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第34話:ライフスタイル

雑談配信を終えてから、数日が経った。


日常は何も変わらず進んでいくのに、

どこか空気の温度だけが少し違うように感じる。

それはたぶん、俺の中の感覚が、ほんの少し変わったからだ。


たとえば、朝。

いつもの時間に目を覚まして、制服に袖を通して、パンをかじって家を出る。

その途中で、ツブヤイターの通知をチェックするのが、今の“日課”になっていた。


フォロワーは6500人を少し越えたくらい。

あれからもコメントやいいねがじわじわ増えて、

なかには「雑談また聴きたいです」と言ってくれる人もいた。


——そして。

“DMのやり取り”も、続いている。


相手は「なるみんみーる」さん。

前に俺が雑談配信をした夜に、丁寧なDMを送ってきてくれた子だ。


驚いたけど、知っていた名前だったから、不思議と警戒はなかった。

何度かやりとりをしていくうちに、自然に呼び方は“なるみん”になった。


向こうは俺を“ラギ”と呼んでくれる。

どこか不思議な安心感のある文体で、それがなんとなくクセになって、通知がくるたびに少しだけ、目が和らぐ。



* * *



「配信、よかったじゃん。落ち着いてたし、話すの上手だったよ?」


休み時間。奈帆が俺の机に座りながら、楽しそうに笑った。


「……そうかな」


「そうだよー。咲良と琴葉も言ってたよ」


「……そうなんだ」


俺は、あまり得意じゃない。“注目”とか、“話題になる”こととか。


でも、奈帆はそれをわかってて、これ以上は突っ込まない。

代わりに、ちょっとだけからかうように言った。


「でもさー、ラギのキッチンなのに、“ラギちゃん”ってあんまり呼ばれてないよね」


「……そこ気になる?」


「うん。じゃあ、今度から呼んであげる。ラギちゃんって」


「やめて」


笑いながら俺の肩を軽く叩く奈帆。

やっぱり、こういうやり取りができるのはありがたいと思う。

自分のペースを守りつつ、そばにいてくれる存在。



* * *



放課後。

教室を出て、駅に向かう道。咲良と俺は、並んで歩いていた。


「そういえば……このあいだの配信のあと、DMが来て」


「えっ? DM……ですか?」


「うん。知らない人から。でも、動画投稿してる人で。なるみんみーるって、知ってる?」


「あ……はい。何回か見たことあります。たしか、料理系の方ですよね? ほんわかした雰囲気で……」


「そう、その人」


俺はスマホを見せることなく、簡単にやり取りのことを説明する。

何回かやり取りしていて、同級生であること。

配信を見て、気になって、声をかけてくれたことなどをかい摘んで話した。


「へえ……いいですね。そういう繋がりって、なんだか素敵です」


咲良は、少しだけ柔らかい笑みを浮かべて、ゆったりと歩調を合わせてくれた。


「……でも、びっくりしたよ。私、そういうのはじめてだから」


「それでも、ちゃんとやり取りされてるんですね。雑談配信をみて、綾さんのこと、きっと素敵だって思ったから連絡をくれたんだと思います」


そう言われて、少しだけ照れくさくて、目を逸らした。

でも咲良は、そのことを何も詮索しない。

ゆるやかに、でも確かに、距離を取らずにいてくれる。


「……あの、また何か進展があったら、教えてくださいね。私も、ちょっとだけ気になります」


「……うん。ありがとう」


駅の改札に差し掛かったところで、咲良は小さく手を振った。


「では、また明日」


「うん、また明日ね」


そう言って去っていく咲良の背中を見ながら、俺はなんとなく笑ってしまった。



* * *



家に帰って、いつものように料理をして、ツブヤイターに写真を投稿する。

そして、DMには、またメッセージが届いていた。


その日常が、どこか新しいリズムを刻み始めていることを、俺は少しだけ実感していた。


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