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第5話 帰還の章



王国に激震が走った。突然、国境を越えた魔王軍が侵攻を開始し、各地の町や村は次々と陥落していった。夕日が赤く染める空の下、戦火に包まれる光景はまるで地獄絵図のようだった。魔族の兵士たちは圧倒的な力で進軍し、炎と混乱の中で国民は逃げ惑い、悲鳴が響き渡る。燃え上がる家々、倒れ伏す兵士たち、そして戦場を覆う灰の匂いが王国全体を覆っていた。


王国の騎士団も必死に防衛線を張り、命を賭して戦った。しかし、彼らの剣や盾は魔族の兵士たちにはまるで通用しなかった。魔族の兵士たちは強靭な肉体と異様な力を持ち、騎士団の抵抗は薄氷のように砕け散っていった。剣と剣が交わる音、絶叫、命乞いの声が混ざり合い、戦場は狂気と化していく。


「どうしてだ……」騎士団の指揮官が呟く。「聖女の祈りがある限り、魔王軍はこの国には侵入できないはずだったのではないのか……!」


王国の防衛は、聖女の存在に支えられてきた。彼女の祈りは長らく結界の役割を果たし、王国を守護していた。そのため、魔王軍が国境を越えることなど今まではありえなかったのだ。それにもかかわらず、今や魔王軍は堂々と進軍し、王国の中心地を目指している。


王宮では、国王が状況を見守っていた。彼は玉座に座り、蒼白な顔で戦況報告を受けていた。焦りと怒りが彼の心を支配している。長年、彼はこの国を治め、平和を維持してきた。だが、その平和は聖女による結界に大きく依存していた。結界がある限り、王国は安全だと信じて疑わなかった。


「何故だ!」国王は激しく叫んだ。「聖女が祈りを捧げている限り、魔王軍は国境を越えられないはずではなかったのか!」


側近たちは顔を見合わせ、口を閉ざした。王の疑念に答えられる者はいなかった。確かに今までは聖女の祈りによって魔王軍は侵入できなかった。しかし、今その結界は崩れ、魔王軍が国土を蹂躙している。何が原因かは誰にも分からなかった。だが、事態は一刻の猶予も許さないほど緊迫していた。


国王は側近の一人を睨みつけ、声を荒げた。「今まではそうだった……だが、今はなぜこのような事態になっているのだ!何が変わったというのだ!」


沈黙がしばらく続いた後、側近の一人が慎重に言葉を紡いだ。「陛下、もしかすると……元聖女、フレイヤ様のことが関係しているのでは……」


「フレイヤ……」国王はその名前を聞き、驚きに目を見開いた。


フレイヤ——彼女はかつて王国の聖女代行として、長年にわたり祈りを捧げ、王国を守ってきた存在だ。彼女の祈りがあれば、結界は万全であり、魔王軍は一歩も王国の中に踏み入れることはできなかった。だが、何らかの理由で彼女は聖女としての地位を追われ、新たな本物の聖女がその役割を引き継ぐこととなった。


「そうだ……フレイヤだ!」国王は立ち上がり、興奮した表情で叫んだ。「フレイヤこそが、真の聖女だったに違いない!あの者の祈りがこの国を守っていたのだ!そうとしか考えられん!彼女を再び聖女として迎えねば、国は滅びる!」


側近たちは顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべた。「ですが、陛下……フレイヤ様はすでに追放されております……」


「追放……?いないとは、どういうことだ!?」国王は激怒し、側近に詰め寄った。「誰がそんな命を下したのだ!?」


「それは……新たな本物の聖女が見つかったという報告を受けた際、彼女が不要と判断されたのです……」側近は小声で答えた。


「そんなこと、私は聞いておらんぞ!追放などとは……誰がそんなことを決めたのだ!」国王の声は怒りに震えていた。


だが、怒りに震えながらも、今はそれを問いただしている場合ではないと悟った。フレイヤを探し出し、再び王国の聖女として迎え入れなければ、国が滅びる危機は避けられないと感じていた。


「いや、そんなことは後でよい!」国王は決断し、側近たちに命じた。「まずはフレイヤを探し出せ!何としても彼女を王国に連れ戻すのだ!今すぐに!」


側近たちは慌てて命令に従い、すぐに使者を送り出す準備を始めた。フレイヤを追放してしまったという重大な過ちを取り戻すため、王宮は緊急事態の対応に追われていた。


王宮全体が混乱し、戦況はますます悪化していた。王国の騎士たちは必死に抵抗を続けていたが、魔王軍の勢いは止まることを知らなかった。彼らに残された時間は少なく、フレイヤの帰還に全ての希望が託されていた。


こうして、王国は再び元聖女フレイヤを探し出し、彼女の力にすがろうとする決断を下す。果たして、フレイヤは王国の呼びかけに応じるのか——。王国の運命は彼女に委ねられようとしていた。




フレイヤたち一行は、ようやく長い旅路の果てに目的地のスイーツ店に到着した。店の入り口には可愛らしい手書きの看板があり、「夢のケーキ屋 パティスリー・ドリーム」と書かれている。店からは甘い香りが漂い、フレイヤの心を一瞬で奪った。


「やっと着いた!ずっと楽しみにしてたのよ、ここ!」フレイヤは勢いよく店内へと足を踏み入れた。店内は小ぢんまりとしていて、木のぬくもりが感じられる雰囲気だった。壁際には色とりどりのケーキやパフェが美しく並べられており、照明の柔らかい光がその魅力をさらに引き立てている。


「これよ、これ!こういう場所を待ってたの!」フレイヤは目を輝かせ、すぐに席に座りメニューを手に取った。目を走らせると、様々なケーキやパフェ、タルトにシフォンケーキが並んでいる。それぞれが魅力的で、選ぶのが難しい。


「全部食べたい!」フレイヤはそう宣言し、迷わずすべてを注文した。


「全部だと!?」フェンリルは目を丸くし、驚いた表情でフレイヤを見つめた。


「そんなの当然でしょ?だって、こんなに美味しそうなんだから、全部食べなきゃ意味がないわ!」フレイヤは当然のように言い切ると、笑みを浮かべた。


ティアマトはそのやりとりに微笑みながら、「さすが主様。これだけのスイーツを一度に楽しめるのは、主様ならではですね」と静かに相槌を打つ。


「んー、まぁ、主様らしいといえばらしいな……」フェンリルは少し呆れた様子で、椅子に座り直した。


数分後、注文したスイーツが次々とテーブルに運ばれてきた。まずは大きなショートケーキ、濃厚なチョコレートケーキ、そして果実がたっぷり載ったフルーツタルト。さらに、ふんわりとしたシフォンケーキに、抹茶のロールケーキ、パフェまで出てきた。


「待ってました!」フレイヤはスプーンを手に取り、早速一口目をショートケーキに運んだ。「ん~、最高!」彼女は頬を膨らませ、幸せそうに目を閉じた。


「まるでブラックホールみたいだな……」と、フェンリルが苦笑しながら呟く。「どんどんスイーツが吸い込まれていく……」


フレイヤはまったく気にせず、次から次へとケーキを食べ進めた。チョコレートケーキを一口、続けてフルーツタルト、そしてパフェを一気に口に運び、彼女の食べる勢いは止まらない。ケーキが次々に消えていくその姿は、まさに圧巻だった。


「主様の食欲には、いつも驚かされます」と、ティアマトが感心したように言う。


「ふふ、これが私の生きがいなのよ」とフレイヤは微笑みながら、スプーンを休ませることなくケーキを平らげていく。


「だとしても、主様、本当に全部食べるつもりか?」フェンリルは再び疑問の声を投げかける。


「もちろんよ!こんなに美味しいスイーツ、全部食べなきゃ損じゃない!」フレイヤは再び手を止めず、嬉しそうにケーキを頬張った。


ハムちゃん(バハムート)は、そんなやりとりを無表情で聞いていたが、彼もまた静かに自分の分のスイーツを口に運んでいた。フェンリルが「バハムートもブラックホールみたいだな」と笑いながら呟くが、ハムちゃんは気にすることなく、自分のペースで食事を続けている。


ティアマトはフレイヤの食欲を見て、「主様、これほど食べてしまうと、他の店のスイーツが楽しめなくなるのでは?」と軽く忠告する。


「そんなの気にしないわよ。また来ればいいだけだし、今食べたいものを食べる。それが大事なのよ!」フレイヤはスプーンを振りかざしながら笑顔で答えた。


「それもまた、一理ありますね」とティアマトは柔らかく微笑んだ。


スイーツは次々とフレイヤの胃袋へと吸い込まれ、テーブルに残されたお皿はどんどん空になっていく。店内にいた他の客も、その勢いに驚きながら、彼女の食べっぷりを見守っていた。


「いや、これ、本当に全部食べきるつもりか……?」フェンリルがもう一度呆れた様子で言ったが、フレイヤは無言で食べ続けるだけだった。


最後のシフォンケーキを平らげたフレイヤは、満足げに深呼吸し、背もたれに体を預けた。「はぁ、これ以上の幸せはないわね。こんなに美味しいスイーツ、他にあるかしら?」


「まさに、主様らしいな」とフェンリルは苦笑しながら答えた。


こうして、フレイヤはスイーツを堪能し、満足の極致に達した。スイーツ店での時間は、彼女にとって何よりも贅沢で、心が安らぐひとときだった。




フレイヤがスイーツを満喫しているその時、店の外から重々しい足音が響いてきた。扉が勢いよく開かれ、甲冑に身を包んだ王国の使者たちが現れる。彼らの表情は険しく、緊迫した様子でフレイヤに目を向けると、一斉に膝をついて頭を垂れた。


「フレイヤ様、王国が危機に瀕しております!どうかお力をお貸しください!」使者の一人が、必死の表情で言葉を発した。


その言葉を聞いたフレイヤは、スプーンを持ったまま少し眉をひそめ、わずかに顔を上げた。「ん?危機?私に関係あるの?」


彼女の無関心な態度に、使者たちは焦りを隠せなかった。「魔王軍が国境を越え、王国に侵攻しております!どうか、再び聖女として王国をお守りいただけませんでしょうか!」使者の声は切迫していた。


しかし、フレイヤはスプーンを止めることなくケーキを食べ続け、あっさりと返答した。「え?私、もう聖女じゃないし。それに、遠いじゃない。そんな面倒なこと、わざわざする必要あるの?」


使者たちは驚きと絶望の入り混じった表情を見せた。彼女の反応が予想外だったからだ。彼らはすがるような目でフレイヤを見つめ、さらに言葉を紡いだ。


「フレイヤ様、確かに今は新たな聖女様がいらっしゃいます。しかし……その聖女では、魔王軍を食い止めることができません!あなたの力がなければ、王国はこのまま滅んでしまいます!」


その言葉に、フレイヤのスプーンが一瞬止まった。彼女の脳裏に「滅びる」という言葉が引っかかる。「滅びる?……それって、王国のお菓子も無くなっちゃうってこと?」フレイヤは眉を寄せ、頭の中でじっくりと考え込む。


もし王国が滅びたら、あの大好きなお菓子も二度と食べられなくなる。フレイヤにとって、それは非常に重大な問題だった。彼女は少し考えた後、スプーンをそっとテーブルに置いた。


「王国が滅んじゃったら、私の好きなお菓子も無くなるわけね……それは非常に困るわ。どうしようかしら……」フレイヤは内心焦りながらも、外見はあくまで冷静を保っていた。


使者たちはその言葉に希望を見出し、さらに説得を試みる。「どうか、フレイヤ様!あなたのお力で再び王国をお守りいただけませんでしょうか!聖女としての役割を再び担っていただきたいのです!」


しかし、フレイヤは不機嫌そうにため息をついた。「でもね……追放された私に、今さら戻って来いなんて、都合が良すぎない?そもそも、私がいなくなったのは、あなたたちの判断でしょ?そんな身勝手なお願い、どうして聞かなきゃいけないのよ。」


使者たちはさらに必死になり、頭を深く下げた。「追放の件は誤りでした!私たちはその過ちを反省しております!今は、どうかそんなことよりも、王国のためにお力をお貸しください!」


フレイヤは興味なさそうにスプーンをいじりながら、「うーん……確かに、王国が滅びちゃったらスイーツは食べられなくなるし、それは困るわね……でも、なんかそのまま帰るのも癪だしなぁ……」


彼女の心中では葛藤が続いていた。スイーツのために戻るべきか、それとも彼らの要請を無視するか。しかし、彼女の中での優先順位は明らかだった。スイーツが無くなることは耐え難い事態だ。フレイヤはやがて、ふとした思いつきで微笑みを浮かべた。


「そうだ、スイーツを食べるために王国に戻るっていうのなら、それでいいかもね!」彼女は楽しそうにそう言うと、使者たちを見つめた。


「そういえば、最近王国のお菓子を食べてなかったわ。まあ、王国に戻ってスイーツを楽しんでからでも、何とかしてあげてもいいわよ。ただし、あくまで私が戻るのはスイーツを食べるためよ。勘違いしないでね?」


使者たちはその言葉に戸惑いながらも、フレイヤが帰還する意向を示したことに安堵し、深々と頭を下げた。「ありがとうございます、フレイヤ様!すぐに王国へお連れいたします!どうかお菓子とともに、王国をお守りください!」


フレイヤは再びスプーンを取り、最後の一口をゆっくりと味わいながら、微笑んだ。「ふふ、スイーツのためならね。あんまり期待しないでよ?」


こうして、フレイヤはスイーツへの愛に突き動かされ、王国に戻ることを決意したのだった。彼女にとってはスイーツこそが最優先事項であり、それがあればどんな要請にも応じる気が起こる。ただし、あくまで彼女のペースで。


使者たちは、その後すぐにフレイヤを王国へ連れ戻す準備に取り掛かることとなったが、彼女の飄々とした態度に少し困惑しながらも、なんとか任務を遂行できると信じていた。


「よし、準備は整ったわね。さぁ、王国に戻ってスイーツを満喫しましょう!」フレイヤは満足そうに立ち上がり、一行を引き連れて店を後にした。




フレイヤ、フェンリル、ティアマト、ハムちゃん(バハムート)の一行は、王国の使者が手配した馬車に乗り、ゆっくりと王国に向かっていた。馬車の車輪が石畳を踏み鳴らし、道中の景色が緑豊かな丘から遠くに広がる青空へと続いていた。外からは鳥のさえずりが聞こえ、時折小さな村の風景が流れていく。だが、その穏やかな風景とは対照的に、フレイヤの心中はやや複雑だった。


馬車の中で、フレイヤは頭を窓枠に軽く寄せながら、スプーンをいじっていた。彼女の顔にはどこか疲れたような、しかし少しばかり退屈そうな表情が浮かんでいた。


「ねぇ、ちょっと思ったんだけど……」フレイヤは突然思いついたかのように、横にいるフェンリルに問いかけた。「私、今追放されてる身でしょ?つまり、正式にはもう王国の国民じゃないのよね?」


フェンリルは少し考えてから答えた。「ああ、そうだな。お前は追放されてるから、今のところ王国の人間ではないってことになるな。」


「うん、そうよね……」フレイヤは少し微笑んだ。「だったら、戻るのってなんだか変な感じがしない?今さら戻って来いって言われても、なんか気が乗らないのよね。」


ティアマトが静かにフレイヤに視線を向け、優雅な声で答える。「確かに主様のおっしゃる通りです。しかし、魔王軍の脅威が迫っている今、彼らは主様の力を必要としているのでしょう。」


「うーん、でも、それでもやっぱり……追放されておいて、戻って来いっていうのはちょっとね。」フレイヤは腕を組んで天井を見上げた。「それに、こんなことを言うのもなんだけど、私がいなかった間、誰も特に困った様子じゃなかったじゃない?なのに、今さら助けてくださいなんて言われても、どう反応すればいいのかしら。」


フェンリルは軽く肩をすくめ、「まぁ、それが人間ってものだろう。都合の良い時にだけ頼んでくるもんだ。」


フレイヤは苦笑しながら、「ほんと、それよね。結局、自分たちが困ったら私に泣きついてくるんだから、まったく勝手なものだわ。」と呟いた。


その時、馬車は広大な草原を抜け、隣国との国境に差し掛かる。馬車が進む先には、王国と隣国を分かつ小さな村があり、ここで国境検問を受けることになるようだった。


「ん?ここって、隣国の領土じゃない?」フレイヤは馬車の窓から外を眺めながら、突然思いついたように言った。


王国の使者が窓越しに軽く頭を下げながら答えた。「はい、この村は隣国との国境にあります。ここで一度検問を受けて、手続きを済ませれば王国の領土に戻れます。」


フレイヤは、ふとした考えが頭に浮かんだ。「ふーん……隣国か。そういえば、ここにもお菓子が美味しい店があるって聞いたわね。」


馬車が国境の村に到着すると、そこには隣国の騎士たちが待ち構えていた。彼らは丁寧に挨拶しながら、馬車の検問を開始する。騎士団長らしき人物がフレイヤに目を留め、驚いた表情を見せた。


「おや、これは……あなたは、あの伝説の聖女フレイヤ様ではありませんか?」


フレイヤは少し照れくさそうに笑い、「まぁ、一応ね。けど、今は追放されてる身だから、もう聖女でも何でもないのよ。」


隣国の騎士団長は驚きと興味を持ちつつ、話を続けた。「それは驚きました……もしよろしければ、隣国にて再び聖女としてお仕えいただくことを考えてみてはどうでしょう?あなたのような力を持つ方が、我が国で聖女として活躍していただけるなら、非常に心強いです。」


フレイヤは一瞬目を輝かせたが、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべた。「隣国の聖女として仕える、か……それも悪くないかもしれないわね。でも、今は王国に戻ってお菓子を食べたいから、それが終わったら考えてあげてもいいわ。」


隣国の騎士団長は微笑みながら頷いた。「それは光栄なことです。どうか、いつでもご検討ください。」


フレイヤは軽く手を振り、馬車は再び王国へと進み始めた。


「ねぇ、フェンリル、もしかして隣国の国民になるのもありかもしれないわね。だって、追放された身だから、もう王国の人間じゃないんだし。」


フェンリルは苦笑しながら、「まぁ、それもいいかもしれないな。でも、どうせ戻るのはお菓子のためだろ?」


フレイヤはにやりと笑って、「もちろん!王国のお菓子を食べるために戻るのよ。でも、もし気に入らなかったら、隣国の聖女になるのも悪くないかもね。」


ティアマトが静かに微笑みながら言葉を添えた。「主様がどこに行かれようとも、私たちはお供いたします。」


ハムちゃん(バハムート)は何も言わずに、ただ窓の外を見つめていたが、彼の存在感は相変わらず圧倒的だった。


こうして、フレイヤたちの旅は続く。彼女は隣国の誘惑に一瞬心を動かされながらも、王国に戻ることを決めた。しかし、その決断の理由は、あくまでも「お菓子を食べたい」という彼女らしいものであった。




馬車は王国の領土に入った頃、空模様が次第に変わり、重苦しい雲が立ち込めてきた。フレイヤたちが乗る馬車の前方には、遠くから黒い煙が立ち上っているのが見えた。フレイヤは窓の外をぼんやり眺めていたが、フェンリルは鼻をひくつかせて異変を感じ取っていた。


「主様、何か近づいてきているな。どうやら魔王軍がここまで来ているようだ」フェンリルが言う。


フレイヤは気だるげに答えた。「魔王軍ね……まぁ、スイーツ店さえ無事ならどうでもいいんだけど。」


ティアマトは、いつもの冷静な態度で「主様がおっしゃる通りです。私たちにとって、魔王軍など取るに足らぬ存在ですから、気にする必要はございません」と言った。ハムちゃん(バハムート)も静かにうなずき、彼らにとって魔王軍は全く脅威ではないことを示していた。


一方で、フェンリルはその場でじっとしているのが少し不満だった。彼にとって、フレイヤに自分の存在をアピールできるチャンスはそう多くない。今回は自分が活躍する場面だと感じ、彼はすっと立ち上がった。


「ふん、魔王軍ごとき……俺が一人で片付けてやる!」フェンリルはそう言い放ち、馬車を飛び降りた。


「フェンリル、何してるの?」フレイヤは驚くでもなく、興味を引かれたように彼を見た。


「心配するな、主様。お前が何もしなくても、俺が一人で魔王軍を片付けてやるさ。俺の力をお前に見せてやる!」フェンリルは意気揚々と前方に進んでいった。


ティアマトとハムちゃんは、特に関心を示さず、そのまま静かに馬車の中で座っていた。彼らにとって、フェンリルがどれほど力を誇示しようが、魔王軍など大した相手ではなかったからだ。


「まぁ、フェンリルがそう言うなら任せてもいいけど……」フレイヤは腕を組み、フェンリルの背中を見送りながら微笑んだ。


フェンリルは地面を蹴り、一瞬で魔王軍が展開している場所にたどり着いた。彼の目の前には、魔族の兵士たちが数百人以上も集まっており、恐ろしい武器を構えて進軍していた。だが、フェンリルの目にはそのすべてが取るに足らない存在にしか見えなかった。


「来るなら来い!俺がすべて片付けてやる!」フェンリルは凶悪な笑みを浮かべながら叫んだ。


魔族兵たちは、突然現れた巨大な狼の姿に一瞬たじろぐが、すぐに再び進軍を開始した。しかし、フェンリルは自分の力を解放し始めた。彼の体がさらに大きくなり、その周囲には強烈な風が巻き起こった。


「主様にいいところを見せてやる……!」フェンリルはそう呟くと、力強く前進し、一瞬で数十人の魔族兵を吹き飛ばした。彼の動きは非常に素早く、魔族兵たちは次々と倒れていく。


フェンリルは鋭い爪を振り下ろし、魔族兵たちを一撃で切り裂く。彼の力は圧倒的で、魔王軍がどれほど多くても、フェンリルの前では全く歯が立たなかった。


「どうだ!これが俺の力だ!」フェンリルは吠え声を上げ、さらに力を解放した。まるで嵐のような力が周囲に巻き起こり、魔族兵たちは次々に吹き飛ばされていく。彼の爪と牙で、魔王軍はあっという間に壊滅していった。


その圧倒的な光景を遠くから見守っていたフレイヤは、軽く笑いながら馬車の中でお茶をすすっていた。「フェンリル、本当にやる気ね。でも、まあこれで問題は解決かしら。」


ティアマトは少し微笑みながら、「フェンリル様もこうして主様にお力を示したいのですね。彼なりの忠誠心の表れです。」


ハムちゃんは相変わらず無言のままだが、その表情には特に驚きも見られなかった。彼にとっても魔王軍は脅威ではなかったのだ。


フェンリルは最後の魔族兵を吹き飛ばし、勝利の吠え声を上げた。「これで終わりだ!魔王軍など、俺の敵ではない!」


彼は満足げにフレイヤのもとへ戻り、誇らしげに言った。「主様、どうだ?俺の力、見ただろう?」


フレイヤは微笑みながら、「うん、すごかったわ。ありがとうね、フェンリル」と軽く返した。


しかし、フレイヤの関心はすでにスイーツ店に向かっており、彼女は再び馬車の中でスイーツ店の地図を広げ始めた。「さぁ、次はあのスイーツ店に向かいましょう。ここからだと、あとどれくらいかしら?」


ティアマトがすぐに地図を確認し、「もうすぐです、主様。あと少しで目的地に到着します。」


フレイヤは満足そうに頷き、「よし、みんな、急ぎましょう!スイーツ店が待ってるわ!」


こうして、フェンリルの活躍により魔王軍は壊滅したが、一行にとってそれは単なる通過点でしかなかった。フレイヤたちは再びスイーツを目指して旅を続けることになった。










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