雑談配信の余韻が、まだ少しだけ残っていた。
朝、いつもと変わらず目を覚まして、顔を洗って、朝ごはんを食べて。
そのすべてが、なぜかちょっとだけ軽く感じる。
俺はスマホを手に取り、ツブヤイターの通知を確認した。
昨日の投稿が、いくつかの「いいね」とリプライをもらっている。
内容は料理に対してと、昨日の配信についての感想が半々だった。
《声が好きになりました》
《話し方、すごく丁寧で落ち着いてて癒されました》
《また雑談やってくれたら嬉しいです!》
俺は画面をスクロールしながら、口元に微かな笑みを浮かべる。
ほんの少しでも、誰かの「日常」の中に入り込めたなら、やってよかったと思える。
(……またやってもいいかもしれないな)
そう思いながら、ふと目に留まったのは「DM:1件」の通知だった。
差出人の名前を見て、俺の指先は一瞬だけ止まった。
《なるみんみーる》
……見覚えが、ある。
名前だけじゃなく、アイコンも。
確か、料理動画を始めようとして方向性に迷っていた頃、参考にしようと色んな動画を探していたときに、何度か目にしたチャンネルだったはず。
ほんわかした色使いの、優しい雰囲気のサムネイル。
ごく普通の家庭料理なのに、盛りつけやカットがきれいで、動画のBGMやテロップの出し方にもセンスを感じた。
同じ“料理系”でも、どこか柔らかい雰囲気があって印象に残っていた。
(……なんで俺に?)
少し戸惑いながらも、メッセージを開く。
初めまして。なるみんみーると申します。
昨日の雑談配信、偶然タイミングが合って、リアルタイムで聴いていました。
声のトーンや話し方がとても優しくて、すごく落ち着きました……!
私も料理系の動画を投稿しているんですが、
もしよければ、今度なにかお話してみませんか?
それに、ラギさんは高校生とツブヤイターのプロフィールに書いていたので、もしかして年が近いかなって……
いきなりすみません。でもすごく素敵な配信だったので、つい。
無理にとは言いませんので、気が向いたらお返事いただけたら嬉しいです!
……丁寧だけど、堅すぎなくて。
どこか、コメント欄の温かさと同じ空気をまとった文章だった。
俺はスマホを置いて、少しだけ目を閉じる。
なるみんみーる。
その名前を、どこかぼんやりとした形で記憶していた“誰か”が、
今こうして、自分に言葉を投げてくれている。
(年近い……かも、って)
こっちは確かに高校生とツブヤイターのプロフィール欄に書いている。でも、向こうは特に動画やツブヤイターでも明言していなかったはずだ。
でも……この人も、高校生かもしれない。もちろん、顔も見えない相手からいきなり送られてきたメッセージだ。嘘という可能性も十分にあり得る。でももし本当だとしたら……
(同じくらいの年で、同じように料理動画を投稿してて……)
不思議だった。
これまで、SNSの中にある投稿は“ただの画面”だったのに。
言葉が届くだけで、ちゃんと“人”の輪郭を持ち始める。
「……とりあえず返してみよう」
俺はそう小さくつぶやいて、スマホを手に取った。
こんばんは。ラギのキッチンです。
メッセージ、ありがとうございます。
実は、以前から動画や投稿を何度か拝見していました。
盛りつけや構成がすごく綺麗で、勉強になるなと思ってました。
雑談配信、聴いてくださってたんですね。驚きました。
こうして声をかけてもらえたの、初めてで……正直うれしいです。
よかったら、またお話してみたいです。
送信ボタンを押したあと、俺は小さく息を吐いた。
言葉を選んで、緊張して、それでも。
(……俺、今、“誰か”とちゃんと話そうとしてる)
正直不安は大きい。でもメッセージ上だけならもう少し話してみたいと思った自分の、小さな一歩だった。
通知はまだ鳴らない。
でも、それでもよかった。