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第20話 エスパーのアドバイス(渡辺目線)2

 そのとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「女心が分かってないのね」


 顔を見なくても分かる。

 そして、この世で一番、謎の女性は、彼女かもしれない。

 なにも言わなくても、俺が今向き合わなければならないことや、しなければいけないことを、的を得て言ってくるのだから。


「何故、そう思う?」


 缶コーヒーを買い、俺の隣に座ると、微笑んでるのが分かる。


「どうしてだと思う?」


「君が優秀な公安官だから?それとも」


「ええ。あなたの妻だから」


 顔を見るとにこりと笑ってる。


「そんな君に“女心が分かってない”なんて言われるとね。どうしてそう思う?」


「あら。班は違っても顔見れば分かるわよ」


 答えになってないが、公安同士、会話は限られてる。


「なんて言うのかな。あなたは、相手を諦めさせる力を身につけてないの」


「期待させることはしてない」


 事実だった。

 俺は特に相手になにもしてないのだから──。


「女の子はね。あなたといるだけで、期待することもあるの。そして、時に突き放すことも必要」


「誰のことを言ってる?」


「誰だと思ってるのよ」


 そう返してくるのか。

 言わないだけで、想いを打ち明けられることは多々ある。

 結婚してると言ってるんだが──。


「まあいい。それで、女心を勉強しろって?」


「そうね。相手を諦めさせる方法くらいは。一緒に考えてあげるから」


「はあ。任せた」


 弥生やよいの笑みは、普段から安らぎをくれる。

 これが逮捕突入になると人格変わるのだから──。


「もうすぐ、クリスマスね」


「ああ。あの子のクリスマスプレゼント買わないと」


 あの子は、俺たち親の顔を覚えていてくれるだろうか。

 忘れられないよう努力しないと。

 まだ2歳足らずだからな。


「じゃなくて、【悪かった、助かった】なんて言葉じゃダメ」


「え?」


 なんで知ってる?どこ情報だ?

 盗聴器でも付けられてるのか?

 それとも小型カメラ?

 いや、そんなことはない、はず。


「クリスマスに、花でも贈ったら?」


「待て。……君は、それでいいのか?」


「彼女なら、それで前に向けると思うよ。その代わり——あなたが、一生懸命選ぶのよ」


 普通の妻なら、反対するところだろう。

 けれど、弥生は何も言わなかった。

 その沈黙には、「あなたが選べば、きっと届く」という——言葉にならない信頼が込められていた。


 彼女はふっと笑った。


「妻として言ってるの。あなたに思いを寄せる女性は、できれば1人でも少ない方がいいもの」


 思いを寄せる、か。

 できれば、そうでない方がよかった。

 あの子の幸せのためにも、そうであってほしくなかったんだ。


 俺が認めなければ、成立しない気がしていた。

 俺なんかを思って、幸せになれるはずがない。

 違う世界で、誰にも邪魔されずに、静かに笑っていてほしい。

 ーーただ、それだけだった。


亮平りょうへいさん」


「ん?」


「今夜、話があるの」


「ここじゃダメか?」


「ええ。職場でする話じゃないから」


 あの話か。却下だな。

 俺はまだ、あの子との時間を取ることの方を優先したい。


 そのとき、周囲の公安官たちが、なぜか揃ってニヤニヤしていた。


 ……しまった。


「相変わらず、仲がいいですね」


「ほんと。よそではクールなのに」


 そんなふうに見られていたとはな。

 まあ、反論できない。



 さて、まるでエスパーのような公安官であり、俺の妻でもある彼女の言葉には、逆らわない方がいいだろう。


 ただ――これは、よくないんじゃないか?

 贈るとしても、名前は伏せておこうか。

 きっと、あの子なら分かってくれる。

 言葉にしなくても、届くことがあると、信じているから。


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