コヨミに正体がバレた時同様、場の空気が殺気立つ。
ケンタウロスの青い瞳が俺を睨みつけた。
「――っおのれ! 町の中に入り込んでくるとは! すぐに処分してくれる!」
ケンタウロスは何かを取り出そうと、右手を背中へと持って行く。
しかし、右手は空を掴む。
「……あれ? あれ!?」
ケンタウロスは慌てた様子で、背後を向く。
「――っ私の槍が無い!? 一体何処に!」
その答えは簡単だ。
ケンタウロスの槍は、食堂内のテーブルに立て掛けられている。
「ああっもう! 足を汚したくはないが、仕方ありません!」
ケンタウロスが前足を勢いよく振り上げた。
こいつ、俺を踏み潰す気だ。
「まっ待て! ミュラ! ミュラ が!」
俺の背後にはミュラがいる。
このままだと、俺と一緒にミュラが押し潰されてしまう。
「ノルン! 止めるっスよ!」
コヨミがケンタウロスの馬の部分に飛び乗った。
そして、腕を回してケンタウロスを羽交い絞めにする。
「何をするんですか、コヨミ! このままでは、ゴブリンに逃げられてしまう!」
その場で暴れるケンタウロス。
コヨミはロデオの様に体を揺さぶられるが、必死にしがみ付く。
「落ち着いてっス! ノルン! ウチの話を! 聞いてっス!」
「話している暇などありません! 早く! 早くしないと!」
「色々! 事情があるっスよ! もう! こうなったら……2人共!」
距離を置いていた俺達に対して、コヨミが叫ぶ。
「ノルンのっ! 尻尾を思いっきり! 握るっス!」
「はあ? 尻尾?」
何を言っているんだ、この人は。
「そうっス! こいつ! 尻尾を! 握られると! 力が抜けるっス! だから! 早くするっス!」
いや、どっかの漫画じゃあるまいし……そんな事……。
「なっ!? 何を教えているんですか! この裏切者!!」
……あったわ。
ケンタウロスの反応からして本当の様だ。
となれば、やるしかないな。
じゃないと、このままでは俺どころか食堂がぶっ壊されてしまう。
「ミュラ! 俺 行く! 奴の足 凍らせる!」
「あっ! うん! わかった!」
ミュラが床に両手をつける。
その瞬間、俺はケンタウロスに向かって走った。
「この! 離し――なっ何!? 足が!!」
ミュラの氷魔法が、ケンタウロスの後ろ足を凍らせた。
その隙をつき、俺は右側面からケンタウロスの尻尾めがけて飛び掛かった。
『おりゃああああああああああ!』
ガシリと尻尾にしがみ付く。
「――ひゃん!! こっここここら! 私の尻尾から離れろ!!」
ブンブンと尻尾を振り回す。
俺は吹っ飛ばされない様に、必死に尻尾を掴んでいる手に力を込めた。
「このっ! このっ! こ……の……くうう……ちっ力が……にゅけ……る……」
ケンタウロスの力が弱まり、両ひざを床につける。
おお、本当に力が抜けて行っている。
「ふぅ~……よくやったっス。そのまま尻尾を掴んだままでよろしくっス」
コヨミは右腕で額の汗を拭いつつ、ケンタウロスから離れた。
そして前に回り込み、ケンタウロスの顔を覗き込むように自分の顔を近づける。
「さっ、ウチの話を大人しく聞いてもらうっスからね」
「くっ……くちょう……」
コヨミはまた食堂を閉め、俺達は倒れた椅子を立てて座った。
ようやく落ち着いたケンタウロスに俺とミュラの事、コヨミとの出会いまでのいきさつを説明した。
無論、俺が異世界からの転生者だという事も話してだ。
ケンタウロスは何も言わす、目を閉じて話に耳を傾け続ける。
そして、全て話が終わると同時に目を開けた。
「…………そんなおとぎ話、信じろと?」
ケンタウロスが俺達を睨みつける。
そうだよな、こんな話を信じろというのが無理があるよな。
「今までウチの口から、おとぎ話なんて出たことがあるっスか?」
「無いですが、嘘は出でます」
「今回は本当の本当っスよ!」
「…………はあ~その本当の本当と言うのも、何回聞いた事か……まぁいいでしょう、話が進まないので百歩……いえ、一万歩譲ってゴブリンがそうだとして……」
めちゃくちゃ譲っているよ。
「女の子に関して、どうしてギルドに連絡してくれなかったのですか?」
「いやいや、ミュラちゃんを探していたなんてウチ知らないっスから!」
「元とはいえ貴女は冒険者、ゴブリンといた時点で気付くべきでしょ?」
「流石にそれは無理すぎるっス! そもそも! ノルンがミュラちゃんを見失うのが悪いんでしょ!? ちゃんと保護しなさいよ!」
2人の会話がどんどんヒートアップしていき、声を張り上げ始めた。
「私じゃなくてミーノさんが悪いんです! ミーノさんに任せて、私は巣から逃げ出して来たゴブリンを処分していたのですから!」
「人のせいにしないの! パーティーでの失態なんだから!」
これはマズそうだ、今に殴り合いが始まってもおかしくはない。
早く止めた方が良いかも。
「あ、あの……」
「だからパーティー総出で探しまわったと言ったでしょ! その耳はお飾りですか!」
「そ、その……」
「んなっ!? それとこれとは話は別でしょうが! そう言うあんたも、子供のミュラちゃんに逃げられるなんて、その足はお飾りですか~?」
「……えーと……うう……」
「はあ!? 姿を消した状態で、どう追いつけというんです!?」
駄目だ。
まったく2人の間に入り込めない。
「本当に貴女は昔から無茶苦茶ですね! ゴブリンと女の子を一緒にいさせるなんて、正気じゃないです!」
「だ~か~ら~! さっきも言った通り、 ゴブくんは元は人間で……」
「ゴブリンは所詮ゴブリン! そこは変わりません!」
ノルンは拳を握りしめながら言い放つ。
「……コヨミ、貴女は高い能力を持っているのよ? なのに、こんな場所で腐らせるなんてもったいない」
「これはウチが決めた事! ウチはウチのやりたい事をしてるだけよ!」
「私にはわからない……だからこそ、腹が立つのよ。貴女の力を必要とする人や、助かる人がたくさんいるというのに……」
その言葉に、コヨミの目がわずかに揺れた。
しかし、すぐに真っ直ぐケンタウロスを見返す。
「何を言われようと、ウチの気持ちは変わらない。ウチはウチの居場所を取り戻す!」
「理想論だわ、現実を見なさい。この食堂に、お客なんて全然入っていないじゃない」
「そっそれは……いや、今から繁盛させようとしてたっスよ!」
「そんな事、出来るわけが無いわ」
とケンタウロスがそう言った瞬間、ミュラが両手でバンとテーブルを叩いた。
俺達は何事かと一斉にミュラの方を向く。
「できるもん! ゴブとコヨミおねえちゃんならできるもん!」
「ゴブリンとコヨミで? ですから無――」
「でぎるもん!!」
ケンタウロスの言葉を遮り、ミュラが泣き叫ぶように言った。
その姿を見たコヨミは、両手を握りしめ何かを決意した様子で口を開く。
「…………なら、ノルン! 料理で決着をつけようっス!」
コヨミの一言で一瞬だけ場の空気が止まった。
「……料理で……決着?」
「そうっス! ウチが料理を作るっス。ノルンがその料理を気に入らなければ、ウチは冒険者に戻り、この2人も好きにするっス!」
『……えっ?』
2人も好きにって……それ、俺が処刑されないか。
なんて事を言い出すんだよ。
「そしてノルンが気に入れば、この件は無かった事として、ウチの自由にさせてもらうっス!」
コヨミの言葉に、ケンタウロスはため息をついて肩を落とした。
「そんなふざけた勝負、真面目に応じるとでも?」
「へ~……ウチの腕が怖くて、逃げるっスか?」
コヨミがニヤリと口角を上げた。
「なっ!? 逃げ――!? ……分かった、いいでしょう! その勝負、受けて立ちます!」
ケンタウロスがコヨミに向かって指をさす。
おいおい、なんでまたグルメ漫画みたいな展開になっているんだよ。