『まさか、あのケンタウロスがコヨミと知り合いだったとは……』
世間は狭いとはよく言ったものだ。
俺は出来る限り気配を消して、2人の話に耳を傾けた。
「ゴブリン討伐? それで、どうしてそんなに汚れるっスか? それに疲れている様にも見えるっスよ?」
コヨミの言葉にケンタウロスが大きなため息をついた。
「はあ~…………ゴブリン討伐は何も問題はありませんでしたよ。問題があったのは、捕まっていた女の子です」
「ん? 女の子が問題?」
「……少し目を離した途端、いきなり居なくなってしまい大騒ぎですよ」
すぐにミュラが俺を追いかけて来たからな。
女の子がいきなり姿を消したら、そりゃあ大騒ぎになるわ。
「ふむふ……むっ!?」
コヨミが俺のいる部屋に視線を向ける。
その少女がミュラだと気付いたようだ。
「それで、メンバー総出で今日まで森の中を捜索していました……」
今日までって……俺達は、初日でこの港町の傍まで来た。
だとすると約2日間、誰もいない森の中を探していたわけか。
何だか申し訳ない気持ちになって来た。
「丸2日、徹夜で探したんですが……結局、見つかりませんでした……そして、リーダーの判断で捜索を打ち切り……帰って来たわけです」
「丸2日って……じゃあ、ここへ来ずに帰って寝ればいいじゃないっスか!」
「そう……思ったのですが……女の子がまだ森の中を彷徨っているんじゃないか、飢えて倒れているんじゃないか、獣に襲われて食べられてしまったんじゃないか……そういった嫌な思いが頭の中を巡って、寝るに寝れないと……」
大丈夫です。
その女の子は裏庭にいるし、お腹一杯で動き回っているし、獣の様に料理に食らい付いています。
ますます申しわけない気持ちになって来たぞ。
「ですから、眠れる薬か気分が楽になるお香を買いに来たのです……」
「そ、そうっスか……」
コヨミがチラリと俺の方を見た。
これはミュラの事を伝えた方が良い気がする。
恐らくコヨミも同じ事を思って、俺の方を見たのだろう。
『…………よし』
俺は扉の隙間を少し広げ、コヨミに向かって頷いた。
それを見て、コヨミも頷く。
コヨミの知り合いなら、話しても大丈夫だろう。
「…………ノルン、その女の子の事っスけど――」
「――はっ! そうか!」
ケンタウロスが突然何かを思いついた様で、顔を上げた。
「あの時いたゴブリン! あのゴブリンが女の子を連れ去ったんだ!」
「え?」
『へっ?』
あの時いたゴブリン。
え、それってまさか……俺の事じゃないだろうな。
「いくら探しても見つからないはずだ……不覚ッ! 女の子が消えた事で、あの時近くにいたゴブリンの事をすっかり忘れていた!」
あー間違いない、俺の事を言っている。
いやいや……ミュラが勝手について来ただけで、連れ去っていないから。
「お、落ちつくっスよ……その女の子は……」
「状況的に、それが確率が高い! ああっ! 今頃、酷い目に合っているかもしれない! 早く捜索を再開するようにリーダーに進言しなくては!」
興奮した馬の様に、足をばたつかせるケンタウロス。
それを必死になだめ様とするコヨミ。
「まっ待つっスよ! だからその女の子は――」
「みてみて~! たまごが1こあったよ~!」
裏口が勢いよく開き、卵を握りしめたミュラが満面の笑みを浮かべて中に入って来た。
『「あっ……」』
「…………えっ?」
「ん?」
ミュラの姿を見て、全員がその場に固まる。
その様子にミュラは不思議そうに首を傾げた。
「………………」
ケンタウロスが瞬きをせず、黙ってミュラを凝視する。
その視線が怖かったのか、ミュラが1歩後ろに下がった……その瞬間……。
「いたあああああああああああああああああああああああああああ!!」
ケンタウロスが叫び、ミュラの傍に駆け寄る。
「ひっ! なに? なに?」
「コヨミ! この子です! この子がさっき話していた女の子です!」
「きゃっ!?」
ケンタウロスは嬉しそうにミュラの体を持ち上げる。
そして、舐めるような視線でミュラの体を動かした。
「怪我は…………無いようですね…………良かった」
「あ、あの~、ノルン……」
「コヨミ、この子がどうしてここに居たのか、追々聞きます。まずは保護を優先させます。さっ行きますよ」
「……え? いくって……どこに?」
ケンタウロスの言葉にミュラが眉を寄せた。
「冒険者ギルドです。貴女を保護します」
「えっ!? やだ! ミュラ、ここにいる!」
「それは出来ません。こんな所にいるより、冒険者ギルドの方が安全ですから」
「なっ!? ちょっとノルン! こんな所ってどういう意味っスか!?」
怒るコヨミを無視し、ケンタウロスは下半身の馬の背中の部分にミュラを乗せようとする。
その瞬間、ミュラが暴れはじめた。
「い~や~だ~! ミュラここがいいもん! はなしてええええ!!」
「あっ暴れないでください! こら! おとなし――あっ!」
隙をつき、ミュラがケンタウロスの手から逃げ出す。
そして食堂の中を走りまわった。
「待ちなさい!」
ミュラの後を必死に追いかけるケンタウロス。
「またない!」
ミュラも捕まらない様に必死に逃げる。
テーブルが倒れ、椅子が吹き飛び、食器が割れ、床と壁に穴が開いて行く。
「ちょっ! ちょっと! 2人とも止めるっス! 中がめちゃくちゃになっちゃうっス!!」
コヨミが叫んでも2人は止まろうとしない。
そうこうしているうちに、ミュラは俺が食料保存庫の扉の隙間から覗いている事に気付いた。
「――っ! ゴブウウウウウウウ! たすけてええええええ!」
そして、一直線にこっちへ向かって走って来た。
『――うえっ!?』
まずいまずいまずい。
このままだと、ケンタウロスに俺の姿が見られてしまう。
「ミュ、ミュラ! こっち 来ちゃ駄――げふっ!!」
ミュラが勢いよく扉を開け、その衝撃で俺は吹き飛ばされた。
『――あだっ! つーー!』
吹き飛ばされた先にあった棚で頭を打ち、その場にうづくまってしまう。
「はあ~……はあ~……もう逃がしませんよ~……」
食料保存庫の入り口を塞ぐように、ケンタウロスが身を屈ませて入って来た。
「やだ! ゴブといっしょにいるんだもん!」
ミュラが俺の背中に隠れた。
「ゴブ? 誰の事ですか?」
「ゴブはこのこだよ!」
『ぐえっ!』
ミュラがグイっと俺の顔を持ち上げた。
『「……」』
強制的にケンタウロスと目が合ってしまう。
「ど……ども……」
ニコリとケンタウロスに向かって笑顔を向けて見る。
「――っ!? どうして、ここにゴブリンがいるのですか!!」
が、笑顔空しく即座に戦闘態勢へと入るケンタウロス。
そうだよな……この状況だと、笑顔で誤魔化せるわけが無いよな。