目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第14話 いっぱい寝て怒られた

 微睡が醒める。

 瞼の裏が明るい。

 真っ白な視界は、シドの魔力のように美しかった。


(誰だ。見たことがない男だ。なのに、知っている気配だ)


 艶の良い銀髪と白い肌は透き通る氷のようだ。

 只々、美しい男だと思った。


「……シド?」


 目を開くと、見慣れた人間の姿のシドがいた。


(あの白い男は何だったのだろう。もう少し、見ていたかった)


 あまりに美しくて作り物のような生き物を、眺めていたかった。


「ようやっと起きたか。随分と寝こけていたな」


 腕の中のシドがとても不機嫌な声を発した。


「あぁ……、意識が沈むほど寝たのは初めてだ。危険は、なかったか?」

「危険? 特になかったぞ、お前以外はな」

「俺?」


 よくわからなくて首を傾げる。

 シドがソウの腕を持ち挙げた。


「お前が吾を抱き枕のように抱えて寝こけておるから、動けなんだわ。今、何時だと思う? 既に日を跨いだ朝だ! 昨日、何時に眠ったか覚えておるか? 明け方だ! つまりほぼ一日寝ておったのだ!」


 シドが早口でたくさん喋った。

 とても怒っている。


「シドは、いつ起きたんだ?」

「随分前だ。かなり前だ。二度寝、三度寝して、何度も目が覚めたわ!」

「俺をどけて起きれば良かったんじゃないか?」


 現に今、シドはソウの体を退けて起き上がっている訳だから。

 眠気が残る目を擦って、ぼんやりした頭を叩いた。

 寝すぎると、頭の回転が鈍るものらしい。


 ちらりと目を上げると、口を引き結んだシドが怒り顔で黙っていた。


「……お前の腕が解けなかったのだ。それに、無為にお前を起こして魔力の回復に支障があったら、どうする」

「寝足りなければ勝手にまた寝ると思うが。腕が邪魔して、すまなかった」


 シドがまた口を引き結んで黙った。

 ソウは自分の手を握ったり開いたりした。

 浮腫んでいる感じがするのも、寝すぎたせいだろうか。


「寝すぎるというのも、良くないのだな。体が重いし、はばったい」


 初めての経験だ。

 丸一日寝たことなどないので、知らなかった。

 シドの手が伸びてきて、ソウの顔をぎゅっと掴んだ。


「あんなに寝たのに、回復しておらんのか? 人とは、どれだけ眠る生き物だ? やはり生気を喰い過ぎたか?」


 顔をムニムニされながら、ソウはシドを見上げた。

 何となく、慌てているように見える。


「シドは、回復したか? 腹は満たされたか?」

「お前のお陰で満腹だ。艶々になったわ! これ程に満たされたのは数年振りだ。喰い過ぎて死んだかと思ったぞ! 息をしているか何回、確認したか……」


 そこまで言って言葉を止めると、シドが手を離した。


「……別に、生きているかを確認するために何度も起きたわけではないからな。ただ目が覚めただけだ。どれだけ満腹になっても、ソウが死んだら吾も死ぬから、ちょっと慌てただけだ」

「何度も確認してくれたのか。心配をかけて、すまない」

「だから、違うと言っている!」


 怒っているシドの顔は確かに艶々だ。

 血色も良いし、何よりとても元気だ。

 声に張りがある。


「シドが元気になって、良かった。腹が減ったら、また俺を喰え」

「それでソウの元気がなくなったら、意味がなかろう」


 シドがソウの前に座り込んだ。


「離れようとしても、お前は腕を解かないし、ソウの生気は美味いから、うっかり気を抜くと喰ってしまう。お前が一日も寝ておったのは吾が食い過ぎたせいだ。生気を回復しておったのだ。これからは、離れて寝るぞ」


 打って変わって消沈してしまったシドを眺める。

 何となく、頭を撫でた。


「何をしている?」


 不服そうな目がソウを見上げた。


「特に意味はないが、撫でたくなった。辛くもないし、俺も元気だ。そうか、俺は美味いのか」


 シドが不満げにソウの手を持ち挙げて払った。


「だったら、寝ている時に喰うのを、やめればいいんじゃないか? 意識がはっきりしていれば、途中で止められる」


 シドが黙ったままソウを、じっと見詰める。


「寝ていないと食えないのか?」

「喰えなくは、ないがな。意識があると人間は生気を吸われることに抵抗を示す」


 体が無意識に拒否するのだろうか。

 本能的に有り得そうだと思った。


「なら、俺が送り込めばいいか?」


 ソウはシドの手を握り、軽く口付けた。

 ふぅと息を吹く。


「こんな風に、送り込んだりできないのか?」


 肌が触れ合えば食えると言っていた気がする。

 シドが微妙な顔をした。


「生気が流れ込んできたぞ。ソウは吾に喰われることに抵抗がないのか?」

「あまりないな。それでシドが元気になるなら、良いと思う」


 シドが頭を抱えた。


「どんな生き物も本能に命を守るための防衛は刷り込まれておるはずだ。草には、それがないのか?」

「草も人間で、生き物だぞ」


 シドが、じっとりとした目を向けた。

 ソウの頬を摘まんで、グイグイと引っ張る。


「これからは、この方法にする。もう一緒には寝ないからな」

「そうか、少し残念だ。シドは抱え心地が良かった」


 動きを止めたシドが、ソウの頬を思いっきり引っ張った。

 流石に痛いと思う。


「飯を食いに行くぞ。丸一日も寝ておったのだ。飯を食わねばソウが死ぬ」

「そんなに心配いらないぞ。三日くらい喰わなくても死なない修行はしている」

「なら、飯は要らぬのか」

「いいや、腹は減った。喉も乾いた。今は食いたい」


 また頬をグイグイ引っ張られた。

 起きてからのシドは、ずっと怒っている。

 出会ってから一番に元気だ。

 シドが満腹になって良かったと思った。


「ソウという生き物を理解するには、まだ時間がかかりそうだ」


 頭を抱えるシドを、ソウは不思議な心持で眺めた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?