「ひとまず状況を整理しよう。」自分に言い聞かせ、再度机の上にあったスマートフォンを手に取る。画面には「柊 綾(ひいらぎ あや)」という名前が表示されている。これは、もともとの自分の名前「柊 綾人(ひいらぎ あやと)」と一字違いだ。
連絡先で両親や妹の名前を見るが、俺が知っている名前と全く同じであることがわかる。
戸惑いながらも俺はこの身体の主、柊綾についてもっと情報を集めることにした。
まずは、身の回りの状況を確認しよう。部屋の中を見渡すと、家具の配置や持ち物は見覚えがあるものの、細部が微妙に異なっている。今の身体は女性なので当たり前だが、女性好みの可愛いデザインのものが多いのだ。
しかし、不思議と落ち着く気がしている。身体の持ち主に影響されているらしい。
クローゼットを開けると、女性ものの衣類が整然と並んでいた。鏡の前に立つと、そこには夢で何度も見た美しい少女が映っている。顔立ちにはどこか自分の面影が感じられた。
そう、まるで男の自分を女にしたらこんな感じだろうなと思うほど違和感がない。
机の引き出しを開けると、日記や手帳が見つかった。そこには、学校での出来事や友人とのやり取りが詳細に記されている。特に、「奈帆(なほ)」という名前が頻繁に登場し、彼女が親しい友人であることが伺えた。また、スマートフォンのメッセージアプリを確認すると、奈帆とのやり取りのほかは、当たり障りのない事務的なクラスメイトたちとのやり取りが残されていた。これらの情報から、綾は学校では奈帆意外とは親しい交友関係がないことがわかる。
学校の名前を見る限り、俺が通っている学校と同じであることがわかる。奈帆という人物は話したことはないが、同じクラスにいた記憶がある。
学校や家族、クラスメイトの名前、家の間取りや窓からの景色、カレンダーなどの情報から見るに、俺が女である以外に男であったときと変化は今のところ見られないようだ。
本来受け入れられないような状態だが、不思議と女である自分を受け入れている自分がいる。俺は元々冷静に物事を見ている方だが、こんなにも冷静でいられるものだろうか?
もしかするとこの身体に引っ張られているか、それともこの身体との親和性が高く気にならないということだろうか。
次に、生活に必要な基本的なスキルを確認するため、キッチンに向かった。冷蔵庫や食材の整理状況から、料理の経験があることが推測できる。実際に簡単な朝食を作ってみると、手際よく調理が進み、身体が自然と動くことに安心感を覚えた。元々俺は料理を好んでしているが、女の自分も一人暮らしをしているため、家事全般に慣れているようだ。
これからどうするべきか考えつつ朝食にありつく。
「外の世界も確認する必要があるか……もしかすると異世界という線もまだ捨てきれない」
今のところ自分の性別以外に変化は見られないが、万が一がある。俺はラノベも見聞きしており、いわゆる異世界転生ものも履修している。外に出るとダンジョンが……なんてこともあり得るかもしれないのだ。
そう考えた俺は外の世界を確認するために近くのコンビニへ出かけることにした。外出前に鏡で自分の姿を再確認し、適当な服を手に取り自然な動きで着替えを済ませると、服装や髪型を整える。外を歩くと、周囲の視線が自分に向けられているように感じ、少し緊張したが、冷静さを保つよう努めた。女になったことで他人からの視線に敏感になっているのかもしれない。
コンビニでは、店員とのやり取りもスムーズにこなし、特に問題はなかった。帰宅後、SNSを通して色々情報を漁ってみるが、これといって変わった点はない。熱中しすぎたせいか、気がつくともう辺りは暗くなっていた。
夜、風呂に入りながら今日の出来事を振り返り、今後の生活について考えを巡らせた。今日一日綾として過ごしてみたが、夢のように覚める様子は見られなかったし、もう1人の自分が内にいる感覚というのもなかった。
「これからどうするべきか……」呟いてみるが、考えたところで仕方がない。「なるようになるか……」
寝る支度を終えベッドに潜り、明日から始まる新しい日々に向けて、静かに目を閉じた。
ちなみに風呂やトイレに関しては自分の身体ということもあり、何も感じなかった。少し残念な気もするが自分自身なのだ……