少し先の話。
「
桃色の髪をした小柄な少女、
「私の番…って、何をするんだっけ?」
勇姫が戸惑ったように尋ねると、周囲から笑い声が上がった。
清風院は、
「もう、
小桃は勇姫の前に小さな木箱を差し出した。中には色とりどりの花びらが入っている。
「五枚取って、並べるんです。そうすると、あなたの恋の行方が分かるんですよ~」
他の女官たちも興味津々で見守っている。居合わせたのは、勇姫と小桃のほか、三人の若い女官たちだ。皆、昼間は厳格な態度で仕事をこなす女官だが、夜になると年相応の少女に戻る。
「そんな占い、当たるわけないでしょ…」
勇姫が渋々花びらに手を伸ばすと、小桃が間髪入れずに返した。
「当たりますよ!
「それは偶然よ」
勇姫は笑いながらも、五枚の花びらを取り、言われるがままに円形に並べた。
「さあ、
小桃は妙に得意げな表情で花びらを覗き込んだ。
「まず、青い花びらは『高い身分の人』を表します」
「あら、それは殿下のことかしら?」
ある女官が茶目っ気たっぷりに言うと、みんなからどよめきが起こった。
「ま、待って!そんな…」
勇姫の顔が見る見る赤くなっていく。
「次に、この赤い花びらは『熱い思い』…そして白い花びらは『純粋な心』…」
小桃は真剣な顔で解説を続ける。
「そして、この黄色い花びらは『障害』を表し…最後の紫の花びらは『近い未来』を意味します」
小桃はにっこりと笑った。
「つまり!『高い身分の人があなたに熱い思いを寄せていて、その純粋な心は障害を乗り越え、近い未来に結ばれる』という意味です!」
「えぇっ!?」
勇姫は思わず声を上げた。女官たちは歓声を上げ、勇姫の背中を叩き始めた。
「おめでとう、勇姫さん!」
「やっぱり殿下ですね~」
「最近、二人の噂をよく聞くもの」
勇姫は両手で頬を押さえた。
「み、皆さん、そんな…殿下と私は、ただの公務上の関係ですから」
「でも、殿下が
小桃が意地悪く笑った。
「小桃ちゃん!」
勇姫が小桃を追いかけようとしたその時、部屋の扉が開いた。そこには銀白の髪と琥珀色の瞳を持つ
「こんな夜更けに、何を騒いでいるの」
静かだが威厳のある声に、女官たちは一斉に黙り込んだ。
「も、申し訳ありません、霜蘭様」
一人の女官が頭を下げた。霜蘭は部屋を見回し、床に散らばった花びらと、赤面している勇姫を見て、意外にも小さく微笑んだ。
「あぁ、恋占いね」
その言葉に、一同は驚いて顔を上げた。
「え?霜蘭さん、ご存知なんですか?」
勇姫が思わず尋ねた。霜蘭は入室し、扉を閉めた。
「私も若い頃はやったわ」
彼女はそう言って、勇姫の並べた花びらを見つめた。
「なるほど…確かに興味深い配置ね」
「霜蘭さんも占いを信じるんですか?」
勇姫は驚いて尋ねた。霜蘭は小さく肩をすくめた。
「信じるかどうかは別として、若い女性の楽しみを否定するつもりはないわ」
彼女は座り込み、花びらを見つめた。
「ただ、小桃の解釈は少し違うわね」
「え?」
小桃が不満そうな顔をした。霜蘭は続けた。
「紫の花びらが『近い未来』なのは合っているけれど、位置関係からすると…」
彼女は花びらを少し動かした。
「『障害』の花びらがこの位置にあるということは、恋が実るまでには、まだ乗り越えるべき課題があるということ」
霜蘭の予想外の言葉に、女官たちは興味津々で耳を傾けた。
「でも、この『純粋な心』の花びらが『熱い思い』の近くにあるのは良い兆候よ。お互いの気持ちは本物だということ」
勇姫はますます赤面した。
「霜蘭さん、詳しいんですね…」
「若い頃は色々あったのよ」
霜蘭はそう言って立ち上がった。
「もう遅いわ。お休みなさい」
彼女が去ろうとした時、小桃が声をかけた。
「霜蘭さんも一緒にやりませんか?」
霜蘭は振り返り、僅かに微笑んだ。
「また今度ね」
そう言って彼女は部屋を出て行った。女官たちは再び小声で話し始めた。
「霜蘭様も昔は恋占いをしていたなんて…」
「意外です…」
「でも、なんだか親近感が湧きますね」
勇姫は窓の外を見つめながら考え込んでいた。霜蘭の言った「乗り越えるべき課題」とは何だろう?皇太子と一介の女官の身分差?それとも、もっと別の何か?
「
小桃は勇姫の肩を軽く叩いた。しかし、その目は意外なほど真剣だった。
「でも…殿下のことは、本当に好きなんですよね?」
小声で囁かれたその問いに、勇姫は答えられなかった。彼女自身、自分の気持ちがどうなのか、まだ整理できていなかったのだ。
「わ、分からないわ…」
「そうですか?でも、殿下の名前を聞くだけで、
「そんなことないわよ!」
勇姫が言い返した瞬間、再び扉が開いた。今度は白い寝間着姿の霜蘭が戻ってきたのだ。
「やはり気になったわ。少しだけ参加させて」
女官たちは喜んで霜蘭を迎え入れた。彼女も花びらを選び、並べていく。皆が恋占いに熱中している間、勇姫は自分の胸の内を見つめていた。
瑞珂のことを考えると、確かに胸が高鳴る。彼の優しい眼差し、真摯な言葉、国を思う姿勢…全てが彼女の心を動かしていた。そして、彼が皇太子ではなく、一人の人間として彼女に接してくれることが何より嬉しかった。
「これは前世でも経験したことのない感情かもしれない…」
勇姫はそっと呟いた。
夜は更けていき、女官たちは次々と眠りについた。最後まで起きていたのは、勇姫と小桃、そして意外にも霜蘭だった。
「面白かったわ」
霜蘭は立ち上がり、勇姫の肩に軽く手を置いた。
「恋は時に人を強くもするし、弱くもする。でも、逃げなければきっと道は開けるわ」
そう言い残して、霜蘭は自室へと戻っていった。
「霜蘭さん、優しいですね」
小桃が呟いた。勇姫は頷いた。
「ええ、意外な一面を見た気がする」
二人は後片付けを始めた。そのとき、勇姫は小桃の箱の底に、色分けされた花びらの束が丁寧に分けられているのを見つけた。
「ねえ、小桃ちゃん…この花びらの仕分け、なんだか…」
勇姫が疑問を呈すると、小桃はくすくすと笑った。
「あ、バレちゃいました?実は…私、みんなの結果を少し"調整"してたんです」
「調整?」
「はい!みんな、恋の悩みを抱えてるから、少しだけ背中を押したかったんです」
勇姫は呆れたように首を振った。
「小桃ちゃん、それじゃあ占いの意味がないじゃない」
「でも、みんな笑顔になったでしょ?それが大事なんです!」
小桃の無邪気な笑顔に、勇姫は叱ることができなかった。
「それじゃあ、私の占いも…?」
「
小桃はにっこりと笑った。勇姫はため息をつきながらも、微笑まずにはいられなかった。
「あなたって本当に…」
二人は笑いながら布団に入った。窓から差し込む月明かりが、部屋を優しく照らしている。
「おやすみなさい、
「も、もう!小桃ちゃん!」
勇姫の抗議に、小桃はくすくすと笑いながら布団に潜り込んだ。
その夜、勇姫が見た夢は、確かに瑞珂との未来についてだった。だが、それを小桃に告げることは、絶対になかっただろう。