銀杏が、ぽとりぽとりと音を立てて落ちていく。
わたしの白無垢の裾が、スッと廊下に音を立てる。
式場に入ったとき、夫となる健一さんは、うっすらと目を細めた。
‥‥初めて化粧をして見せた相手が、見合い結婚した相手だったなんて——
白無垢の中にしまってある片方の鏡は、いつか、わたしに幸せな自分を映してくれる日が来るのだろうか。
一平には、会わせてもらえなかった。
『会うと辛くなるだけですよ』
お母さんじゃない。お父さんがそうお母さんに言わせたんだ。
盃を持つ手が震える。
唇が震えて飲むことさえ難しい。
舌に触れただけでこんなに不味いものがこの世にあるのかと思うと、逃げ出したい気持ちになった。
その夜、健一さんの手が白無垢にかかった時、片方の鏡がするり落ちた。
拾って見る健一さんの手を止めることはできない。
「なんだ?」
「それは。‥‥幼い頃からの宝物です」
「宝物?」
不審がる健一さんにどう答えたらいいだろうか。
上手に誤魔化すことを考えなければ。
「はい。友達と片方ずつ持つことにしたんです。キレイになるために、毎日磨こうねって」
これくらいの嘘。構わないわよね。
「‥‥‥‥鏡に夜のあなたを見せるわけにいかない」
友達が男だと見抜かれてしまったのだろう。
優しくもなければ冷たくもない。
そして、特に気にかけるわけでもない。
持っていたハンカチで割れた鏡を包み直した健一さん。
「大事にしろ」
どうしてか、返された鏡は、手の中がじんわりと温かかった。