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第55話:スイートポテトコラボ(1)

ホームから続く階段をのぼって、改札前の一角。

日曜の昼すぎ、人の流れはほどほど。

駅前の小さなロータリーには、家族連れや買い物帰りらしき人がちらほらいて、なんとなく休日らしい空気が漂っていた。




(……早めに来すぎたか)


腕時計をちらりと見やって、俺は深く息をついた。

外は寒いはずなのに、どこか背中がじんわり熱い。


コートの襟を整える。

動画で顔出しはしていないけど、なんとなく人目が気になるのは、きっと今日が「特別」だからだ。




自分の家に、友人を招く。

それも、女の子を――。


たぶん、奈帆が来たとき以来だ。

あのときも、少し緊張した。でも今回はそれとは違う“ざらつき”が胸に残っていた。


なるみんは、SNSの中の“仲間”でもあり、“動画の相方”でもあり――

気づけば、俺にとって特別な存在になっていた。



* * *



「久しぶり〜!」


その声が飛んできた瞬間、胸のざわめきが一度でリセットされる。


改札から出てきたなるみんは、大きなバッグを肩から下げて、手には保冷バッグらしきもの。

ニット帽とロングコート姿で、どこか冬の街に馴染んでいた。


「……よくそんな荷物で来たね」


「えへへ、いろいろ詰め込んできちゃった。手伝ってくれる?」


「もちろん」


俺は自然と手を伸ばして、彼女の荷物をひとつ受け取った。

思ったより重くて、なるみんの細い腕でよくここまで持ってきたな、と少し驚く。


「冷蔵ものもあるから、早く冷やしたい〜」


「じゃあ、さくっと行こう。歩いて10分くらいだから」


「おっけ〜。ラギの家、どんなとこなんだろ。ドキドキ」


「普通の2LDK。一人暮らしにはちょっと広め」


「えっ、2LDK!? すごくない?贅沢〜!」


「……まぁ、いろいろ事情があって」


なるみんはそういうことを深く聞かない。

今も「そっか〜」とだけ返して、ぴょこぴょこと俺の隣を歩いてくる。


その無邪気さに、俺の緊張も少しずつほどけていった。




「ラギってさ、普段あんまり友達とか家に呼んだりしない人でしょ?」


「……どうして分かるの」


「うーん。なんか、空気が。今もちょっとソワソワしてるし」


「バレてる……」


「うん、けっこう。顔に出てる。……でも、そういうとこ可愛いよ?」


「可愛くはない」


「あるって〜。そゆとこ、わたしは好きだけどな〜」


ふざけた調子で言ってるはずなのに、なるみんの声はどこか嘘がない。


だから、俺は何も返せなかった。

そのまま黙って、少しだけ歩幅をゆるめる。




「……こうやって並んで歩くの、変な感じだね」


「なんで?」


「なんとなく。いつも画面越しだったからさ。

 ……“一緒に動画作る人”っていうより、なんか……」


「なんか?」


「……普通の、友達みたいだなって」




なるみんは、ちょっとだけ驚いた顔をしたあと――

ほんの少し、目元をゆるめて笑った。


「それ、めっちゃ嬉しいな、ラギ」


「……うん」




そのとき、俺はほんの少しだけ“女の子としての自分”を意識していた。

でも不思議と嫌な感覚ではなかった。


きっと、なるみんの隣だからだ。



* * *



駅からの坂を上りきり、俺のアパートの前まで来る。

外観はシンプルな建物だけど、なるみんは「わぁ、おしゃれ〜」と素直に感想を漏らした。


「緊張してきた〜。キッチン見るの楽しみ!」


「ちゃんと掃除したから、大丈夫」


「さすが、ラギ。やっぱり段取り力の塊〜」


笑い合いながらエントランスを抜け、階段をのぼる。


家のドアの前で一度だけ深呼吸をして、鍵を差し込む。


カチャリと音がして、静かに扉が開いた。


「おじゃましま〜す!」


なるみんの声が、部屋の中に明るく響いた。


2LDKのアパート。いつもは静かで、俺ひとりだけの空間。

でも今日は、誰かの足音と笑い声がある。それだけで、部屋の温度が変わった気がした。


「え、めっちゃキレイ……しかも広くない!? ほんとに一人暮らし?」


「うん。少し前に妹が泊まりに来てたこともあるけど」


「うわ〜〜〜いいな〜!家具もかわいいじゃん。シンプルだけどセンスいい感じ。

 あっ、この照明いいね、やわらかくて」


なるみんはくるくると部屋を見回して、まるで雑貨屋さんに来たみたいに感嘆している。

俺はというと、誰かに部屋を“褒められる”ということ自体が久しぶりで、どう反応すればいいのか少し戸惑っていた。




「てかさ、ラギ……」


急に、なるみんがこちらをまじまじと見つめてくる。


「今日のアイシャドウ、そのくすみピンク、限定のやつでしょ?」


「……え、なんで分かるの?」


「そりゃ分かるよ〜!うちも使ってるもん、それ。かわいいよね、発色柔らかくて」


「うん……最近、ちょっとだけ試してみたくなって」


「ラギって、ナチュラルに似合うからうらやま〜。メイク、控えめでもちゃんと映えてる」


「いや、そこまでじゃ――」


「あるって〜。このリップもいい色!うちそのシリーズのモーブ買ってさ〜」


なるみんはバッグから自分のポーチを取り出して、コスメを見せながら話し出す。

俺もなんとなく化粧ポーチを取り出して、気づけば並んで机の上に並べていた。




(こんな風に誰かと化粧品の話するの、初めてかもしれない)


男だった頃、化粧品コーナーを遠巻きに眺めるだけだったあの距離感。

それが今、こうして普通に話題として笑いながら共有できていることが、少し不思議で、少し嬉しかった。


「次、撮影するときのリップ、もうちょいツヤ感出したいやつあったら貸すよ〜」


「ありがとう。……いや顔出ししないって」


「じゃあ今度遊ぶとき、いろいろ試そうね〜。コスメ談義会!」


俺は自然と笑った。


本当に“遊んでる”みたいだと思った。

女の子同士で、当たり前のようにコスメを並べて、わいわいして。


「……こういうの、いいね」


「うん、楽しいね」

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