雑談配信を終えてから、数日が経った。
日常は何も変わらず進んでいくのに、
どこか空気の温度だけが少し違うように感じる。
それはたぶん、俺の中の感覚が、ほんの少し変わったからだ。
たとえば、朝。
いつもの時間に目を覚まして、制服に袖を通して、パンをかじって家を出る。
その途中で、ツブヤイターの通知をチェックするのが、今の“日課”になっていた。
フォロワーは6500人を少し越えたくらい。
あれからもコメントやいいねがじわじわ増えて、
なかには「雑談また聴きたいです」と言ってくれる人もいた。
——そして。
“DMのやり取り”も、続いている。
相手は「なるみんみーる」さん。
前に俺が雑談配信をした夜に、丁寧なDMを送ってきてくれた子だ。
驚いたけど、知っていた名前だったから、不思議と警戒はなかった。
何度かやりとりをしていくうちに、自然に呼び方は“なるみん”になった。
向こうは俺を“ラギ”と呼んでくれる。
どこか不思議な安心感のある文体で、それがなんとなくクセになって、通知がくるたびに少しだけ、目が和らぐ。
* * *
「配信、よかったじゃん。落ち着いてたし、話すの上手だったよ?」
休み時間。奈帆が俺の机に座りながら、楽しそうに笑った。
「……そうかな」
「そうだよー。咲良と琴葉も言ってたよ」
「……そうなんだ」
俺は、あまり得意じゃない。“注目”とか、“話題になる”こととか。
でも、奈帆はそれをわかってて、これ以上は突っ込まない。
代わりに、ちょっとだけからかうように言った。
「でもさー、ラギのキッチンなのに、“ラギちゃん”ってあんまり呼ばれてないよね」
「……そこ気になる?」
「うん。じゃあ、今度から呼んであげる。ラギちゃんって」
「やめて」
笑いながら俺の肩を軽く叩く奈帆。
やっぱり、こういうやり取りができるのはありがたいと思う。
自分のペースを守りつつ、そばにいてくれる存在。
* * *
放課後。
教室を出て、駅に向かう道。咲良と俺は、並んで歩いていた。
「そういえば……このあいだの配信のあと、DMが来て」
「えっ? DM……ですか?」
「うん。知らない人から。でも、動画投稿してる人で。なるみんみーるって、知ってる?」
「あ……はい。何回か見たことあります。たしか、料理系の方ですよね? ほんわかした雰囲気で……」
「そう、その人」
俺はスマホを見せることなく、簡単にやり取りのことを説明する。
何回かやり取りしていて、同級生であること。
配信を見て、気になって、声をかけてくれたことなどをかい摘んで話した。
「へえ……いいですね。そういう繋がりって、なんだか素敵です」
咲良は、少しだけ柔らかい笑みを浮かべて、ゆったりと歩調を合わせてくれた。
「……でも、びっくりしたよ。私、そういうのはじめてだから」
「それでも、ちゃんとやり取りされてるんですね。雑談配信をみて、綾さんのこと、きっと素敵だって思ったから連絡をくれたんだと思います」
そう言われて、少しだけ照れくさくて、目を逸らした。
でも咲良は、そのことを何も詮索しない。
ゆるやかに、でも確かに、距離を取らずにいてくれる。
「……あの、また何か進展があったら、教えてくださいね。私も、ちょっとだけ気になります」
「……うん。ありがとう」
駅の改札に差し掛かったところで、咲良は小さく手を振った。
「では、また明日」
「うん、また明日ね」
そう言って去っていく咲良の背中を見ながら、俺はなんとなく笑ってしまった。
* * *
家に帰って、いつものように料理をして、ツブヤイターに写真を投稿する。
そして、DMには、またメッセージが届いていた。
その日常が、どこか新しいリズムを刻み始めていることを、俺は少しだけ実感していた。