目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 残酷な知らせ

 健一さんが出征してまもなく、一平も出征するという知らせが届いた。


「お母さん……ごめんなさい」


 娘のさくらを抱きしめるお母さんは、何も言わずに、わたしが駆け出すのを見送ってくれた。


 太陽の照りつけは容赦がなかった。

 焼けつくような日差しが、まるで足を止めるようにわたしを包み込む。


 さくらに飲ませるはずだった胸が張って痛む。

 それでも——たったひとつの笑顔を見ることを、許してください。


 私はひたすら走った。




 駅のホーム。列車はまもなく発つところだった。

 一平は、決まって四両目を選ぶ。

 ——変わっていないと、信じた。


 窓の向こうに、懐かしい顔を見つけた。

 日焼けした肌、少し痩せた輪郭。痛々しいほどに、胸がきゅっと縮こまる。


「一平!」


 大きく名前を呼ぶと、一平は振り返ってくれた。


「光子……どうして……」


 涙が止まらない。言葉にならない。

 でも、それでも、どうしても伝えたかった。


「生きて……生きて帰ってきて!」


 一瞬、キョトンとした顔が、あの頃と変わらない、やんちゃな笑顔に変わる。


「当たり前だろ。……俺を誰だと思ってるんだ」


 安心させようとしてくれているその優しさが、嬉しくて、苦しかった。

 こんなにも、心が張り裂けそうなのに。


「もう泣くなよ。そして……泣き顔を、鏡に映すな。

 俺は鏡を通して、お前のこと、見てるからな」


「うん」


 窓越しに手を重ねる。

 触れられるはずのない手なのに、温かさを感じた。




 終戦が訪れた。


 健一さんは、少し痩せてはいたけれど、無事に戻ってきた。

 一平の母様が泣き崩れたと、風のうわさで聞いた。




 私はそれから、ずっと、割れた鏡を手元に置いている。

 鏡を見るときは、笑顔でいようと決めていた。

 鏡の前では、泣かないと誓った。


 ——でも、本当は、泣きたくてたまらなかった。


 生きて帰るって、言ったのに。

 一平、の嘘つき!




 夜、布団に潜って、声を殺して泣いた。

 隣で、さくらを抱いて眠る健一さんは、何も言わなかった。

 でも、気づいている。

 静かに目を閉じたまま、すべてを知っているような寝顔だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?