「はあ……」
母親がリビングに戻るのを見てハルタ(体はアキトだけど)はため息をついたが、はっと気が付いて二人に小さな声で宣告した。
「二人とも約束通り目をつぶってよ」
二人もひそひそ声で答えた。
「もう、私が怒られちゃったみたいなのに」
「まあまあ……入ろうよ」
ハルタの部屋に入るなり、二人は目をつぶって床に座った。
「五分でかたすから」
ハルタは(体はアキトだけど)そう言って部屋の片付けを始めた。
「トントン」と部屋の戸を叩く音がして戸が開いた。ハルタの母が立っていた。
「あれ? なんでアキト君が掃除してるの?」
「あ、あの、罰ゲームなんです。だからほら、私たち目をつぶってるでしょ」
アキトが(体はナツミだけど)機転を聞かせてそう言った。
「そうなの? でもハルタ、全部やってもらっちゃだめだからね」
「あ、はい」
ナツミが(体はハルタなので)申し訳なさそうにそう答えた。
「あら、なんだかきょうはやけに素直ね。じゃあ、掃除が終わった頃に飲み物持ってくるね」
そう言ってハルタの母は戻って行った。
「あー、やばかった」
ハルタが(体はアキトだけど)ほっとしたように言った。
「もうさ、私ばっか怒られてるんだけど」
「うーん、ごめん。オレが悪かったです」
「ほらほら、早く片付けてよ。ボクら目を開けられないじゃん」
「わかった。ちょっとだけ待ってて」
ハルタが見られたくないのは、六年生の修学旅行の時に同級生にスマホで撮ってもらって大きくプリントしてあったナツミとの記念写真だった。机の引き出しに入れていたので見られてはいないとは思ったけれど、一応開けて確認し、急いでひっくり返した。
(ああ、壁に貼ってなくてマジよかった)
ごまかすためにハルタ(体はアキトだけど)は床に散乱した服やゲームを壁際に寄せ、マンガ雑誌をまとめてクローゼットにぶち込み、単行本の一部を机の引き出しに並べて入れて、念のためひっくり返した写真があることも絶対にわからないようにした。
「おまたせ。片付いたから目を開けていいよ」
そう言われた二人は目を開けた。
「さっきよりはきれいになったかな」
ナツミ(体はハルタだけど)が珍しくハルタをほめた。
「はは。ナツミが言うと、ハルタが自画自賛してるみたいだね」
「ホント、私も変な感覚になっちゃう。で、見られたくないものは隠したの?」
「え? なんのことかな……」
ハルタ(体はアキトだけど)はしらを切るしかなかった。
「アキトがしゃべってるのに、バカハルってわかっちゃうのがなんだかなあ……」
「もう、なんだよ。お前だってオレになっちゃってるじゃないか」
「そうね、それに免じて許してあげる。男子だもんね」
「あ、だからそういうのじゃないって」
「恥ずかしがらなくてもいいから」
「だからあ……」
「ほらほら、仲良しはその辺にして。緊急事態なんだから」
アキトが(体はナツミだけど)二人をたしなめた。
「仲良しじゃないし……そうだった! 入れ替わった原因!」
ハルタが(体はアキトだけど)思い出してそう言った。
「さっきのハルタの話からすると、原因はあの神社での願かけだと考えていいと思うんだけど……」
アキトが(体はナツミだけど)さっきまで考えていた推理を展開し始めた。
「でも、そんな非科学的なことってあるのかな?」
理科好きなナツミが(体はハルタだけど)疑問を呈しながら続けた。
「超常現象であることは間違いないけど……」
「そうだね、心理学や精神医学で言う多重人格ってのはあるけど、人格の入れ替わりはあり得ないからね」
「うう……アキトが難しすぎることを言うとオレ、頭が……」
「はは、大丈夫だよ。そっちの話には行かないから」
「トントン」と戸を叩く音がして、ハルタの母が再び部屋に入ってきた。飲み物が入った三つのコップが入ったお盆を持っている。
「片付け終わった? ああ、まだ汚いけど、しょうがないかな」
そう言ってハルタの母は、お盆を床に置いた。
「ハルタはカルピスで、ナツミちゃんはコーラ、アキトくんはアイスの無糖コーヒーだったよね」
「あ、はい。ありがとうございます」
アキトが(体はナツミだけど)お礼を言った。
三人はそれぞれ、自分が入っている体に言われた通り、飲み物が入ったコップを手に取った。
「じゃあ、ごゆっくり。中学これから楽しみだもんね」
そう言ってハルタの母は戻って行った。
「はああ……」
ハルタ(体はアキトだけど)がため息をついた。