「はぁ...」
ため息をつきながら次の書類に手を伸ばした時、扉がそっと開く音がした。
「まだ仕事をしているのか?」
栗色の髪をした若い男性が現れた。
「殿下!?」
勇姫は慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「こんな遅くまで何をしているのです?」
「これは...明日の会議資料の準備と、先週の報告書の
瑞珂はゆっくりと部屋に入ってきて、机の上の書類を覗き込んだ。
「君も大変だな。実は僕も仕事が終わらなくてね」
彼は疲れた表情で隣の椅子に腰を下ろした。
「殿下もお忙しいのですね」
「ああ...特に最近は
勇姫は思わず共感の表情を浮かべた。
「分かります。私も転生してきたばかりの頃は、後宮用語の複雑さに頭を抱えました」
「そうだったのか」
瑞珂は少し顔を明るくして、机の上の書類を指さした。
「これは
勇姫は少し考えてから、にっこりと微笑んだ。
「もしよろしければ、解説しましょうか?前世での経験から、難しい用語も整理すれば理解しやすくなると思います」
「本当か?助かる!」
瑞珂の顔が輝いた。彼は急いで自分の書類を取りに行き、すぐに戻ってきた。
「では、まず基本的な後宮用語から説明しますね」
勇姫は新しい紙を取り出し、表を描き始めた。
「これも"スプシ"の応用ですか?」
「はい。用語を分類して整理すると覚えやすいんです」
彼女は表の上部に「建物」「人物」「儀式」「物品」と区分けして書き、その下に用語を分類していった。
「まず、建物関連の用語です。『
「なるほど...」
瑞珂は真剣に聞き入っている。
「次に人物関連。『
「僕のことか!知らなかった...」
勇姫は微笑んだ。
「儀式関連では、『
説明が続くうちに、瑞珂の表情が少しずつ明るくなっていった。
「君の説明は本当に分かりやすいな。宮中で生まれ育った僕より、君の方が詳しいくらいだ」
「いえ、私は
勇姫は、前世で総務部のOLだった経験を思い出していた。複雑な社内用語や書類の
「おや、こんな用語もあるんだな。『
瑞珂が指さした単語に、勇姫は少し考え込んだ。
「確か...妃が位を示すために持つ赤い扇のことです。色や装飾で地位が分かるようになっています」
「へえ、知らなかった。霜蘭が持っていたのはそれかもしれないな」
二人は夜が更けるのも忘れて、次々と難解な宮中用語と格闘していった。
「『
「そうか、だから文書の宛先がそれぞれ違うのか...」
瑞珂は何かに気づいたように目を丸くした。
「勇姫、これを一覧表にできないだろうか?どの文書がどの部署に行くべきか、一目で分かるように」
「それなら...」
勇姫は新しい紙を取り出し、官庁の組織図とそれぞれが扱う文書の種類を表にまとめていった。瑞珂はその手際の良さに感心した様子で見つめていた。
「すごいな...こうしてみると、複雑だと思っていた制度も意外と理にかなっているんだな」
「はい。問題は、明文化されていないルールが多すぎることです。だから初心者には分かりにくいんです」
勇姫はふと時刻に気づいて驚いた。
「あ、もう
瑞珂は笑った。
「気にするな。久しぶりに楽しい時間だったよ。君と話していると、難しい事も簡単に思えてくる」
彼の率直な言葉に、勇姫は思わず頬が熱くなるのを感じた。
「そ、そんなことはありません...」
「いや、本当だよ」
瑞珂は立ち上がり、作成した用語表を大切そうに手に取った。
「これで明日の会議も乗り切れそうだ。感謝するよ、勇姫」
「お役に立てて光栄です」
勇姫が丁寧に頭を下げると、瑞珂は少し考えるような表情をした。
「...また明日も、君の力を借りてもいいかな?」
「え?」
「この調子で、儀式の流れも整理してほしいんだ。できれば...同じ時間に、ここで」
勇姫は驚きつつも、小さく頷いた。
「かしこまりました。お手伝いします」
瑞珂は満足そうに微笑み、部屋を後にした。扉が閉まった後、勇姫はぼんやりと机に残された二人の筆跡が混じった用語表を見つめていた。
「まさか皇太子と二人きりで勉強会になるなんて...」