目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第13話 フカフカのベッドで眠れた

 寂れたおんぼろ宿とは比べ物にならない立派な部屋に案内されて、唖然とした。

 部屋は広くて綺麗だし、調度品も豪華だ。

 何より、フカフカのベッドが二つある。


「シドは嘘が上手い。皆、信じていた」

「大衆を巻き込む口上には慣れておる。ちょっとは幻術も使ったがな」

「幻術?」

「そもそも冒険者はギルド登録が必須だ。冒険者登録証明書の提示を求めるのが普通だが、そこを突っ込まれると面倒だ。だから、少しだけ吾の幻術で興奮させて、忘れさせた」

「そんな幻術も使えるのか。シドは凄いな」


 あの場で不審がられたら、宿ではなく牢に入れられていた可能性もある。

 良かったと思った。


「悪くないフカフカだ。やっと、ゆっくり眠れる」


 シドがベッドにゴロンと横になった。

 ソウも横になってみた。

 前の宿に比べて、フワフワでふかふかのベッドに感動した。


「おい、何故同じベッドに寝転がる。この部屋にはベッドが二つあるのだから、お前はあっちで眠れ」

「一緒に寝た方が、シドは元気になるのだろう?」

「今は、生気は要らぬ」

「魔力は使っただろう。補充しろ」

「お前ほどではない。むしろ、ソウの方が疲れていよう」


 問われて、ソウは自分の手を見詰めた。


「疲れている感覚はないが。魔力を使ったのは初めてだから、よくわからない」


 あの程度なら体の疲労もない。

 魔力が減っている感じもしない。


「まだ自覚がないか。無意識の消耗は危険だ。今日は吾が魔力を分けてやる。仕方がないから、隣で眠れ」

「シドに生気や魔力が必要ないなら、いい。一人で眠る」


 隣のベッドに移ろうとするソウの腕をシドがひいた。


「いいから、隣で横になれ」


 そういう命ならばと、ソウは隣に横たわった。


「ソウは、アレをどう思った?」

「アレとは、老婆か? 不気味な気配だった。俺が知っている、どの生き物とも違う」


 この世界で出会った魔獣もシドも、ソウが知る生き物ではない。

 けれど、それとはまた別の、得も言われぬ不気味さがあった。


「あの場での会話を、覚えているか?」

「覚えている」


 何気ない声や言葉を記憶するのは慣れている。

 そういう聴術や記憶術もまた草の体術だ。

 命を繋ぐ術でもある。


「老婆と吾の言葉、ソウはどちらを信じる? 奴らは救う者か、侵す者か……」

「シドだ」


 即答したソウを、シドが苦々しい顔で睨んだ。


「もっと考えよ。頭を使ってから返事をしろ」


 こめかみをグリグリされた。

 気に入らなかったらしい。


「考えろというなら考えるが、答えは変わらないぞ」

「吾が依頼主だからか? ならばそれ抜きで考えよ」


 主の命ならば、とソウは考えてみた。


(不気味だったのは、老婆や蛇の中にあったトガル破壊の種だ。あの種は、良くない。この世界を蝕んで壊す。排除しなければいけないと、感じる……)


 排除、と思い至って、思考を止めた。


(この世界を知らないのに、何故、そう感じるのだろう)


 明確な理由はわからないが、ソウはトガルを好まない。

 それは確かだ。


「老婆と蛇に巣食ったトガルは、気色が悪かった。あれが良いものだと、俺は感じない」


 人喰しない魔獣を人喰に変えてしまうような種は気味が悪い。


「シドの白くて冷たい魔力の方が、美しくて俺は好きだ」


 シドが、ちらりとソウを眺める。


「エフトラの使徒は、この世界を正す者だと思うか? 侵略者だと思うか?」

「よくわからないが、どちらであっても余計な世話だと思う。国を正すか捨てるかは、この国の住人が決めればいい」

「違いない」


 シドが、軽く吐き捨てた。


「老婆の話では、ソウは魔王討伐のためにリンデル王国が召喚した、異世界からの救世主のようだ」

「その依頼を俺は受けないぞ。今はシドの依頼を受けている」


 依頼を受けたら一つに専念する。

 ソウの矜持だ。


 シドがソウを流し見た。


「なれば、依頼が終わったら、どうだ。吾に心臓が戻れば、依頼は終わりだ。その後なら、受けるか?」

「受けない。俺はトガルが嫌いだ。あんなものを生物の体に仕込む輩には関わりたくない」


 直感的で感覚的だが、草には大事な感性だ。

 自分が嫌悪するモノに不用意に近付くと、命を縮める。

 依頼は自分で見極め判断する。

 それが里の教えだ。


「顔を見る前に攻撃を仕掛けた吾も、同じようなものだろう。結果、お前に魔力を奪われたがな」

「あの蔦か? 避けようと思えば、避けられたぞ」


 シドが怪訝な顔をした。


「なら何故、避けなかった?」

「避ける必要がないと判じた。受け止めても死なないと感じた」


 シドが、ぱちくり、と瞬きした。


「お陰でシドに会えたから、良かったと思う」


 何故かシドに頬を摘ままれ、引っ張られた。


「出会ったのが吾で、幸運だったな。他の三人の魔王に比べれば、吾は温厚だ」


 自分を温厚と語る者が本当に温厚かは謎だと思う。

 とりあえず、他の三人の魔王も癖が強いのだろうと思った。


「何にせよ、リンデル王国がエフトラの使徒と組んで、魔王を排そうと動いているのは間違いない。吾の生存はトガルを通して仲間に知れたかもしれん。道中、敵が増えそうだ」


 シドがソウの頬から手を離した。


 心臓を取り戻すまでの道すがらで、襲われる危険は充分ある。

 シドが話していた以上に、道のりは険しくなったんだろう。


 ソウは上体を起こして、シドを見下ろした。


「魔力を増やすには、どうすればいい。シドを確実に守るには、今より血魔術を使えた方がいい」

「考えても、答えは変わらぬか」

「初めから、そう言ったぞ。俺が信じるのも守るのも、シドだけだ」


 シドから流れ込んでくる魔力は心地いい。

 ソウにとって、シドを信じる理由は、それで十分だ。

 シドの依頼を受けると決めたのも、主と定めたのも、ソウ自身だ。


「吾は良い拾い物をしたようだ。ソウなら、この先の道行で何を見ても、自分の頭で考えられような」

「草は矜持を持って仕事を全うする。何も考えていないわけではないぞ」

「そうだな。ソウの考えは奇想天外で面白い」


 シドがソウに手を伸ばした。

 頬に触れた手は、やっぱり冷たくて気持ちがいい。


「食って寝て、魔力に馴染め。常に血魔術で遊んでいろ。ソウなら、それで十分だ。吾のために魔力を増やせ」


 シドが嬉しそうに微笑んだ。

 その顔から緊張や悲壮感が抜けていた。

 少しだけ、安堵した。


「わかった。なら今は、眠ろう。起きたら飯を食って、風呂にも入りたい」

「そういえば、大浴場があるとか言っていたな。起きたら行くか」

「行く……」


 ごろりと横になって、シドに手を回した。

 唐突に疲れと眠気を感じた。

 フワフワしながら、シドの体を引き寄せる。


「やけに、眠い……な。俺も、疲れていたようだ。普段は眠っていても起き様に、人の首くらい落とせるのに……」


 そういえば昨日も、シドに触れたら眠くなった。

 いつもより深い眠りに落ちそうになる。

 それではシドを守れないから困るのに、瞼が重い。


「初めて魔力を使ったのだから、当然だ。眠くなるのは、吾に生気を喰われているせいだ。だから、引っ付くな。自分の魔力を回復しろ」

「シドも魔力を使った。俺の生気を喰っていいから、シドも回復しろ」

「生気は要らんといったぞ。くっ付くな」


 シドがソウの体を押し退ける。

 その手を払って、体を寄せた。


「ダメだ。シドの元気がないと心配だ。大人しく俺を喰え。空腹を隠すな」

「……頑固者め。普段は鈍のくせに、時々やけに敏くて、面倒だ」


 鬱陶しそうに零したシドが、抵抗をやめた。

 冷たい魔力と温かな肌が心地よい。

 ソウの意識は抗えない眠りへ落ちていった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?