健一さんが出征してまもなく、一平も出征するという知らせが届いた。
「お母さん……ごめんなさい」
娘のさくらを抱きしめるお母さんは、何も言わずに、わたしが駆け出すのを見送ってくれた。
太陽の照りつけは容赦がなかった。
焼けつくような日差しが、まるで足を止めるようにわたしを包み込む。
さくらに飲ませるはずだった胸が張って痛む。
それでも——たったひとつの笑顔を見ることを、許してください。
私はひたすら走った。
駅のホーム。列車はまもなく発つところだった。
一平は、決まって四両目を選ぶ。
——変わっていないと、信じた。
窓の向こうに、懐かしい顔を見つけた。
日焼けした肌、少し痩せた輪郭。痛々しいほどに、胸がきゅっと縮こまる。
「一平!」
大きく名前を呼ぶと、一平は振り返ってくれた。
「光子……どうして……」
涙が止まらない。言葉にならない。
でも、それでも、どうしても伝えたかった。
「生きて……生きて帰ってきて!」
一瞬、キョトンとした顔が、あの頃と変わらない、やんちゃな笑顔に変わる。
「当たり前だろ。……俺を誰だと思ってるんだ」
安心させようとしてくれているその優しさが、嬉しくて、苦しかった。
こんなにも、心が張り裂けそうなのに。
「もう泣くなよ。そして……泣き顔を、鏡に映すな。
俺は鏡を通して、お前のこと、見てるからな」
「うん」
窓越しに手を重ねる。
触れられるはずのない手なのに、温かさを感じた。
終戦が訪れた。
健一さんは、少し痩せてはいたけれど、無事に戻ってきた。
一平の母様が泣き崩れたと、風のうわさで聞いた。
私はそれから、ずっと、割れた鏡を手元に置いている。
鏡を見るときは、笑顔でいようと決めていた。
鏡の前では、泣かないと誓った。
——でも、本当は、泣きたくてたまらなかった。
生きて帰るって、言ったのに。
一平、の嘘つき!
夜、布団に潜って、声を殺して泣いた。
隣で、さくらを抱いて眠る健一さんは、何も言わなかった。
でも、気づいている。
静かに目を閉じたまま、すべてを知っているような寝顔だった。