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第13話

 翌朝、『暁の朝』の逮捕ニュースはまだ流れていなかった。

 その代わり、『赤と青』壊滅の速報が、朝のテレビ画面を賑わせていた。

 犯行グループの逮捕、内部協力者の存在。詳しい情報は伏せられていたが、複数の顔写真と「国際犯罪組織の実態」というテロップが流れている。


(ボスは、これをどう見てるんだろう)


 そんなことを思った自分に、少し驚いた。

 でもきっと、焦ってる。

 今度は『暁の朝』の番だと、内心で悟っているはず。


(だったら、今日もちゃんと証言しよう)


 その気持ちは、昨日よりも静かに強かった。



「あなたは、公安の保護対象になったから」


 そう伝えられたとき、不思議とすぐには喜べなかった。

 裏組織の構成員として育ち、命令に従いスパイの任務を続けてきた。

 それなのに保護されるなんて、本当に許されるのだろうかという戸惑いが、胸の片隅に残っていた。


「貴重な証言をありがとう。……何か、あなたから聞きたいことはある?」


 事情聴取を担当していた女性公安官が、淡々とした声で尋ねた。

 言いたいことは山ほどあった。


 ボスの行方。組織の今後。

 おばあちゃんの遺体は、どこにあるのか。


 でも、口をついて出たのは、思いがけない名前だった。


「……早川さんは?」


 本当は、渡辺さんのことを尋ねたかった。

 でも、今すぐ聞くべきではない気がした。

 事情を知らずに巻き込まれてしまった先輩のことが、素直に気がかりだった。


「事情聴取中よ。……泣いてる」


 あの早川さんが泣いていると聞いて、思わず胸が締めつけられた。


「じゃあ、優香は……? 小坂優香。友達なんです」


 少しの間を置いて、公安官は訊ね返してきた。


「……知りたい?」


 その言い方が、どこか慎重に聞こえた。

 名を出すこと自体、扱いが違うのだと直感する。


「はい。教えてください」


 静かに頷くと、公安官は短く言った。


「『暁の朝』の構成員だったのよ」


「……そんな」


「あなたの監視役だった。ボスがそう命じていたそうよ」


(優香が……?)


 親しげな笑顔。なんでもない日常の会話。

 すべてが“自然”だった。

 だからこそ、疑いようがなかった。


 でも、それが“任務”だったとしたら。

 すべてが裏切りだったとしたら。


 ――わたしは、何を信じればよかったのだろう。


「……今日はここまでにしましょう」


 公安官がそう言って、ペンをそっとわたしの前から引いた。

 その動作のあと、ふと資料に目を落としたまま言葉を続けた。


「そういえば……毛利さん、一つだけ、伝えておきますね」


 視線は資料から動かさないまま、彼女は告げた。


「拳銃は、偽物だった」


「……え?」


「内部構造が改造されていて、弾は装填できない。

 撃鉄も作動しない。発砲したように見せかけるだけの、偽装品よ。

 ほら、あなたのカバンの中に入っていたでしょ」


 その一言が、わたしの中にゆっくりと沈んでいった。


(……なんで偽物だったの?)


 静かな疑問だけが、胸の奥に残る。


 ボスはわたしを使い捨てにしようとしていたはずだ。

 本物の拳銃を持たせて、罪を背負わせるつもりだった。

 なのに――すり替えられていた。


(誰が? いつ? 何のために?)


 答えは、まだわからない。

 でもその疑問を、わたしは確かに受け取った。


「また、明日ね」


 公安官はそう言って、静かに部屋を出ていった。

 その背中が、わずかに揺れて見えたのは、気のせいだっただろうか。


(偽物……)


 その言葉だけが、心の底で静かに響いていた。


(ボスじゃない、組織じゃない)


 誰かがわたしを守ってくれてるーー。

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