港町の通りは、いつものように賑わっていた。
潮風と様々な匂いが入り混じり、人々の声が響く。
『お、いたいた』
そんな人々の間を、ミュラがちょこちょこと歩いていた。
ぎゅっとバッグを抱え、買い物メモを握りしめるその姿は、ちょっとした冒険をしているように見える。
そんな背中を、俺は少し離れた場所から見守る。
『…………俺が初めて一人でお使いに行った時、母さんもこんな気持ちだったんだろうか』
そんな昔の事を考えていると、串焼き屋の主人が元気よくミュラに声をかけた。
「お、ミュラちゃんじゃないか! 串焼きはどうだい? 今日はいい肉が入ったぞ!」
「えっ!?」
ミュラが足を止め、思わず屋台に吸い寄せられそうになる。
『あーあ、誘惑に負けそうになってるよ……』
それを見た俺はつい額を押さえてしまう。
だが次の瞬間、ミュラがぶんぶんと頭を振った。
「――いけない、いけない! ミュラ、おつかいのさいちゅうなの。またこんどね!」
「お、そうだったのかい。偉いな! 気を付けてな」
「うん!」
ミュラは屋台の主人に手を振り、再び歩き出した。
『おお、誘惑に勝ったぞ』
今すぐにでも誉めてあげたい所だが……我慢我慢。
今の俺は、見守るのが役目だからな。
やがて、ミュラは細い路地へと入っていった。
コヨミが教えてくれた、地元の人だけが知る近道だ。
薄暗く、静かな路地を進むミュラ。
すると、ふいに足を止めてキョロキョロと周囲を見回し始めた。
『やばっ! バレたか!?』
俺は慌てて近くのゴミ入れの陰に身を隠した。
「…………こっちからだ」
ミュラが別の路地へと入って行った。
俺がついて来ている事に気付いた……って、感じじゃないな。
『だとすれば、一体何が……ん?』
耳を澄ますと、かすかに女の子の泣き声が聞こえる。
どうやらミュラは、その声の方へ向かったらしい。
見つからないように気を付けながら後を追うと、小さな広場へと出た。
ミュラはその広場で足を止め、何かを見つめていた。
「うっ……うう……」
ミュラの視線を追うと木箱があり、その上で女の子が膝を抱えて座っていた。
金髪のツインテールに背中には小さな鳥の羽が生えている。
どうやら、聞こえて来た泣き声の主はあの鳥の獣人のようだな。
「……えと……えと……どうしよ……」
ミュラはその場でくるくると回りながら、ぶつぶつ独り言を繰り返していた。
声をかけるべきか、このまま通り過ぎるべきか迷っているようだ。
「ん~…………よしっ!」
ミュラは意を決し、女の子に近づいて行った。
そして、声をかける。
「あ、あの……だいじょうぶ? どこか……いたいの?」
「……え?」
ミュラの声に女の子は顔を上げ、目をゴシゴシと拭う。
目の周りが赤くなった翡翠の瞳でミュラを見た。
「…………あなた、だれ……なの?」
「ミュラはミュラ……あなたは?」
「あたしは……ナナ……なの」
「えと……どうしたの? ないてたみたいだけど……」
ナナは少し迷ったあと、小さな声で答えた。
「…………ママが……病気で……倒れちゃった……の……」
「えっ! そうなの!?」
「お医者さんは……大丈夫だって言ってたけど……薬を飲んでも、苦しそうで……ママ……死んじゃうのかな……ううっ……」
涙をこらえるナナを見て、ミュラの表情が曇る。
その時、背後から声が聞こえて来た。
「ナナ!」
声の方を見ると、少年2人が駆け寄ってくる。
1人は犬耳に銀の短髪、銀色の尻尾を揺らす犬の獣人。
そして、もう1人は分厚い本を抱え、寝癖だらけの黒髪に紫の瞳の垂れ目をした猿の獣人だった。
2人はミュラ達に近づき、息を切らす。
「……ターン……カル……」
ナナが涙目で2人の名前を呼んだ。
「はあ……はあ……見つけたぞ……病気を……って、お前誰だ?」
ターンがギロリと水色の瞳でミュラを睨む。
「え? あっ……ミュラ……」
「ミュラ? ……見たことない奴だな」
「さいきん……くらしはじめて……」
「ふーん……そんな奴が、なんでここに?」
声の圧を強めるターン。
その圧にミュラが小さくなる。
「えと……えと……」
「やめて!」
ナナが慌てて割って入った。
「ミュラちゃんは、あたしが泣いているところに、声をかけてくれただけなの。責めないであげてなの!」
「いや、オレは別に責めてなんか……チッ、それより……お前のママを、助けられるかもしれないぞ」
「え!? 本当?」
ターンの言葉に、ナナの表情が明るくなる。
「うん、この薬草図鑑に載ってたんだ」
カルは持っていた分厚い本をぱらぱらとめくった。
「えーと……これこれ、星影草……万能の薬になるんだってさ」
ページを開き、描いてあった薬草に指をさす。
「万能の……薬に?」
「ああ! しかも、星影草は町の北にある森の奥に生えてるらしいぞ! 今すぐ採りに行こうぜ!」
ターンが興奮気味にナナの手を引く。
「えっ……でも、北の森って……危険だから、入っちゃいけないって……怒られちゃうよ」
「大丈夫だって、内緒にすれば怒られないから」
いやいや……その星影草を採ってきた時点でバレるだろ。
「ほら、行くぞ」
「……ミュ……ミュラもいく!」
突然ミュラが口を開いた。
そんなミュラに、ターンが怪訝そうに睨む。
「はあ? なんでお前が?」
「だっだって……しんぱい、なんだもん……ママ……たすけて……あげたいし……」
悲しそうなミュラの表情を見て気付いた。
ミュラはきっと、自分の両親と重ねている。
「ナナとは、今会ったばかりだろ? なんで、そんなに心配なんだよ」
「だって……だって……うう……」
煮え切らないミュラに、ターンが気怠そうに続ける。
「……子供がついてくると邪魔なんだよ。そのくらい分かれ」
お前も子供だろうが。
ミュラと大して年も変わらんだろう。
「……そうなの、危ないよ?」
「――っ!」
ナナが心配そうに声をかけると、ミュラはキッとターンを真正面から見つめた。
「なっ、なんだよ?」
「ミュラ、まほうつかえるもん!」
そう言うと、ミュラは両手を地面につけて氷の柱を作り出した。
「ほら! これで、なにがでてもカチンコチンにしちゃうから!」
「おおっ……すげぇ……」
「わあ……!」
カルとナナが驚きの声をあげる。
「お前……子供のくせに、魔法を使えるのか……」
「ミュラはこどもじゃないもん!」
ミュラが頬をふくらませる。
ターンはしばらく考え込み、やがてため息をついた。
「……わかった。お前もついてこい」
「やったあ!」
ミュラは喜び、その場でジャンプをした。
『いっ!? マジで!?』
俺はとんでもない展開になり、物陰で慌てふためく。
『まずい……! 非常にまずい展開になってしまったぞ!』