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色づくコラボ配信

第30話:近づく冬の音

投稿予約の通知が鳴ったのは、朝の通学前だった。


キッチンで朝食の片付けを終え、カップに淹れた紅茶をひとくち。

スマホの画面を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。


《ラギのキッチン:根菜のトマトスープ動画、公開されました》


「……予約どおり、か」


文化祭のマドレーヌ動画から少し間を空けて、今のが3本目。

1本目は、文化祭の熱が残るうちに編集したシンプルな焼き菓子の作り方。

2本目は、秋の終わりに合わせて考えた栗ご飯と小鉢のレシピ。

そして今回は、冬に向けたスープ料理。


最初の動画を投稿したときは、手が震えるほど緊張した。

自分の声を録って、ナレーションを重ねて、編集して、音楽をつける。

やることは山ほどあるし、慣れない作業も多かった。


けれど、3本目ともなると、段取りも少しずつ身体が覚えてきた。

声も、最初に比べれば多少は落ち着いてきた……はずだ。


(それでも、自分の声ってやっぱり慣れないな……)


紅茶を飲みながら、俺は通知をひとつずつ確認していく。

「おいしそう」「参考になります」

そんなコメントが増えてきて、再生数も緩やかに伸びている。


動画投稿は、自分が想像していたよりも少しだけ、遠くに届くものだった。

もちろん、まだバズったわけじゃない。

でも“見てくれる誰か”がいるというだけで、俺の生活は変わった。


(……次は、何を作ろう)


そんなことを考えながら、スマホを閉じてコートに袖を通す。

吐く息は白く、冷たい風が頬をかすめる。


冬が、すぐそこまで来ていた。



* * *



学校に着いて、教室に入ると、琴葉と咲良の声がすぐに飛んできた。


「おっはよー! あやっち、動画あがってたねー!」


「見ましたよ。スープの色合いがきれいで、見ててあたたかくなりました」


「……ありがと」


琴葉は元気に笑って、咲良はふわりと微笑む。

俺の動画を毎回ちゃんと見てくれるが、コメントはしない。

以前に頼んだとおり、“身内感はナシ”を守ってくれている。コメントでももらっていたが、あまりにも身内がコメントをするのもどうかと思い、俺がお願いしていたのだ。


「なあなあ、あやっちって配信とかはやらないの? 料理しながらしゃべるとか、絶対いいって!」


「……コメントにも、似たようなの来てた」


そう。ここ最近、動画のコメント欄に「ラギさんの声、もっと聞きたいです」とか

「雑談動画もやってくれたら嬉しいな」といったメッセージがちらほら見えるようになっていた。


(雑談、配信……そういうの、俺にできるのか……?)


ただレシピを紹介するだけの動画でさえ、最初は緊張した。

顔出ししているわけでもない。

でも声を使って、思いを伝えるのは、想像以上に“自分”が出てしまう。


「……考えてみる」


「きたっ、あやっちの初雑談配信、近いなコレ!」


「ふふ……楽しみにしてます」

咲良もにこやかに言う。


いつも通りの朝。

でもその中に、何かが少しずつ変わっていく気配がある。


俺はそっと窓の外を見る。

落ち葉の舞う景色と、澄んだ空。

この冬は、どんな時間になるんだろう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?