通話しよっか、という提案がきたのは、ツブヤイターに晩ごはんの写真を投稿したあとだった。
『ねえラギ〜。
今日このあとちょっと話してみる? 声で〜』
なるみんからのDMは、いつも通り緩くて、すこし独特。
でもそのテンポが、今では妙に落ち着く。
たぶん、俺の感覚と噛み合ってるんだと思う。
『うん、大丈夫。
今、少し片付けてるから10分後くらいでもいい?』
『おっけ〜。うちもお茶いれてくる!』
こういうやり取りが、今ではもう自然にできていた。
* * *
通話が始まったのは、その10分後。
「……あ、もしもし」
「やっほ〜。ラギ、声そのまんまだ〜。落ち着く〜」
「なるみんも、思ったより声ゆるいね」
「えっ、それ褒めてる? ゆるいって。
でもよく言われる〜。 ‘話してる途中に寝そう’って」
「それ、たぶん失礼な部類だよ……」
笑いながら、俺はスマホを手に椅子に背を預けた。
少し緊張してたけど、なるみんの声を聴いたらそれがすうっと和らいだ。
最初は、お互いの動画についての話だった。
「ラギの編集、すごいなって思っててさ。
テロップの入れ方、テンポきれいだよね〜。うちは、結構そのへん雑かも」
「でも、なるみんの動画って、“見てて落ち着く”って感じするし……
BGMの選び方、うまいなって思ってたよ。あと、喋り方とか」
「えっ、嬉し。なんかさ、動画って‘性格’出るよね。
ラギは、全部整ってて、きっちりしてる感じ。うちは、たぶんその逆〜」
たしかに、なるみんの動画は温度が低すぎず高すぎず、
部屋でひとり、お茶を飲みながら見るのにちょうどいいテンポだった。
「でもね〜、実は盛りつけとかちょい苦手。
うち、定食屋育ちで、味のほうにこだわっちゃうから」
「なるほどね。……私は、見た目のバランスで気になる方かも」
「ラギ、やっぱ真面目すぎ〜。でも、好き」
「……急にそういうこと言うの、やめて」
「えへへ、でも言いたくなるし〜」
そのゆるいテンポに俺はつい笑ってしまった。
配信よりも、DMよりも、なるみんは“そのまま”の空気を持っていた。
話題は動画から少しずつ外れていく。
最近学校で流行ってる話とか、うちの文化祭のメニューとか、
どこのスーパーが安いかとか、好物の話とか。
「え、ラギ鶏肉派? うちは断然鮭派〜。
特に塩焼きにしたあとの、皮! めっちゃ好き〜」
「それ、渋すぎない……?」
「えー? 美味しいのにー。あと大根の味噌汁、神だよね?」
「その話、20分くらいできそう」
「やろ〜やろ〜。いずれ“大根の会”開こう」
どこかのんびりしてて、どこか芯がある。
そんななるみんの話し方が、気づけば俺の緊張をほどいていた。
* * *
しばらくして、通話が少しだけ落ち着いた頃。
なるみんがふと、言った。
「そういえば、前さ。コラボできたらいいねって言ってたじゃん?」
「うん、覚えてるよ」
「なんかね。今日話してて、やっぱ直接会ってみたいなーって思ったの。
どんな顔とかじゃなくて、空気?っていうか……
“会って話す時間”って、やっぱ特別じゃん?」
俺は、一瞬だけ黙った。
でも、答えは最初から決まっていた。
「……うん。いいよ。今週末とか、時間あれば」
「ほんとに? やった〜〜! じゃあ予定合わせよ〜!」
たわいもない通話だった。
でも、どこか確かに、今までにない距離感があった。
画面の向こうにいた“なるみん”という存在が、少しずつ輪郭を持ち始める。
次に俺たちが言葉を交わすときは、画面越しじゃない。
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週末。
“はじめて会う”約束が、静かに、でもしっかりと動き出した。