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第10話:妹からの連絡

その日の夜、洗濯物を取り込み終えて、ソファに座ったときだった。

テーブルの上に置いたスマートフォンが、低く震えた。


画面を見ると、表示されているのは――麻耶まや

綾の妹の名前だった。


(……え?)


メッセージアプリを開く。アイコンは小さな猫のスタンプのまま、変わっていない。最後にやりとりした日付を辿ると、半年以上前のものだった。

用件は、ちょっとした進路相談。だがその後の会話はなく、既読すらつかないまま終わっていた。


まさか、いきなり麻耶から連絡が来るなんて――。

しかもこのタイミングで。

綾――“俺”は、その画面をしばらくのあいだ眺めていた。




「突然ごめん、お姉ちゃん。今ちょっといいかな?」


その短い一文が、余計に慎重さを感じさせた。

何か言いにくいことがあるのか、もしくはただ用件だけを伝えたいのか。

何度か返信の言葉を打ちかけては消し、ようやく「大丈夫、どうしたの?」と送り返す。


既読がついたのは、1分後。




「寮の設備が壊れて、一週間くらい閉鎖になるんだって」

「で、みんな実家に戻るんだけど……パパとママ、出張中だし」

「それで、もし無理じゃなかったら、お姉ちゃんのうちに泊めてもらえないかなって思って」


丁寧な言葉遣い。絵文字も顔文字もなく、絞り出したような短い文章。

その向こう側にいる麻耶の表情が、なんとなく想像できてしまう。

きっと不安そうにしてる。どうせ断られるって、思ってる。


――この世界での“綾”は、クールで少し他人行儀な姉らしい。


男だったころの“俺”は、麻耶ともう少し気楽な関係だった。

異性だったからだろうか?口数は少ないながらも、ちょっとしたことを共有し合えるような、そんな距離感。


でも今は違う。

女同士の姉妹という関係に変わったことで、ぎこちなさが生まれていた。

こっちの“綾”がどんな態度で接していたかは、はっきりとはわからない。けれど――


返信をためらい、頭の中で考えていると続けてメッセージがくる。

「やっぱなしで!無理言ってごめん……」と追いかけるようにメッセージが届いた。



“俺”の中にあった何かが、その言葉でゆっくりと動き出す。


(麻耶は今、頼る人がいないんだ)


(だったら――)




「いいよ。1週間くらいなら泊まっても大丈夫」


そう返したメッセージに、しばらく返事はなかった。

けれど数分後、やっと届いた返信には、ぽつりとこう書かれていた。


「……ありがとう。びっくりしたけど、ちょっと安心した」


それは、ほんの少しだけ素直な麻耶の声だった。




それから日程の調整に入る。


月曜の午後、学校を終えた麻耶がこちらに移動する予定で、期間は土曜までの5泊6日。

最寄りの駅からは電車で1時間ほど。近くも遠くもない、微妙な距離。


麻耶は最初こそ遠慮がちだったが、実際の段取りが決まり始めると、少しずつ返信のテンポが軽くなっていった。

「何持っていけばいいかな」「私の分のハンガーある?」――そんな、普通のやりとり。


なのに、綾の胸の奥はどこかそわそわしていた。

女になった自分が、“妹”と再び会う。しかも自宅で一緒に過ごす――


それは、“姉”としての自分が試されるような、不思議な緊張だった。


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