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第19話 エスパーのアドバイス(渡辺目線)

 警察庁の共同スペース。

 自販機でホットコーヒーを手に取り、一息つく。


 遊園地での爆破予告も、協力者たちの働きで無事に収束した。

 俺の隣にいた女性公安官が、石川が“あの子”を止めてくれたことを褒めていたな。

 冷静だった、と。


 今年は組織の壊滅が相次いだ。『暁の朝』『赤と青』、そして『髪色の瞳』。

 石川の両親が関与していた組織も、ようやく摘発までこぎつけた。


 その報告を伝えたとき、石川は短くうなずいた。

 だが、次に出てきたのは、意外な名前だった。


「春音ちゃん、遊園地で渡辺さんを見たんです」


 なぜ、そこでその話になる。

 保護下で接触は制限されているはずだ。


「……そうか」


 そう返すと、石川は続けた。


「すごく会いたそうでした」


 あいかわらず、まっすぐなやつだ。

 余計なことを言うなと思いつつ、訂正はしなかった。


「……俺は、会いたいと言われていない」


 それが事実だった。

 彼女が保護された直後、『会いたい』という申し出があり、会おうとした矢先、『暁の朝』の壊滅作戦が決定された。

 以降、面会の希望は出ていない。


 任務として対応しただけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 ──ただ、あの夜、報告はあった。


『江藤さん、毛利帆奈の拳銃をすり替える時、寝言で“渡辺さん”と名前を呼んでいました』


 一瞬、心に引っかかった。

 だが、すぐに切り捨てた。


 彼女が俺にスマホを託した。それで充分だ。

 あの判断が、彼女を公安の保護対象にするきっかけになった。

 あのまま任務を続けていれば、破綻していた可能性が高い。


『会えますよね?』


 その一言だけは、まだ耳に残っている。


江藤えとうさん。毛利帆奈さんが会いたいと言っています』


 ──会いたい、か。


 なぜだろう。

 任務は終わった。接点は、もうない。


(……それでいい)


 彼女がどこかで、静かに暮らしていけるのなら。

 それでいい。


 冷めかけたコーヒーを一口飲んだ。

 また次の任務が待っている。

 その繰り返しの中で、誰か一人の記憶に留まる必要など、本来ない。


 あの子が無事なら、それでいい。

 それ以上は、どこにも踏み込まない。


 それが、この仕事だ。

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