「征太郎せいたろうさま、ですね」
「覚えていただき、光栄です。清子きよこさま」
『清子』と呼んでいたあの人は、もういないことを悟った瞬間だった。
手に持つ盲杖もうじょうがより一層、彼の今を物語っていた。
「どうしてですか?」
「なにがでございましょう」
『なにが?』
“なぜ、ここにいるの?”
いや、清仁きよひとさまの乳母の調子が悪いから、鍼灸師を呼んだ。そして、来てくれたのが、征太郎さまだった。
“違う。そんなことが聞きたいのではない”
「どうして、あなたは、鍼灸師になったのですか?」
『目が見えなくなったから』
それが適切な答えだろう。
では、どうして、そんなことになったのか。
「教えて下さい」
沈黙は長くは続かなかった。
彼はそっと、唇を開いた。