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第35話:コラボの約束

通話しよっか、という提案がきたのは、ツブヤイターに晩ごはんの写真を投稿したあとだった。


『ねえラギ〜。

今日このあとちょっと話してみる? 声で〜』


なるみんからのDMは、いつも通り緩くて、すこし独特。

でもそのテンポが、今では妙に落ち着く。

たぶん、俺の感覚と噛み合ってるんだと思う。


『うん、大丈夫。

今、少し片付けてるから10分後くらいでもいい?』


『おっけ〜。うちもお茶いれてくる!』


こういうやり取りが、今ではもう自然にできていた。



* * *



通話が始まったのは、その10分後。


「……あ、もしもし」


「やっほ〜。ラギ、声そのまんまだ〜。落ち着く〜」


「なるみんも、思ったより声ゆるいね」


「えっ、それ褒めてる? ゆるいって。

でもよく言われる〜。 ‘話してる途中に寝そう’って」


「それ、たぶん失礼な部類だよ……」


笑いながら、俺はスマホを手に椅子に背を預けた。

少し緊張してたけど、なるみんの声を聴いたらそれがすうっと和らいだ。



最初は、お互いの動画についての話だった。


「ラギの編集、すごいなって思っててさ。

テロップの入れ方、テンポきれいだよね〜。うちは、結構そのへん雑かも」


「でも、なるみんの動画って、“見てて落ち着く”って感じするし……

BGMの選び方、うまいなって思ってたよ。あと、喋り方とか」


「えっ、嬉し。なんかさ、動画って‘性格’出るよね。

ラギは、全部整ってて、きっちりしてる感じ。うちは、たぶんその逆〜」


たしかに、なるみんの動画は温度が低すぎず高すぎず、

部屋でひとり、お茶を飲みながら見るのにちょうどいいテンポだった。


「でもね〜、実は盛りつけとかちょい苦手。

うち、定食屋育ちで、味のほうにこだわっちゃうから」


「なるほどね。……私は、見た目のバランスで気になる方かも」


「ラギ、やっぱ真面目すぎ〜。でも、好き」


「……急にそういうこと言うの、やめて」


「えへへ、でも言いたくなるし〜」


そのゆるいテンポに俺はつい笑ってしまった。

配信よりも、DMよりも、なるみんは“そのまま”の空気を持っていた。



話題は動画から少しずつ外れていく。


最近学校で流行ってる話とか、うちの文化祭のメニューとか、

どこのスーパーが安いかとか、好物の話とか。


「え、ラギ鶏肉派? うちは断然鮭派〜。

特に塩焼きにしたあとの、皮! めっちゃ好き〜」


「それ、渋すぎない……?」


「えー? 美味しいのにー。あと大根の味噌汁、神だよね?」


「その話、20分くらいできそう」


「やろ〜やろ〜。いずれ“大根の会”開こう」


どこかのんびりしてて、どこか芯がある。

そんななるみんの話し方が、気づけば俺の緊張をほどいていた。



* * *



しばらくして、通話が少しだけ落ち着いた頃。

なるみんがふと、言った。


「そういえば、前さ。コラボできたらいいねって言ってたじゃん?」


「うん、覚えてるよ」


「なんかね。今日話してて、やっぱ直接会ってみたいなーって思ったの。

どんな顔とかじゃなくて、空気?っていうか……

“会って話す時間”って、やっぱ特別じゃん?」


俺は、一瞬だけ黙った。

でも、答えは最初から決まっていた。


「……うん。いいよ。今週末とか、時間あれば」


「ほんとに? やった〜〜! じゃあ予定合わせよ〜!」


たわいもない通話だった。

でも、どこか確かに、今までにない距離感があった。


画面の向こうにいた“なるみん”という存在が、少しずつ輪郭を持ち始める。

次に俺たちが言葉を交わすときは、画面越しじゃない。



週末。

“はじめて会う”約束が、静かに、でもしっかりと動き出した。


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