そのとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「女心が分かってないのね」
顔を見なくても分かる。
そして、この世で一番、謎の女性は、彼女かもしれない。
なにも言わなくても、俺が今向き合わなければならないことや、しなければいけないことを、的を得て言ってくるのだから。
「何故、そう思う?」
缶コーヒーを買い、俺の隣に座ると、微笑んでるのが分かる。
「どうしてだと思う?」
「君が優秀な公安官だから?それとも」
「ええ。あなたの妻だから」
顔を見るとにこりと笑ってる。
「そんな君に“女心が分かってない”なんて言われるとね。どうしてそう思う?」
「あら。班は違っても顔見れば分かるわよ」
答えになってないが、公安同士、会話は限られてる。
「なんて言うのかな。あなたは、相手を諦めさせる力を身につけてないの」
「期待させることはしてない」
事実だった。
俺は特に相手になにもしてないのだから──。
「女の子はね。あなたといるだけで、期待することもあるの。そして、時に突き放すことも必要」
「誰のことを言ってる?」
「誰だと思ってるのよ」
そう返してくるのか。
言わないだけで、想いを打ち明けられることは多々ある。
結婚してると言ってるんだが──。
「まあいい。それで、女心を勉強しろって?」
「そうね。相手を諦めさせる方法くらいは。一緒に考えてあげるから」
「はあ。任せた」
これが逮捕突入になると人格変わるのだから──。
「もうすぐ、クリスマスね」
「ああ。あの子のクリスマスプレゼント買わないと」
あの子は、俺たち親の顔を覚えていてくれるだろうか。
忘れられないよう努力しないと。
まだ2歳足らずだからな。
「じゃなくて、【悪かった、助かった】なんて言葉じゃダメ」
「え?」
なんで知ってる?どこ情報だ?
盗聴器でも付けられてるのか?
それとも小型カメラ?
いや、そんなことはない、はず。
「クリスマスに、花でも贈ったら?」
「待て。……君は、それでいいのか?」
「彼女なら、それで前に向けると思うよ。その代わり——あなたが、一生懸命選ぶのよ」
普通の妻なら、反対するところだろう。
けれど、弥生は何も言わなかった。
その沈黙には、「あなたが選べば、きっと届く」という——言葉にならない信頼が込められていた。
彼女はふっと笑った。
「妻として言ってるの。あなたに思いを寄せる女性は、できれば1人でも少ない方がいいもの」
思いを寄せる、か。
できれば、そうでない方がよかった。
あの子の幸せのためにも、そうであってほしくなかったんだ。
俺が認めなければ、成立しない気がしていた。
俺なんかを思って、幸せになれるはずがない。
違う世界で、誰にも邪魔されずに、静かに笑っていてほしい。
ーーただ、それだけだった。
「
「ん?」
「今夜、話があるの」
「ここじゃダメか?」
「ええ。職場でする話じゃないから」
あの話か。却下だな。
俺はまだ、あの子との時間を取ることの方を優先したい。
そのとき、周囲の公安官たちが、なぜか揃ってニヤニヤしていた。
……しまった。
「相変わらず、仲がいいですね」
「ほんと。よそではクールなのに」
そんなふうに見られていたとはな。
まあ、反論できない。
さて、まるでエスパーのような公安官であり、俺の妻でもある彼女の言葉には、逆らわない方がいいだろう。
ただ――これは、よくないんじゃないか?
贈るとしても、名前は伏せておこうか。
きっと、あの子なら分かってくれる。
言葉にしなくても、届くことがあると、信じているから。