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第56話:スイートポテトコラボ(2)

キッチンに移動しながら、機材を手早くセッティングする。

三脚とスマホ用スタンド、マイク、小さなLEDライト。


「ラギ、やっぱ準備早いな〜。プロっぽい」


「慣れてるだけ。……でも、今日はライブだから、いつもより気を抜けない」


「コメントも拾いながらだもんね〜。そういうの得意?」


「……まぁ、なるべく頑張る」


「うち、コメントの拾い方ゆるすぎってよく言われる。喋ってると忘れちゃう」


「それはそれで、らしくていいんじゃない?」


「らしく、か〜。うん、そだね。じゃあ、ラギはラギらしくね!」




お互いに笑い合って、スマホを横向きにセットする。

カメラが捉えるのは、キッチンの手元と、背後に並んだ器具たち。


キッチン全体に暖かい光が広がっている。

さつまいもも、材料も、ふたり並んで立つこの距離も――すべてがちょうどいい。


「じゃあ……準備OK?」


「OK!ラギ、タイトルつけた?」


「うん、【ラギ×なるみん:冬のスイポづくりLIVE】って」


「いいね〜!じゃあ、いっちゃおっか」


「……よし」


深呼吸をひとつ。

画面を見つめて、配信開始のボタンをタップした。




赤いランプが点灯して、カメラの向こうに“誰か”がいる感覚がじわりと広がっていく。


でも今日は、それを怖いとは思わなかった。


“見せるための料理”じゃない。


“届けたい空気”を、そのまま映すだけ。



* * *



キッチンの午後は、優しい熱を帯びて――静かに動き出した。


『こんにちは〜!ラギです』


『なるみんで〜す!』


『今日はラギの家からお届けしてます〜!』




配信スタートと同時に、コメント欄が少しずつ動き始める。


《おおお!この組み合わせ待ってた!》

《2人ともテンションゆるくて好きw》

《なるみんが家にいるの新鮮》


「コメント来てる〜!」


「ほんとだ。……“部屋きれい”だって」


「いや、そりゃそうでしょ〜。ラギ、掃除のプロだもん。冷蔵庫の中までキレイだったし」


「それは見ないでよ……」


「えっ、だって気になって開けちゃった!“ここ絶対整ってる”って思ったらほんとに整ってたから拍手しといた」


「勝手に拍手しないで」


「ふふふ」


コメント欄にも、

《冷蔵庫チェック草》

《なるみん自由すぎw》

《ラギの困った顔見たい》

そんな反応が並ぶ。




「さてさて、今日の主役はこちら〜!」


なるみんが手元にカメラを引き寄せて、袋から取り出したのは、ホクホクのさつまいも。


「めっちゃいい色してる……ラギ、見て〜!」


「うん、これ当たりだね。じゃあ、さっそく蒸していこうか」


「了解で〜す。電子レンジでチン!」


「コメントに“今日のレシピ載せて〜”って来てる。概要欄に簡単な分量あるよ」


「あ、でもあとでツブヤイターにもアップしようね。ラギの手書きメモ、めっちゃ好きって言ってた人いたよ」


「……それ、恥ずかしいんだけど」


「そう? めっちゃ味あってよくない?」


《ラギの手書きレシピほんと好き》

《字も丁寧だし見やすい》

《ノート公開して》


「ほら〜、人気コンテンツじゃん」


「なんで私のノートがコンテンツに……」


なるみんの無邪気な笑いに、俺は仕方なく口元を緩めた。




さつまいもをレンジにかけている間、なるみんはテーブルに広げた材料をひとつずつ紹介していく。


「今日はラギレシピに、ちょこっとだけうちのアレンジ加えます!

 隠し味は、これ〜!」


取り出したのは、ほんの少しのシナモンパウダー。


「これ、香りが優しくて好きなんだよね〜。入れすぎ注意だけど!」


「なるみん、入れすぎたことある?」


「ある。めっちゃある。芋消えるぐらいスパイスになった」


「それもう別の料理」


《シナモン分かる!》

《入れすぎ案件w》

《なるみんのそういうとこすき》



「でも今日は大丈夫。ラギが横で見てるから!」


「監視役……?」


「違う違う、安心役。ラギが隣にいると、ちゃんと作れるんだよね〜」


ふと、手元を見つめるなるみんの横顔が、少しだけ真剣で。

その横顔に、視聴者じゃない“俺自身”の気持ちも、ほんの少し揺れる。




さつまいもが温まり、ふたりで皮をむく工程へ。


「熱っ……!これ熱いやつ〜!」


「ちょっと冷ました方がよかったかな。ほら、キッチンペーパー使って」


「ありがとう、やさし〜!」


「……べつに普通のこと」


「うん、でもそういう“普通”が嬉しいやつだから」




その間にも、コメントは止まらない。


《この空気感ほんといい》

《2人で並んでるの癒される》

《ちゃんと作ってるのに雑談もちゃんとしてるのすごい》




芋を潰す音、バターを加える音。

生地がまとまっていくたびに、ふたりの会話もテンポよく進んでいく。


「今日の生地、めっちゃなめらかじゃない?」


「うん、水分ちょうどよかった。さつまいもがいいやつだったのもあるけど」


「これ、絞るの楽しみ〜!ちょっと練習したの見せていい?」


「……お、練習してきたの?」


「うん、ラギとコラボで披露しようと思って、ちょっとだけ。動画とか見て」


「……そっか」


思わず、心の中で「ありがとう」と呟いた。


たぶん、声に出したら上手く言えない気がして。




「じゃあ絞り袋に詰めて、並べていこうか」


「はーい!」


手元をカメラに映しながら、綾が生地を絞り出す。

形が整うたびに、コメントが飛び交う。


《きれい!》

《この絞り方まねしたい》

《さすがラギ!》



なるみんが絞った分には、

《あ、ちょっとラフな形w》

《でもかわいい》

《むしろなるみん味ある》

など、愛あるツッコミが並ぶ。




オーブンに入れて、待ち時間。

その間、ふたりはソファに腰掛けて、コメントを拾いながらの雑談へ。


「なんかさ、今日……配信しててすごく自然に話せてる気がする」


「うん。私も。前より……素でいられるっていうか」


「たぶん、それが“慣れ”じゃなくて、“心が戻ってきた”ってやつだと思う」


「……なるみん、たまに名言出すよね」


「でしょ〜?ゆるふわ言語の哲学者って呼んで」


「呼ばない」


ふたりの会話に、コメント欄もさらに沸いていく。



《今日の配信、保存版》

《ラギの笑い声久しぶりな気がする》

《なるみんの距離感ほんと最高》



オーブンが鳴って、スイートポテトが焼き上がる。


立ち上がると、ふわりと甘く香ばしい香りがキッチンを包み込んだ。


「できた〜!」


「いい色。形もちゃんと揃ってるし……うん、これは成功だね」


ふたりで、焼きたてをひとつずつ手に取り、同時にひとくち。


「……あ」


「……うまっ」


言葉にする前に、顔がほころんでいた。


「これ、ちゃんとラギの味になってる。

 うち、今日この味忘れたくないな」


「……ありがとう」


本気でそう思った。

配信をしていることも、一瞬だけ忘れるほどに。


画面の向こうにも、きっとこの空気が届いていると、そう信じたくなる午後だった。

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