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第29話

 港町の通りは、いつものように賑わっていた。

 潮風と様々な匂いが入り混じり、人々の声が響く。


『お、いたいた』


 そんな人々の間を、ミュラがちょこちょこと歩いていた。

 ぎゅっとバッグを抱え、買い物メモを握りしめるその姿は、ちょっとした冒険をしているように見える。

 そんな背中を、俺は少し離れた場所から見守る。


『…………俺が初めて一人でお使いに行った時、母さんもこんな気持ちだったんだろうか』


 そんな昔の事を考えていると、串焼き屋の主人が元気よくミュラに声をかけた。


「お、ミュラちゃんじゃないか! 串焼きはどうだい? 今日はいい肉が入ったぞ!」


「えっ!?」


 ミュラが足を止め、思わず屋台に吸い寄せられそうになる。


『あーあ、誘惑に負けそうになってるよ……』


 それを見た俺はつい額を押さえてしまう。

 だが次の瞬間、ミュラがぶんぶんと頭を振った。


「――いけない、いけない! ミュラ、おつかいのさいちゅうなの。またこんどね!」


「お、そうだったのかい。偉いな! 気を付けてな」


「うん!」


 ミュラは屋台の主人に手を振り、再び歩き出した。


『おお、誘惑に勝ったぞ』


 今すぐにでも誉めてあげたい所だが……我慢我慢。

 今の俺は、見守るのが役目だからな。


 やがて、ミュラは細い路地へと入っていった。

 コヨミが教えてくれた、地元の人だけが知る近道だ。

 薄暗く、静かな路地を進むミュラ。

 すると、ふいに足を止めてキョロキョロと周囲を見回し始めた。


『やばっ! バレたか!?』


 俺は慌てて近くのゴミ入れの陰に身を隠した。


「…………こっちからだ」


 ミュラが別の路地へと入って行った。

 俺がついて来ている事に気付いた……って、感じじゃないな。


『だとすれば、一体何が……ん?』


 耳を澄ますと、かすかに女の子の泣き声が聞こえる。

 どうやらミュラは、その声の方へ向かったらしい。

 見つからないように気を付けながら後を追うと、小さな広場へと出た。

 ミュラはその広場で足を止め、何かを見つめていた。


「うっ……うう……」


 ミュラの視線を追うと木箱があり、その上で女の子が膝を抱えて座っていた。

 金髪のツインテールに背中には小さな鳥の羽が生えている。

 どうやら、聞こえて来た泣き声の主はあの鳥の獣人のようだな。


「……えと……えと……どうしよ……」


 ミュラはその場でくるくると回りながら、ぶつぶつ独り言を繰り返していた。

 声をかけるべきか、このまま通り過ぎるべきか迷っているようだ。


「ん~…………よしっ!」


 ミュラは意を決し、女の子に近づいて行った。

 そして、声をかける。


「あ、あの……だいじょうぶ? どこか……いたいの?」


「……え?」


 ミュラの声に女の子は顔を上げ、目をゴシゴシと拭う。

 目の周りが赤くなった翡翠の瞳でミュラを見た。


「…………あなた、だれ……なの?」


「ミュラはミュラ……あなたは?」


「あたしは……ナナ……なの」


「えと……どうしたの? ないてたみたいだけど……」


 ナナは少し迷ったあと、小さな声で答えた。


「…………ママが……病気で……倒れちゃった……の……」


「えっ! そうなの!?」


「お医者さんは……大丈夫だって言ってたけど……薬を飲んでも、苦しそうで……ママ……死んじゃうのかな……ううっ……」


 涙をこらえるナナを見て、ミュラの表情が曇る。

 その時、背後から声が聞こえて来た。


「ナナ!」


 声の方を見ると、少年2人が駆け寄ってくる。

 1人は犬耳に銀の短髪、銀色の尻尾を揺らす犬の獣人。

 そして、もう1人は分厚い本を抱え、寝癖だらけの黒髪に紫の瞳の垂れ目をした猿の獣人だった。


 2人はミュラ達に近づき、息を切らす。


「……ターン……カル……」


 ナナが涙目で2人の名前を呼んだ。


「はあ……はあ……見つけたぞ……病気を……って、お前誰だ?」


 ターンがギロリと水色の瞳でミュラを睨む。


「え? あっ……ミュラ……」


「ミュラ? ……見たことない奴だな」


「さいきん……くらしはじめて……」


「ふーん……そんな奴が、なんでここに?」


 声の圧を強めるターン。

 その圧にミュラが小さくなる。


「えと……えと……」


「やめて!」


 ナナが慌てて割って入った。


「ミュラちゃんは、あたしが泣いているところに、声をかけてくれただけなの。責めないであげてなの!」


「いや、オレは別に責めてなんか……チッ、それより……お前のママを、助けられるかもしれないぞ」


「え!? 本当?」


 ターンの言葉に、ナナの表情が明るくなる。


「うん、この薬草図鑑に載ってたんだ」


 カルは持っていた分厚い本をぱらぱらとめくった。


「えーと……これこれ、星影草……万能の薬になるんだってさ」


 ページを開き、描いてあった薬草に指をさす。


「万能の……薬に?」


「ああ! しかも、星影草は町の北にある森の奥に生えてるらしいぞ! 今すぐ採りに行こうぜ!」


 ターンが興奮気味にナナの手を引く。


「えっ……でも、北の森って……危険だから、入っちゃいけないって……怒られちゃうよ」


「大丈夫だって、内緒にすれば怒られないから」


 いやいや……その星影草を採ってきた時点でバレるだろ。


「ほら、行くぞ」


「……ミュ……ミュラもいく!」


 突然ミュラが口を開いた。

 そんなミュラに、ターンが怪訝そうに睨む。


「はあ? なんでお前が?」


「だっだって……しんぱい、なんだもん……ママ……たすけて……あげたいし……」


 悲しそうなミュラの表情を見て気付いた。

 ミュラはきっと、自分の両親と重ねている。


「ナナとは、今会ったばかりだろ? なんで、そんなに心配なんだよ」


「だって……だって……うう……」


 煮え切らないミュラに、ターンが気怠そうに続ける。


「……子供がついてくると邪魔なんだよ。そのくらい分かれ」


 お前も子供だろうが。

 ミュラと大して年も変わらんだろう。


「……そうなの、危ないよ?」


「――っ!」


 ナナが心配そうに声をかけると、ミュラはキッとターンを真正面から見つめた。


「なっ、なんだよ?」


「ミュラ、まほうつかえるもん!」


 そう言うと、ミュラは両手を地面につけて氷の柱を作り出した。


「ほら! これで、なにがでてもカチンコチンにしちゃうから!」


「おおっ……すげぇ……」


「わあ……!」


 カルとナナが驚きの声をあげる。


「お前……子供のくせに、魔法を使えるのか……」


「ミュラはこどもじゃないもん!」


 ミュラが頬をふくらませる。

 ターンはしばらく考え込み、やがてため息をついた。


「……わかった。お前もついてこい」


「やったあ!」


 ミュラは喜び、その場でジャンプをした。


『いっ!? マジで!?』


 俺はとんでもない展開になり、物陰で慌てふためく。


『まずい……! 非常にまずい展開になってしまったぞ!』

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