「ボク、コーヒー飲みたいな」
手に持ったコーラを見詰めてアキトが言った(体はナツミだけど)。
「オレはコーヒー飲めないよ。コーラはもっと嫌いだけど」
ハルタ(体はアキトだけど)は苦そうな顔をした。
「私もカルピスはいいかな。コーヒーよりはましだけど」
そう言ってナツミは(体はハルタだけど)コップをお盆に戻した。
「時計回りに飲み物交換すればいいだけだよ」
アキトがそう言って(体はナツミだけど)コップをお盆に置き、つられてハルタも(体はアキトだけど)同じようにコップを置いた。
アキトはくるりと一二〇度、お盆を時計回りに回した。
「ほら、目の前が好きな飲み物になった」
「オレたちもさ、こうやって入れ替わったんだよな」
ハルタがつぶやいた。
「そういうこと」
「ああ、のど乾いた」
そう言ってナツミは(体はハルタだけど)コーラの入ったコップを手に取り、ごくごくと飲み始めた。
「うわ、オレがコーラ飲んでる。げっぷ出そう」
「ハルはお子さまだからね」
「くっそー、またバカにして」
そう言ってハルタは(体はアキトだけど)濃いめのカルピスを飲んだ。
「はは、ボクがそんな甘ったるいもの飲んでるの、シュールだなあ」
そう言ってアキトは(体はナツミだけど)コーヒーを一口すすった。
「私がコーヒー飲んでるみたい。あり得ないなあ」
「ナツミだってお子さまじゃないか」
「え? 私コーヒー嫌いなだけだし」
「あ?」
アキトが突然(体はナツミだけど)首をかしげた。
「どうしたの?」
ナツミが(体はハルタだけど)不思議そうな顔で聞いた。
「あのさ、最初に持った飲み物、三人ともあんまり好きじゃなかったでしょ」
「うん」
「それで、時計回りに交換したら、好きなのになったでしょ」
「そうね」
「でもさ、体で考えると三人とも苦手な飲み物だよね」
「ああ、確かに」
「ってことは、ボクら三人の体、嫌いな飲み物を飲めてるってことでしょ」
「えーと、話が見えないんだけど」
ハルタ(体はアキトだけど)が困った顔で口を挟んだ。
「はは。もう少し聞いて。で、ハルタの夢の話に戻るけど、キツネが三人の願いをかなえるって言ったんだよね」
「あ、うん」
「ってことはさ、誰かが苦手な食べ物や飲み物を克服したいって願ったんじゃないの? で、くるっと入れ替わっちゃった。ボク、ピーマン好きだけどナツミ嫌いだったでしょ。ボクはトマトだめだけどハルタは好きだったよね。あと、ハルタは辛いもの無理だけどナツミは大好きだよね……あれ?」
二人がけげんそうな顔をしている。沈黙が流れた。
「あーごめん。オレそんなこと願ってない」
「私も……」
「え?」
「アキトは願ったの?」
ナツミが聞いた。
「いや……願ってない……」
また沈黙が流れた。
「それに、まだあの神社での願掛けが原因かどうか、わからないでしょ」
ナツミ(体はハルタだけど)は残りのコーラを飲みほし、そう言った。
「あ、まあ確かにそうかもだけど……」
ちょっと困った顔でアキト(体はナツミだけど)が答えた。
「宇宙人のしわざとかの可能性はない? 私たちが寝てる間に連れて行かれて、UFOで脳を入れ替える手術をされちゃったとか」
「ああ、ナツミはそういう話好きだもんね。でも、じゃあなんでボクらが選ばれたのかな。それこそ、かなりあり得なくない?」
「ううーん、まあそうだけど……」
「オレは、オレたちが仲良すぎるのが原因じゃないかって思ったんだけど」
ハルタが突然、自信たっぷりに口をはさんできた。
「はあ? ハル、意味わかんないけど?」
ナツミが口をとんがらせていった。
「オレたち、幼稚園からずっと一緒じゃん。だからさ、いつの間にか頭の脳波がこんがらがっっちゃったんじゃないかな」
「はは、ハルタが脳波なんて難しい言葉知ってたのはうれしいけど……それだと、きょうだいとかみんなの頭がつながって大混乱しちゃうよ」
「ああ、まあ確かに……」
「やっぱり非科学的だけどさ、神様のしわざってのが一番しっくり来るんだよね。ハルタの夢に出てきたわけだし、ヒントをくれたのかもって思うしさ」
「そうかなあ……」
アキトが神様説を主張しても、理科少女のナツミはなかなか納得しない。
「あ、そうだ! 思い出したけど、白いキツネが『なんぎだった』って言ってた。なんぎってなんだ?」
「ああ、難儀ね。難しいってことだね」
「あ、そうなんだ。さすがアキト。ナツミの声だけど。あ、それから続けて『なんとかしてみた』って言ってたかな」
「うーん。ボクらの願いをかなえるのは難しいけど、なんとかしてみたってことか」
「アキト? わかったの?」
こぶしをほほに当てて難しい顔をしていたアキト(体はナツミだけど)を見て、ハルタ(体はアキトだけ)が聞いた。
「あ、ああ。あのさ、ハルタは何を願ったの?」
アキトの逆質問にハルタはちょっと戸惑ったが……。
「え? オレ? ……きのうも言ったけど、やっぱ言えないかな。だいたい秘密にしとこうってアキトが言ったんじゃん」
「まあそうだけど。手掛かりになるかなと思って……じゃあ、この入れ替わりでその願い、かなったと思う?」
アキトが詰める。
「え? あ、えーと……」
ハルタ(体はアキトだけど)は言葉をにごした。