はーい」
インターフォンに出たのは弟のタイキだった。
「あ、えーと、ハルタですけど、ナツミさんいますか?」
ナツミはハルタを装ってそう告げた。
「あ、お姉ちゃん? ちょっと待っててね、今、カギ開けるから」
タイキの言葉に少し違和感を感じたナツミだったが(体はハルタだけど)、タイキが出てくるのを待った。数秒でドアが開いた。
「あれ? ハルちゃん?」
驚いた顔でタイキが言った。
「お姉ちゃんがふざけてハルちゃんのまねしたと思ったんだけど。ホントにハルちゃんだったんだ」
「え?」
弟とはいえ、タイキのカンの良さにナツミは(体はハルタだけど)舌を巻いた。少し古いマンションなので、玄関にモニターカメラはない。
ただ、タイキの言葉通りなら、自分の体は外へ出ていることになる。
「ナツミは?」
「あ、えーとね……」
タイキは先ほど姉(中身はアキトだけど)から黙っていてと言われたことを思い出し、言葉を濁した。
「どこに行ったの?」
「あの……言っちゃだめなんだ」
タイキの言葉の意味がわからず、ナツミは(体はハルタだけど)つい声を荒げて問いつめた。
「言っちゃだめってどういうこと?」