月牙の食堂に住み始めてから1週間がたった。
その間も相変わらず食堂に人は来ず、コヨミの料理の腕も中々上がらなかった。
とはいえ、俺も料理を作り始めた頃は相当ひどいありさまだったし、こればかりは数をこなすしかない。
そんなある日の昼。
昼ご飯を食べていると、ミュラが俺に尋ねた。
「もぐもぐ……ごっくん。あ~おいしかった~……ねぇねぇ、ゴブ」
「何 だ?」
「きょうのよるごはんって、な~に?」
「はあ!?」
今昼飯を食べ終えたのに、もう夕飯の事を言い出すとは。
最近、ますます食欲を増している気がする……そんなちっちゃい体のどこに入っているんだか。
とはいえ、夕飯か……んー何を作るか、特に決めてはいないんだよな。
「決めて ない。ミュラ 何 食べたい?」
こういう時は必殺人任せ。
この必殺技は簡単で楽だが、同時に最大の弱点もある。
「え? ミュラ? う~ん…………べつに、なんでもいいよ」
そう、この『なんでもいい』という言葉の返しだ。
同様に『特にない』、『おまかせ』も非常に困る。
これだって答えてほしかったな。
「そ、そうか……じゃあ コヨミさん どうだ?」
仕方がないので、コヨミに聞く事にする。
「ウチっスか? ん~……そうっスね~……あっ、そうそう、朝来たおばちゃんから、ピーマンを貰ったっス。だから、ピーマンを使った――」
「ピーマン!?」
ピーマンの単語でミュラが反応し、固まってしまう。
ああ、そうだった……ミュラはピーマンが嫌いだったな。
この反応を見たコヨミは、一瞬でそれを察した様子でミュラの方を見る。
「ミュラちゃん、好き嫌いは駄目っスよ?」
コヨミの言葉に、ミュラが困った顔をしつつ唇を尖らす。
「で……でも……」
コヨミは追い打ちをかける。
「好き嫌いしてたら、大きくなれないっス。ずっと、子供のままっスよ?」
この光景、まるで母親が子供を叱っている様だ。
「ミュラ、こどもじゃないもん! おねえちゃんって、いわれたもん!」
ミュラは頬をぷくっと膨らませた。
「「?」」
俺とコヨミは何を言っているのかわからず、首を傾げる。
「きつねのおばあちゃんに、ミュラがゴブのおねえちゃんだって、いってくれたんだもん!」
「ああ 朝市 言われた 奴か……」
そう言えば、そう言われてめちゃくちゃ上機嫌だったな。
まさか、その話を持ち出すとは……。
「そうだったっスか。だったら、ピーマンは食べられるっスよね? お・姉・ちゃ・ん?」
コヨミが悪戯っぽく笑う。
これはあれだ……ミュラに食べさせる為の煽りだ。
「たったべられるよ! ピーマンなんて、よゆうだもん!」
はい、見事にミュラがのって来た。
コヨミもしてやったりと口角を上げる。
「じゃあ、今夜はピーマン料理っスね」
「え? あっ! ……うう……」
のせられた事に気付いたミュラが、涙目になりつつしょげてしまう。
これは完全にコヨミの勝ちだな。
ピーマン料理か……どう調理しよう……。
と考えていると、食堂の扉を激しく叩く音がした。
「コヨミちゃん! コヨミちゃんいる?」
扉の外から、焦っている感じの女性の声がする。
「この声、チュウデスさんっスね」
コヨミが椅子から立ち上がる。
「チュウデス?」
「病院の看護師さんっス。あの感じ、どうやら何かあったみたいっスね」
それを聞いた俺は、慌てて厨房の陰へと隠れた。
俺の姿が見えてない事を確認したコヨミは、カーテンと食堂の扉を開ける。
「あっ良かった! いた!」
扉前に立っていたのは、看護衣を着たネズミの獣人だった。
「チュウデスさん、どうしたっスか?」
「急でごめんね! 急いで、この薬の調合をお願いしたいって先生から!」
チュウデスが看護衣のポケットから紙を取り出して、コヨミに渡した。
「ウチにっスか? えっと……」
受け取ったコヨミは紙を開き、書かれた内容を確認する。
そして、すぐに険しい表情へと変わった。
「――っ大変! わかりましたっス、すぐに作って届けるっス!」
「よろしくお願い! 患者はバードンさんの奥さんね!」
「了解っス!」
チュウデスが裏路地を走って行った。
コヨミも食堂の扉とカーテンを閉め、俺達の元へと走って来る。
「ど、どうした?」
「急患っス! ウチは、今すぐに材料集めに出かけるっスね!」
「ここ 作れない のか?」
「乾燥した物はあるっスけど、それだと効力が弱まってるっス。今必要なのは効力の強い、採れたての薬草が必要なんっスよ!」
「それ 何処に?」
「近くの山岳っス! 危険な場所だから、ウチだけで行って来るっス! 後の事はよろしくっス!」
コヨミは早口で説明したのち、2階へと駆け上がる。
そして、すぐさま準備を済ませて2階の窓から屋根伝いで出て行ってしまった。
「いっちゃったね……」
「ああ そう だな……」
俺達はただただ茫然と見送るしかなかった。
昼飯も食べ終わり、俺は後片付けを始める。
その間、ミュラはテーブルの上に置いたピーマンをジッと見つめていた。
「そんな 嫌。無理 しなくて いい」
こう言ってしまうあたり、俺って甘いよな。
俺の言葉を聞いたミュラは、フルフルと頭を横に振る。
食べると言ってしまった以上、それは出来ないか。
ミュラの頑固なところが出てるな。
「……ねぇゴブ……ピーマン、おいしくたべられる?」
難しい話だ、そこは完全に人による。
細かく切って料理に混ぜても一瞬で気付く子もいるくらいだしな。
まぁミュラの場合、目の前にあるからそんな事をする意味が無いけども。
「出来る限り おいしく する」
自信ないけど……するとすれば、アレがいいだろう。
「はあ~……」
ミュラはピーマンから視線を外し、椅子の上で膝を抱えて小さくなった。
「……たべるっていっちゃったし……おねえちゃんって、よばれたのに……のこしちゃったら……」
その声はとても小さかった。
嫌いなものを食べる勇気と、意地を張った後悔がミュラの心の中で戦っているようだ。
「……ねぇ、ゴブ」
「ん?」
「……ピーマン、おいしくなるもの……かいにいきたい」
「買いに行く?」
「うん……それもミュラ、ひとりで! コヨミおねぇちゃんに、ミュラがおねえちゃんってところ、みせたい!」
「……いや 一人って……俺 一緒に……」
「やだ! ひとりでいくの!」
俺は頭をかきながら、溜め息をついた。
いくら港町の中とはいえ、心配で仕方がない。
転んだり道に迷ったり、それこそ人身売買の奴にまた捕まったりと……危ない事は、いくらでも想像できる。
だが、今のミュラの気持ちを否定してしまうのも違うよな。
「…………わかった。でも 絶対 無理 するな」
「うん!」
ミュラは嬉しそうな笑みを浮かべた。
俺はミュラに麦わら帽子を被せ、買い物バッグと買い物メモ、少し多めのお金を持たせる。
メモには『合いびき肉、玉ねぎ、トマト、そして――ピーマンをおいしく食べれる料理!』と書いてある。
文字がまだ少し危ういが、これくらいならミュラでも読めるだろう。
「これで よし」
トンッとミュラの頭を軽く叩く。
「っじゃあ、いってきま~す!」
ミュラは、食堂の扉を勢いよく開けて出て行った。
小さな背中がどこか誇らしげに見える……が、やはり心配なのは変わらない。
俺は少し時間を置き、いつもの様に顔を隠してから食堂を出て鍵を閉める。
そして、急いでミュラの後を追いかけていった。