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第2話 フェンリル

フレイヤは、青空の下で風を感じながら旅を続けていた。目的は異世界のスイーツを巡ることで、これまでの旅は予想以上に楽しく、彼女の興味を引き続けていた。しかし、この日は少し道を外れてしまった。普段は見かけないような険しい山道が広がっており、彼女はどこか異世界の雰囲気を感じながら歩いていた。


山道は次第に狭くなり、周囲の木々が密集している。高い木々の間を歩くうちに、フレイヤは霧が立ち込める場所にたどり着いた。空気がひんやりと冷たく、神秘的な雰囲気が漂っていた。彼女は少し迷いながらも、その美しさに心を奪われていた。


やがて、フレイヤの視界に一つの大きな影が映り込む。それはまるで山の一部が動いているかのように見えた。彼女が目を凝らして見ると、その影は巨大な毛皮を持つ犬のような生き物だった。全身を覆う黒い毛が風に揺れ、その姿は威厳に満ちていた。


「おお、これはまた珍しい生き物だわ…」と、フレイヤはつぶやいた。


フェンリルは、その巨大な体を動かすことなく、静かに立ち止まっていた。彼の目は鋭く、無言でフレイヤを見つめている。その姿には威圧感があり、ただの生物ではないことが感じられた。フレイヤは、彼の前に立ちすくみながらも、その神秘的な存在に引き込まれていた。


「あなたは一体、何者なの?」と、フレイヤは思わず声をかけた。


フェンリルは、しばらくの間沈黙を守っていたが、その後ゆっくりと口を開いた。「人間よ、我はフェンリル。神話に名を馳せる存在だ。」その声は低く、深い響きを持っていた。


フレイヤはその言葉を聞きながらも、フェンリルの姿にただただ驚くばかりだった。大きな体、威厳のある眼差し、そして神話に登場するほどの存在であることが明らかだ。しかし、彼女の興味はそれだけではなかった。彼女は好奇心旺盛で、どんなに強大な存在であっても、その魅力に引かれてしまうのだった。


「神話に名を馳せるって、すごいわね。でも、どうしてこんなところに?」と、フレイヤは問いかけた。


フェンリルは、その質問に対しても静かに答えた。「この地は我のテリトリー。お主がここに踏み込むのは許されざることだ。」


フレイヤはその言葉を聞きながらも、彼が敵意を持っているわけではないことを直感的に感じ取った。「それは悪いことをしてしまったかしら?でも、旅の途中で迷子になったの。少し通り道を探しているだけよ。」


フェンリルは、少しの間考え込んでいた。彼の鋭い眼差しはフレイヤをじっと見つめ、その後、少し落ち着いた口調で言った。「お主がここに迷い込む理由があるとは思えぬが、これ以上進むことは許されぬ。」


フレイヤは、フェンリルの言葉に納得しながらも、彼の神秘的な存在にますます興味を持った。「そうなのね。じゃあ、少しの間だけお話ししてもいい?」


フェンリルは、その提案に対してしばらく黙って考えた後、頷いた。「話すことは許す。しかし、あまり長くは留まらぬように。」


フレイヤは微笑みながら、彼の周りの景色に目を向けた。神話に名を馳せる存在との出会いは、彼女の旅に新たな興奮を加えるものであった。


フェンリルは、山の中で出会ったフレイヤをじっと見つめていた。その巨大な体と冷静な眼差しは、威圧感を漂わせていた。彼の毛は銀色に輝き、まるで神話の中から出てきたような存在感を放っている。


「こんなところで珍しいわんこに出会うとは思わなかったわ」と、フレイヤは無邪気に言いながら、フェンリルを見上げた。


「人間!」と、フェンリルはその重厚な声で応じた。「我は犬ではない。」


「え?ワンコが人間の言葉を喋ったの?」と、フレイヤは驚きながら言った。その反応は、フェンリルの意図とは裏腹に、彼を単なる大きな犬とみなしているようだった。


「違う!それに、お主も人の言葉ではなく、神々の言葉を話しておるではないか!」と、フェンリルは困惑しながらも指摘した。彼の言葉には、自身の理解を超えた存在に対する驚きが込められていた。


「へ?このワンコは一体何を言っているのかしら?」と、フレイヤは首をかしげた。彼女は、フェンリルの言葉の意味がわからず、どう返答していいのか迷っているようだった。


「…お手!」と、フレイヤは手を差し出した。彼女の無邪気な行動は、フェンリルの神聖な存在感に対する理解のなさを示しているかのようだった。


「ワン!」と、フェンリルは思わず反応し、その手を軽く触れた。彼の動きは一瞬だけだったが、意外にもフレイヤの言葉に従ってしまった。


「犬でしょ?」と、フレイヤは嬉しそうに言った。彼女はフェンリルの反応を見て、自分の意図を達成したかのように感じた。


「違う!おかしい!なぜ言葉に従えん?」と、フェンリルは驚きと不満を隠せずに言った。彼は自分の行動に戸惑いながら、なぜフレイヤの言葉に従ってしまったのか理解できない様子だった。


「おすわり!ふせ!おまわり!」と、フレイヤは次々に命令を出した。彼女の無邪気な要求に対して、フェンリルは一度また反応し、何度かその命令に従ってしまう。


「やっぱり犬だ!」と、フレイヤは満足げに言った。「でも、どうしてそんなに素直に従っちゃうのかな?」


「違う!」と、フェンリルは怒りを込めて吠えた。「おかしい!我は犬ではない!」


この奇妙なやり取りの中で、フェンリルはフレイヤが単なる人間ではなく、何かもっと大きな力を持っていることを認識し始めていた。彼はその力に対する興味と疑念を抱きながらも、彼女の従者としての役割を引き受ける決意を固めたのだった。



フェンリルは、フレイヤが手を差し出すのを見て、内心の混乱を隠せなかった。彼の心には、彼女がただの人間ではないという強い確信があった。自らの力と地位からして、彼女の真の実力を見抜かずにはいられなかったのだ。


フレイヤが「お手!」と命じると、フェンリルは困惑のあまり、体が自然と反応することに驚いた。彼は巨大な体を震わせながら、足を一歩踏み出し、手のひらに前足を置いた。


「ワン!」とフェンリルは、言葉ではない音で反応した。内心では、どれほど不本意であっても、命じられた通りに動かざるを得ない自分に対する驚きを感じていた。自らの誇りと無力感の狭間で揺れ動く心情が、彼の表情に刻まれていた。


「うーん、やっぱり犬でしょ?」と、フレイヤはその反応に対して無邪気な笑顔を見せた。彼女はフェンリルの威厳には気づかず、その巨大さと神秘的な外見に驚きつつも、彼を一つの「大きな犬」として受け入れているようだった。


「違う!」と、フェンリルは低い声で答えた。「なぜ、我が命じられた通りに従うのか、理解に苦しむ。」


「どうして?おすわり!ふせ!おまわり!」と、フレイヤはさらに命じる。彼女の命令には、無意識のうちに楽しんでいる様子が見て取れた。フェンリルの心中には、命令に従う自分に対する強い疑念と、まるで遊ばれているような感覚があった。


「ワン!ワン!ワン!」と、フェンリルは次々と命じられた動作をこなした。彼の威厳と力強さとは裏腹に、彼の行動はまるで従順な犬そのものであった。自分が神々の中で最上位にいるはずなのに、なぜこのようにしているのか、自問自答を繰り返しながらも、彼の体は命じられた通りに動き続けるしかなかった。


フレイヤはその様子を見ながら、やはりフェンリルは「犬」だと再確認したかのように、笑顔を浮かべた。「やっぱり、犬なのね!じゃあ、これからは一緒に旅してもらうわ。」


フェンリルの内心は複雑だったが、表面的にはその壮大な姿を保ちつつ、彼はフレイヤの言葉に従う決意を固めていた。彼の中で、フレイヤがただの人間でないという確信がさらに強まっていったが、その複雑な思いをどう表現していいのかは分からなかった。


こうして、彼の神秘的な力と威厳を持ちつつも、フレイヤの無邪気な命令に従うフェンリルは、彼女の旅に加わることとなった。彼の誇り高き神性と、命令に従う従者としての姿が、これからの旅でどう交錯するのかは、彼自身にも分からないままだった。


山中を歩くフレイヤとフェンリル。山道は鬱蒼としており、木々の間から差し込む光が美しく、静寂な空気が漂っていた。フェンリルはその大きな体を小さくしたとはいえ、山の風景に溶け込むような形で、今もなお目立つ存在だった。彼の存在感は決して小さくはなく、しかしフレイヤの命令で従っているため、他の生物や人々からは普通の大型犬のように扱われていた。


「さて、次はどこに行こうかな?」フレイヤは思案しながら、辺りの風景を眺めていた。彼女は何も心配することなく、自由気ままな旅を楽しんでいる。フェンリルはそんなフレイヤの後ろで、彼女の指示に従いながらも、どこかしら不安を感じていた。


「フェンリル、これからどこに行こう?」フレイヤは振り返り、嬉しそうにフェンリルに尋ねた。彼女の表情には楽しそうな期待が浮かんでいる。


「うむ、我が主が決めることだ。」フェンリルは、少し面倒そうに答えた。彼はフレイヤの意思に従い続けることが、自分の役目であると理解していたが、心の中では自分がどこへ向かうのか、もう少し具体的な計画を立てたいと思っていた。


「それじゃあ、地図を見て決めましょう。」フレイヤはカバンから地図を取り出し、広げた。「この辺りには、美味しいスイーツのお店があるって噂があるのよ。どうかしら?行ってみる?」


「スイーツ…」フェンリルは首をかしげた。神々しい存在でありながらも、彼には人間の食べ物に対する興味が薄かった。しかし、フレイヤが楽しそうにしている姿を見て、自分も一緒にその楽しみを共有するのが良いと感じた。


「行くとしよう。」フェンリルは頷いた。「我が主が楽しそうなら、我も同行しよう。」


二人は山を下り、目的地へと向かう道を歩き始めた。道中、フェンリルはその変身を保持し続け、目立たないように配慮しながらも、時折彼の大きな体が草むらに隠れてしまうことがあった。フレイヤはそんなフェンリルに笑いかけ、「心配しなくても大丈夫よ。スイーツのお店はきっと楽しませてくれるわ。」と言った。


やがて、彼らは目的地である町の入り口に到着した。町の雰囲気は温かみがあり、人々が忙しく行き交っている様子が見受けられた。フェンリルはその姿を見て、少し緊張したような表情を見せたが、フレイヤの安心感を与える笑顔に助けられた。


「ここがスイーツのお店がある町よ。さあ、楽しみましょう!」フレイヤは元気よく言い、町の中へと足を踏み入れた。フェンリルはその後に続き、引き続き彼女の忠実な従者として、周囲に溶け込むように心掛けながら歩いた。


フレイヤとフェンリルの旅は、まだ始まったばかりだった。これからどんな冒険が待ち受けているのか、二人の関係はどのように変わっていくのか、未知の未来が広がっていることを感じながら、彼らは新たな目的地へと向かって歩き続けた。




日の光が黄金色に変わり、空が夕焼けに染まる頃、フレイヤとフェンリルは広大な草原を進んでいた。フレイヤは、ふと立ち止まり、道端の小さな丘に腰を下ろして、彼の姿を眺めた。フェンリルは元々の姿である巨大な狼として歩いていたが、その巨体が周囲の景色に溶け込んでいないのは明らかだった。大きすぎるその姿が他の人々や動物たちに目立つのを避けるため、フレイヤは一つの提案を持ちかけた。


「ねえ、わんわん。大きすぎるわよ。これからは普通の犬サイズでお願いね。」


フレイヤは優しい笑顔を浮かべながら、フェンリルに語りかけた。フェンリルはその言葉に一瞬驚きの表情を浮かべた。彼はもともと神々に匹敵する力を持つ存在であり、そのためその姿も威厳に満ちた巨大な狼の姿であった。しかし、フレイヤの要求に逆らうわけにはいかず、仕方なくその変身を始めた。


フェンリルは、変身を試みると、彼の体は次第に縮み始めた。巨大な体が少しずつ小さくなり、やがて普通の大型犬と呼ばれるサイズに収まった。彼の毛は短くなり、力強い体躯も控えめなサイズになった。変身後の姿は、どこにでも見かけるような普通の犬そのものであり、威厳は完全に消え去っていた。


フレイヤはその変化を見て、にっこりと笑いながら言った。「これで完璧ね、わんわん。これで他の人たちにも目立たずに済むわ。」


フェンリルはその言葉を聞き、心の中で複雑な感情を抱きつつも、静かにうなずいた。彼は心の中で「もう、名前はわんわんなのだな」と思いながらも、フレイヤの要求に従うしかなかった。彼の威厳のある姿が普通の犬に変わってしまったが、フレイヤとの旅においては、この新たな姿が彼の役割を果たすのだと受け入れた。


フレイヤは満足げな表情で立ち上がり、フェンリルの小さな頭を撫でた。「これからもよろしくね、わんわん。」


フェンリルは、他の神々からの視点ではなく、単なる従者としてフレイヤの旅を続けることとなった。普通の犬サイズとなった彼は、フレイヤの冒険において、目立たず、しかし確かな存在感を持ちながら彼女と共に歩むことになるのだった。










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