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第33話:コラボへのDM

雑談配信の余韻が、まだ少しだけ残っていた。

朝、いつもと変わらず目を覚まして、顔を洗って、朝ごはんを食べて。

そのすべてが、なぜかちょっとだけ軽く感じる。


俺はスマホを手に取り、ツブヤイターの通知を確認した。

昨日の投稿が、いくつかの「いいね」とリプライをもらっている。

内容は料理に対してと、昨日の配信についての感想が半々だった。


《声が好きになりました》

《話し方、すごく丁寧で落ち着いてて癒されました》

《また雑談やってくれたら嬉しいです!》


俺は画面をスクロールしながら、口元に微かな笑みを浮かべる。

ほんの少しでも、誰かの「日常」の中に入り込めたなら、やってよかったと思える。


(……またやってもいいかもしれないな)


そう思いながら、ふと目に留まったのは「DM:1件」の通知だった。

差出人の名前を見て、俺の指先は一瞬だけ止まった。


《なるみんみーる》


……見覚えが、ある。

名前だけじゃなく、アイコンも。

確か、料理動画を始めようとして方向性に迷っていた頃、参考にしようと色んな動画を探していたときに、何度か目にしたチャンネルだったはず。


ほんわかした色使いの、優しい雰囲気のサムネイル。

ごく普通の家庭料理なのに、盛りつけやカットがきれいで、動画のBGMやテロップの出し方にもセンスを感じた。

同じ“料理系”でも、どこか柔らかい雰囲気があって印象に残っていた。


(……なんで俺に?)


少し戸惑いながらも、メッセージを開く。



初めまして。なるみんみーると申します。

昨日の雑談配信、偶然タイミングが合って、リアルタイムで聴いていました。

声のトーンや話し方がとても優しくて、すごく落ち着きました……!

私も料理系の動画を投稿しているんですが、

もしよければ、今度なにかお話してみませんか?


それに、ラギさんは高校生とツブヤイターのプロフィールに書いていたので、もしかして年が近いかなって……

いきなりすみません。でもすごく素敵な配信だったので、つい。

無理にとは言いませんので、気が向いたらお返事いただけたら嬉しいです!



……丁寧だけど、堅すぎなくて。

どこか、コメント欄の温かさと同じ空気をまとった文章だった。


俺はスマホを置いて、少しだけ目を閉じる。


なるみんみーる。

その名前を、どこかぼんやりとした形で記憶していた“誰か”が、

今こうして、自分に言葉を投げてくれている。


(年近い……かも、って)


こっちは確かに高校生とツブヤイターのプロフィール欄に書いている。でも、向こうは特に動画やツブヤイターでも明言していなかったはずだ。

でも……この人も、高校生かもしれない。もちろん、顔も見えない相手からいきなり送られてきたメッセージだ。嘘という可能性も十分にあり得る。でももし本当だとしたら……


(同じくらいの年で、同じように料理動画を投稿してて……)


不思議だった。

これまで、SNSの中にある投稿は“ただの画面”だったのに。

言葉が届くだけで、ちゃんと“人”の輪郭を持ち始める。


「……とりあえず返してみよう」


俺はそう小さくつぶやいて、スマホを手に取った。


こんばんは。ラギのキッチンです。

メッセージ、ありがとうございます。

実は、以前から動画や投稿を何度か拝見していました。

盛りつけや構成がすごく綺麗で、勉強になるなと思ってました。


雑談配信、聴いてくださってたんですね。驚きました。

こうして声をかけてもらえたの、初めてで……正直うれしいです。


よかったら、またお話してみたいです。


送信ボタンを押したあと、俺は小さく息を吐いた。

言葉を選んで、緊張して、それでも。


(……俺、今、“誰か”とちゃんと話そうとしてる)


正直不安は大きい。でもメッセージ上だけならもう少し話してみたいと思った自分の、小さな一歩だった。


通知はまだ鳴らない。

でも、それでもよかった。

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