「後宮業務
「ふう...」
清風院の部屋で、ゆったりとお茶を飲みながら久しぶりの休息を楽しむ。改革の波が自走し始めた今、私の出番は少なくなりつつあった。
「勇姫さまぁ!」
そんな平和なひとときを破るように、小桃が慌てた様子で飛び込んできた。我ながら、最近この展開に慣れてきている。
「どうしたの、小桃?また何か起きた?」
「大変です!」彼女は息を切らせている。「宮中が大騒ぎになってるんです!」
「今度は何?」茶碗を置いて身構える。
「
お茶を飲みかけていたら、間違いなく噴き出していただろう。
「え?玄碧様が?」思わず声が裏返る。「あの玄碧様が?」
「はい!」小桃は目を丸くして頷いた。「今朝、紫煙閣の女官たちに『私たちも改革に乗り遅れるわけにはいかない』って宣言されたんですって!」
これは予想外の展開だった。玄碧はこれまで表向きは従いつつも、本心では改革に抵抗していた。その彼女が突然態度を変えるとは。
「何かあるわ...」思わず呟く。
「あたしもそう思いました」小桃は首を傾げた。「だって、つい昨日まで『余計な変化は必要ない』って言ってたのに...」
「他に何か情報は?」
「えっと...」小桃が思い出すように目線を上げる。「あと、紫煙閣独自の改革プランを発表するって言ってるみたいです」
「独自の改革プラン...?」
「はい!」小桃は真剣な表情になった。「しかも『勇姫様の助けなど必要ない』とも...」
なるほど。状況が見えてきた。玄碧は改革自体を止められないと悟り、戦略を変えたのだ。主導権を奪い、自分の功績にしようとしている。
「勇姫様、どうしますか?」小桃の目は不安でいっぱいだ。
「様子を見ましょう」私は穏やかに微笑んだ。「改革が進むなら、誰が主導してもいいのよ」
「でも...」
「大丈夫。本当に宮中のためになる改革なら応援するし、そうでなければその時考えましょう」
心の中では警戒しつつも、表面上は冷静を装った。
◆◆◆
翌日、
「殿下、勇姫」彼は慎重な口調で言った。「玄碧様の動きについて調査してまいりました」
瑞珂が顔を上げる。「どうだ?」
「まず、彼女は昨日、宰相と密会しています」
「宰相と?」私と瑞珂が顔を見合わせる。
「うむ」白凌は静かに続けた。「続いて、
「つまり...」瑞珂の表情が曇る。
「玄碧様を中心に、新たな派閥形成の動きがあるようです」白凌はきっぱりと言った。「その目的は...」
「改革の主導権を奪うこと」私が言葉を継いだ。
「そして、それ以上かもしれません」白凌の声がさらに低くなる。「『異分子の排除』という言葉も聞かれました」
「異分子...」瑞珂の目が鋭くなる。「勇姫のことか」
「間違いないでしょう」白凌は頷いた。「玄碧様は公の場で『無知な異分子が宮中の伝統を破壊している』と発言しています」
その言葉に、身体に冷たいものが走る。「無知な異分子」──それは紛れもなく私を指している。
「警戒すべきですね」私は冷静を装いながら言った。
「それだけではありません」白凌はさらに続けた。「玄碧様は『紫煙閣改革計画』なるものを準備中です。これを陛下に直接提示し、改革の全権を委任されることを目指しているようです」
「なるほど...」瑞珂がつぶやく。「父上に直訴するつもりか」
「はい」白凌は静かに言った。「そして、もし成功すれば...」
言葉を濁す白凌に、瑞珂が続きを促した。「何だ?言ってみよ」
「勇姫様の...
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
「追放...」思わず言葉が漏れる。
「許さん」瑞珂の声には怒りが籠もっていた。「父上がそのような無茶を認めるはずがない」
「ですが...」白凌の表情は複雑だった。「玄碧様の派閥は強大です。特に宰相の影響力は侮れません」
私は深く息を吐いた。ここまで来るとは思わなかった。改革を始めたとき、敵を作ることは覚悟していたが、まさか追放にまで発展するとは。
「対策を講じる必要がありますね」私はできるだけ冷静に言った。
「そうだな」瑞珂は思案顔で頷いた。「まず、玄碧の『紫煙閣改革計画』の内容を知る必要がある」
「私が...」
「いや」瑞珂は手を上げて制した。「そなたが直接動くのは危険だ。白凌、偵察を続けよ」
「かしこまりました」白凌は深く頭を下げた。
「そして勇姫」瑞珂が私に向き直った。「そなたはこれまでの改革の成果をすべてまとめてほしい。数字も含めて、明確な形で」
「はい」
「父上に直接報告する機会を作る」瑞珂の声には決意が込められていた。「玄碧より先に」
◆◆◆
その日の夕方、清風院に戻ると、思いがけない来客が待っていた。
「ずいぶん遅かったじゃないか」
窓際に佇む
「霜蘭さん...どうしてここに?」
「小桃に頼んでおいた」彼女は静かに言った。「重要な話がある」
「玄碧様のことですか?」
霜蘭の眉が少し上がった。「既に知っているようだな」
「はい、白凌さんから」
「そうか」霜蘭はゆっくりと部屋の中央に歩み寄ってきた。「だが、おそらく具体的な内容までは知らないだろう」
「具体的な...?」
「紫煙閣改革計画の中身だ」霜蘭の目が真剣だった。「私は情報を入手した」
思わず息を呑む。「どうやって?」
「玄碧の側近、
「青楓さんが...情報を?」
「ああ」霜蘭は頷いた。「彼女も完全に玄碧に心酔しているわけではないようだ。特に、そなたへの追放計画には反対のようでな」
意外な協力者がいたことに、少し心が温かくなる。
「で、計画の内容は?」
霜蘭は懐から一枚の紙を取り出した。「これを見るといい」
それは「紫煙閣改革計画概要」と題された文書だった。目を通していくと、その内容に愕然とする。
「これは...」
「そうだ」霜蘭の声が厳しくなった。「表向きは改革を謳いながら、実質的には元の姿に戻そうという計画だ」
確かにその通りだった。「効率化」の名の下に、実は権限を紫煙閣に集中させ、透明性を減らす内容になっている。しかも、それを「伝統の尊重」「安定の確保」という美名で飾っていた。
最も恐ろしいのは、その最後に記された「実施体制」だった。
「『改革監視委員会』...」私は言葉を選びながら言った。「これは実質的な粛清機関では?」
「鋭いな」霜蘭は頷いた。「この委員会に、宮中の人事権を与えるつもりらしい。そして初仕事が...」
「私の追放...」
「ああ」霜蘭は重々しく頷いた。「『異分子排除のため』という名目でな」
紙を握る手に力が入る。これは単なる権力闘争ではなく、私が始めた改革そのものを潰そうとする動きだった。
「早急に対策を」霜蘭が促した。
「はい...」私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。「まず瑞珂殿下に報告します」
「それから?」
私はしばらく考え、意を決した。「そして、スプシの真の力を見せる時かもしれません」
「真の力?」霜蘭が興味深そうに尋ねた。
「はい」私は決意を込めて言った。「情報の透明化です」
◆◆◆
翌朝、私は瑞珂に霜蘭から得た情報を報告した。彼の表情は次第に厳しさを増していった。
「なるほど...」瑞珂は文書に目を通し終え、深いため息をついた。「これは表向きの改革の名を借りた、権力の集中だな」
「はい」私は頷いた。「しかも、最終的には私を追放するつもりのようです」
「許せん」瑞珂の声に怒りが滲む。「父上にすぐに報告しよう」
「殿下」私は慎重に言った。「その前に、ある提案があります」
「何だ?」
「玄碧様の計画が、いかに問題があるか、宮中の誰もが理解できるようにしたいのです」
「どういう意味だ?」
「両方の計画を可視化し、比較するのです」私は説明した。「スプシの力を使って、それぞれの改革がもたらす結果を明確に示す」
瑞珂の目が理解の色を浮かべた。「なるほど。数字と図で示すのだな」
「はい」私は頷いた。「透明性こそ、私たちの武器です」
「よし」瑞珂は決断を下した。「そなたの提案を採用しよう。だが、時間はない。いつまでに準備できる?」
「明日までには」
「急がねばならん」瑞珂の表情が曇った。「玄碧たちは明後日、父上に謁見するという情報がある」
「間に合わせます」私は決意を込めて言った。
◆◆◆
その日から、私は文字通り不眠不休で準備に取り掛かった。霜蘭や小桃も手伝ってくれ、紫煙閣の女官の中でも味方になってくれた翠雨たちが密かに情報を提供してくれた。
「これで...」
一晩中作業し、ようやく完成した資料を見て、小さな達成感を覚える。それは私たちの改革と玄碧の計画を比較した大きな図表だった。
左側には私たちの「後宮業務憲章」に基づく改革の効果。右側には玄碧の「紫煙閣改革計画」が実施された場合の予測。数字と色分けされた図で、誰が見ても違いが明らかになっている。
「素晴らしい...」
振り返ると、霜蘭が感嘆の眼差しで図表を見つめていた。彼女はいつの間にか部屋に入ってきていたようだ。
「霜蘭さん」私は疲れた声で言った。「お役に立てますか?」
「ああ」彼女は静かに頷いた。「この図なら、誰の目にも明らかだ」
図表には、私たちの改革が業務時間や効率、女官たちの満足度をどれだけ改善したかが数字で示されていた。一方、玄碧の計画では、表面上の数字は良く見えても、権限の集中や不透明さが増すことが明確に示されている。
「これを陛下にお見せするのね」
「そう願っている」私は少し不安げに言った。「瑞珂殿下が機会を作ってくださるはず」
「心配するな」霜蘭は珍しく優しい声で言った。「こんなに明確な証拠があれば、陛下も必ず理解されるだろう」
その言葉に、少し希望が湧いてきた。
◆◆◆
その日の午後、瑞珂の執務室に向かうと、彼は窓際で何かを考え込んでいた。
「殿下、資料ができました」
振り向いた瑞珂の表情は、何か重大なことが起きたことを物語っていた。
「勇姫...」彼の声は重々しかった。「状況が変わった」
「何があったのですか?」
「玄碧が一足先に父上に謁見した」
「え?」思わず声が上ずる。「明後日のはずでは...」
「奇襲だな」瑞珂の目が鋭くなった。「我々の動きを察知したのだろう」
「それで...?」胸が締め付けられる思いだ。
「父上は玄碧の計画について『検討する』と言われたそうだ」瑞珂はため息をついた。「彼女の後ろには宰相がついている。影響力は侮れない」
絶望感が押し寄せる。一生懸命準備した資料も、時既に遅しか。
「でも、まだ決定ではないのですよね?」必死の思いで尋ねた。
「ああ」瑞珂が頷く。「だからこそ、我々も急がねばならない。今日中に父上に謁見を申し入れる」
「今日中に!?」
「ああ」瑞珂はきっぱりと言った。「時間との勝負だ」
私は震える手で資料を握りしめた。「この資料で、玄碧様の計画の問題点を明らかにします」
「うむ」瑞珂は頷いた。「そなたの"頭の中の表"の真価を発揮する時だ」
◆◆◆
数時間後、ついに皇帝陛下との謁見の機会が訪れた。
「
緊張で足が震える。前世では考えられないほどの大舞台だ。
「大丈夫か?」瑞珂が小声で尋ねた。
「はい」私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。「やるべきことは明確です」
「うむ」瑞珂は優しく微笑んだ。「そなたならできる」
小会議室に入ると、皇帝陛下が既に席についていた。その後ろには宰相の姿もある。そして...玄碧もいた。彼女の目には驚きと怒りが混じっていた。
どうやら、彼女は私たちがここに来るとは思っていなかったらしい。
「瑞珂、勇姫」皇帝の声は穏やかだが威厳に満ちていた。「今日はどのような用件だ?」
「父上」瑞珂が一歩前に出た。「後宮改革について、重要なご報告があります」
「ほう?」皇帝が眉を上げる。「玄碧から先ほど話を聞いたところだが」
「はい」瑞珂は静かに言った。「だからこそ、より明確な情報をお伝えしたいのです」
玄碧が少し身じろぎする様子が見えた。
「貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」私は恐る恐る前に出て、深々と頭を下げた。
「勇姫」皇帝は穏やかに言った。「そなたの改革は多くの成果を上げていると聞いている。今日は何を見せてくれるのだ?」
「はい」私は準備した大きな図表を広げた。「これは、現在進行中の改革と、紫煙閣改革計画の比較でございます」
部屋の空気が一瞬、張り詰めた。
「比較だと?」玄碧の声が響いた。「そのような失礼な...」
「黙れ」皇帝の一言で、彼女の声は途切れた。「続けよ、勇姫」
私は緊張しながらも、図表を説明し始めた。業務効率の向上、女官たちの労働環境の改善、情報の透明化...数字と図で明確に示していく。
「そして、こちらが紫煙閣改革計画を実施した場合の予測です」私は図の右側を指した。「表面上は効率化を謳いながら、実質的には権限を集中させ、透明性を失わせる内容になっています」
「それは違う!」玄碧が声を荒げた。「我々の計画は伝統を尊重しながら...」
「玄碧」皇帝の声がさらに厳しくなった。「勇姫の説明を最後まで聞こう」
彼女は歯噛みしながらも黙らざるを得なかった。
「最も懸念すべきは、この『改革監視委員会』です」私は続けた。「これは実質的に、反対意見を排除するための機関となりかねません」
「なるほど...」皇帝はじっと図表を見つめていた。「この数字は確かなものか?」
「はい」私は自信を持って答えた。「すべて実際のデータに基づいています」
「興味深い」皇帝はしばらく考え込み、やがて宰相に目をやった。「どう思う?」
宰相は少し狼狽えた様子だったが、すぐに取り繕った。
「陛下、図表だけでは真実の半分しか見えません。紫煙閣の計画には、伝統を守るという重要な...」
「伝統」皇帝が言葉を遮った。「その言葉をよく聞くな。だが、伝統とは何だ?」
「えっ?」宰相が言葉に詰まる。
「伝統とは、過去からの知恵を未来に活かすことであろう」皇帝はゆっくりと言った。「単に古いやり方に固執することではない」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
「玄碧」皇帝が彼女に向き直った。「そなたの計画には問題があるようだ」
「陛下...」玄碧の声が震えていた。「これは勇姫という異分子の策略です!彼女は宮中の秩序を...」
「秩序?」皇帝の声が厳しくなった。「勇姫のもたらした改革で、宮中の女官たちはより良く働けるようになったと聞いている。それが真の秩序ではないのか?」
玄碧は言葉に詰まった。
「勇姫」皇帝が私に向き直った。「そなたの改革を続けよ。この図表は見事だ」
「ありがとうございます...」胸がいっぱいになる。
「そして玄碧」皇帝の声は厳格だった。「そなたの『改革監視委員会』は認めない。むしろ、勇姫と協力して真の改革を進めるべきだ」
「しかし、陛下...」
「もう十分だ」皇帝は決定的な口調で言った。「退出してよい」
敗北を認めざるを得なかった玄碧は、怒りと恥辱に顔を赤くしながら部屋を出ていった。宰相も渋々と従った。
部屋に残されたのは、皇帝と瑞珂、そして私だけ。
「勇姫」皇帝の声が柔らかくなった。「そなたの"頭の中の表"は、宮中に多くの変化をもたらした」
「恐縮です...」
「恐れることはない」皇帝は微笑んだ。「変化は時に痛みを伴うものだ。だが、必要なものでもある」
「はい」
「瑞珂」皇帝が息子に向き直った。「そなたは良き補佐を得たな」
「はい、父上」瑞珂は誇らしげに頷いた。「勇姫なくしては、この改革はなかったでしょう」
「よし」皇帝は立ち上がった。「今後も報告を楽しみにしている」
私たちは深々と頭を下げ、部屋を後にした。
◆◆◆
会議室を出ると、瑞珂が安堵のため息をついた。
「やった...」彼の声には明らかな喜びが含まれていた。
「はい」私も緊張から解き放たれ、ふらりとしそうになる。
「そなたの図表が、事態を決定づけた」瑞珂は私の肩に手を置いた。「見事だったぞ」
「ありがとうございます」心からの感謝を込めて言った。
「だが、これで終わりではない」瑞珂の表情が引き締まった。「玄碧はまだ諦めていないだろう」
「はい...」私も同感だった。「今回は表だった動きを阻止できましたが、次は裏からくるかもしれません」
「用心せよ」瑞珂は真剣な眼差しで言った。「そなたの身に何かあれば...私が許さん」
その言葉に、胸が温かくなる。
「大丈夫です」私は笑顔で答えた。「私にはスプシという武器があります」
「そうだな」瑞珂も微笑んだ。「そして、私がついている」
廊下の向こうから、小桃と霜蘭が駆けてくる姿が見えた。二人とも心配そうな表情をしている。
「どうなりました!?」小桃が大きな声で尋ねた。
「うむ」瑞珂が穏やかに答えた。「勝ったぞ。勇姫の図表が、陛下の心を動かした」
「やったぁ!」小桃が飛び上がって喜ぶ。
霜蘭も珍しく嬉しそうな表情を浮かべていた。「やはり、透明化の力か...」
「はい」私は頷いた。「情報を可視化することで、真実が明らかになりました」
「これで改革は安泰だな」霜蘭が満足げに言った。
「いえ」私は首を振った。「玄碧様はまだ諦めていないでしょう。むしろ...」
「より危険な状況になるかもしれないな」霜蘭が私の言葉を引き継いだ。
「はい」私は決意を固めた。「だからこそ、改革の成果を確実なものにしなければ」
「そなたに、何か考えがあるのだな?」瑞珂が興味深そうに尋ねた。
「はい」私は微笑んだ。「最終的な改革案があります」
「最終的な?」
「宮中全体を一つのスプシで管理する構想です」私は少し照れながらも説明した。「すべての部署、すべての業務が一つの表で繋がり、誰もが必要な情報にアクセスできる...」
「なるほど」瑞珂の目が輝いた。「それこそ、真の透明化だな」
「はい。もはや誰一人として、情報を独占することはできなくなる」
「素晴らしい!」小桃が目を輝かせた。「勇姫さまのスプシが宮中全体に!」
「それは...大がかりな計画だな」霜蘭も感心したように言った。
「はい。時間はかかりますが...」
「我々全員で協力しよう」瑞珂がきっぱりと言った。「そなたの構想を、現実のものにするために」
私たちの新たな挑戦は、まだ始まったばかりだった。
◆◆◆
後日、清風院の部屋で一息ついていると、思いがけない来客があった。
「失礼します」
静かな声とともに入ってきたのは、意外にも
「青楓様」私は警戒しながらも丁寧に迎えた。「どのようなご用件でしょうか?」
彼女はしばらく黙って私を見つめ、やがて深くため息をついた。
「警戒するのは当然でしょう」彼女の声には疲れが混じっていた。「でも、敵として来たわけではありません」
「では?」
「警告です」青楓はさらに声を潜めた。「玄碧様は今、非常に危険な状態です」
「危険?」
「はい」彼女は真剣な眼差しで言った。「陛下の前で敗北し、彼女の誇りは深く傷ついています。そして...」
「そして?」
「『無知な異分子を排除する』と誓っておられます」青楓の声は震えていた。「今回は、もっと...直接的な手段で」
血の気が引くのを感じた。「直接的な手段...」
「気をつけてください」青楓は静かに言った。「特に、食べ物や飲み物には」
「なぜ...教えてくれるのですか?」不思議に思って尋ねた。
青楓はしばらく考え込み、やがて静かに言った。
「私も最初は玄碧様の改革に賛同していました」彼女の目には苦い思い出が浮かんでいるようだった。「でも、それが単なる権力争いになり、排除や粛清の話になった時...」
「理想と違ってきた?」
「はい」彼女は小さく頷いた。「一方で、あなたの改革は...女官たちを本当に救っている」
「青楓さん...」
「私は玄碧様に従いますが」彼女は決意を込めて言った。「あなたが排除されるのは、宮中のためにならないと思うのです」
彼女の勇気ある行動に、心が動かされた。
「ありがとう」心からの感謝を込めて言った。「この警告、重く受け止めます」
青楓は小さく頷き、立ち去ろうとした。去り際に、彼女は振り返って言った。
「勇姫様...どうか宮中を変え続けてください。私たちの希望です」
その言葉を胸に、私は新たな決意を固めた。玄碧の陰謀に負けるわけにはいかない。スプシの力で、この宮中に真の改革を——透明性と公正さに満ちた未来を実現するために。
「無知な異分子」だとしても、きっとそれが正しい道なら、やり抜く価値があるはずだ。