警察庁の共同スペース。
自販機でホットコーヒーを手に取り、一息つく。
遊園地での爆破予告も、協力者たちの働きで無事に収束した。
俺の隣にいた女性公安官が、石川が“あの子”を止めてくれたことを褒めていたな。
冷静だった、と。
今年は組織の壊滅が相次いだ。『暁の朝』『赤と青』、そして『髪色の瞳』。
石川の両親が関与していた組織も、ようやく摘発までこぎつけた。
その報告を伝えたとき、石川は短くうなずいた。
だが、次に出てきたのは、意外な名前だった。
「春音ちゃん、遊園地で渡辺さんを見たんです」
なぜ、そこでその話になる。
保護下で接触は制限されているはずだ。
「……そうか」
そう返すと、石川は続けた。
「すごく会いたそうでした」
あいかわらず、まっすぐなやつだ。
余計なことを言うなと思いつつ、訂正はしなかった。
「……俺は、会いたいと言われていない」
それが事実だった。
彼女が保護された直後、『会いたい』という申し出があり、会おうとした矢先、『暁の朝』の壊滅作戦が決定された。
以降、面会の希望は出ていない。
任務として対応しただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
──ただ、あの夜、報告はあった。
『江藤さん、毛利帆奈の拳銃をすり替える時、寝言で“渡辺さん”と名前を呼んでいました』
一瞬、心に引っかかった。
だが、すぐに切り捨てた。
彼女が俺にスマホを託した。それで充分だ。
あの判断が、彼女を公安の保護対象にするきっかけになった。
あのまま任務を続けていれば、破綻していた可能性が高い。
『会えますよね?』
その一言だけは、まだ耳に残っている。
『
──会いたい、か。
なぜだろう。
任務は終わった。接点は、もうない。
(……それでいい)
彼女がどこかで、静かに暮らしていけるのなら。
それでいい。
冷めかけたコーヒーを一口飲んだ。
また次の任務が待っている。
その繰り返しの中で、誰か一人の記憶に留まる必要など、本来ない。
あの子が無事なら、それでいい。
それ以上は、どこにも踏み込まない。
それが、この仕事だ。