「あー、もう書類の山が天井まで届きそう!」
瑞珂陛下の即位から一週間。透明院の設立が発表されるや否や、宮中から驚くほど多くの申請や報告書が押し寄せてきたのだ。改革の第一歩として、全部署に業務報告の提出を義務付けたのは良いものの、その量たるや想像を絶する。
「うう…これじゃあ改革どころか、私が先に
「勇姫さまぁ!」
陽気な声とともに、小桃が部屋に飛び込んできた。彼女は相変わらず元気いっぱいだ。
「あら、小桃。今日も元気そうね」
「はい!でも…」彼女は部屋の惨状を見て目を丸くした。「うわぁ、まるで紙の海ですね!」
「ええ、溺れかけてるところよ」苦笑しながら答える。「でも、改革の第一歩だから仕方ないわ」
小桃は頭を傾げて私を見つめた。その大きな瞳に、何か思いつめたような色が浮かんでいる。
「勇姫さま、あのですね」彼女はいつになく真剣な表情になった。「実は、お願いがあるんです」
「お願い?」私は手を止めて彼女を見た。「どうしたの?」
小桃は深呼吸をして、一気に言った。
「あたし、透明院で働きたいんです!勇姫さまのお手伝いがしたいんです!」
その言葉に、私は思わず笑みをこぼした。
「小桃…」
「あたし、内務部の仕事も好きです。でも、勇姫さまと一緒に宮中を変えたいんです!」彼女の瞳は真剣な光を宿していた。「あたしにもできることがあるはずです!」
心が温かくなる。この子は、いつも私を支えてくれる大切な存在だ。
「ありがとう、小桃」私は優しく笑った。「実は、ちょうどそのことを考えていたところなの」
「え?」小桃の顔が明るくなる。
「ええ」私は立ち上がって、机の引き出しから一枚の文書を取り出した。「これは、透明院の組織図の草案よ。ここに、小桃の名前も入っているわ」
「ほんとですか!?」小桃は飛び上がるように喜んだ。「やったぁ!」
彼女の無邪気な喜びに、疲れが吹き飛ぶ思いがした。
「でもね」私は少し真面目な顔になった。「透明院での仕事は大変よ。今までの何倍も忙しくなるかもしれない。それでもいい?」
「はい!」小桃は迷いなく答えた。「勇姫さまと一緒なら、どんなに大変でも頑張れます!」
彼女の決意に満ちた表情に、思わず頭を撫でそうになる。前世では私の下に後輩が入ってきたことはなかったが、この世界では頼もしい部下ができるようだ。嬉しい誤算だ。
「ところで勇姫さま」小桃が周りを見回した。「これだけの仕事、勇姫さま一人じゃ無理ですよね?他にも人を集めるんですか?」
「鋭いわね」私はにっこり笑った。「そうなの。実は、もう少し仲間を増やそうと思っているの」
「他にも?誰ですか?」
その問いに答える間もなく、執務室のドアが静かに開いた。
「お呼びですか、勇姫」
凛とした声。入ってきたのは
「霜蘭さん、来てくれたのね」私は嬉しそうに迎えた。「ちょうど小桃に説明しようとしていたところよ」
「説明?」霜蘭が眉を上げる。
「ええ、私の新しい右腕になってもらいたいの」私は真剣に言った。「透明院の副長官として」
霜蘭の表情が微妙に変化した。驚きと、何か複雑な感情が入り混じっているようだ。
「私が?」彼女は静かに尋ねた。「私はただの妃臣にすぎないが…」
「いいえ」私はきっぱりと言った。「霜蘭さんは違う。あなたは最初から改革を支持してくれた。後宮業務憲章も作ってくれた。その知恵と経験が必要なの」
霜蘭はしばらく黙って私を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「わかった」彼女の目に決意の色が宿る。「引き受けよう。だが条件がある」
「条件?」
「私の意見も取り入れること」彼女はきっぱりと言った。「ただの飾りにはなりたくない」
「もちろん!」私は思わず手を叩いた。「むしろ、あなたの知恵をどんどん貸してほしいわ」
霜蘭の唇が、微かに緩んだ。彼女なりの笑顔だ。
「なんだか豪華なメンバーになりそうですね!」小桃が嬉しそうに言った。「あたしも頑張ります!」
「ああ」霜蘭は小桃を見て、珍しく柔らかな表情を見せた。「お前の力も必要だ。皆がいて、改革は成り立つのだから」
小桃が感動したような表情になる。霜蘭からの言葉は、彼女にとって特別な意味を持つのだろう。
そんな二人のやりとりを見ていると、扉が再び開いた。
「失礼する」
静かな声と共に現れたのは、
「白凌さん」私は驚いて迎えた。「どうしたんですか?」
「勇姫殿」彼は丁寧に頭を下げた。「陛下からお話があると伺いました」
「ああ、そうでした」私は思い出したように言った。「白凌さんにも来てもらう予定だったのよ」
「私に?」彼の表情が微妙に変わる。
「透明院の設立にあたって、宮中の
白凌はしばらく黙っていたが、やがて静かに答えた。
「承知した」彼は頷いた。「陛下のご命令であれば」
「ありがとうございます」私は心から言った。「これで中核メンバーが揃いました」
「中核メンバー…」霜蘭がつぶやいた。「面白い組み合わせだな」
確かにそうだ。元
「でも、それがいいんじゃない?」私は笑顔で言った。「違う視点、違う経験を持ち寄ることで、より良い改革ができるはず」
「うむ」白凌が静かに同意した。「多角的な視点は重要だ」
「あたしは現場の声を届けます!」小桃が元気よく宣言した。
「私は制度の整合性を見る」霜蘭も加わった。「後宮の秩序と改革のバランスを取る役目だ」
彼らの言葉に、心強さを感じる。一人ではなく、仲間と共に進める改革。前世では考えられなかった贅沢だ。
「さて」私は気を引き締めた。「まずは透明院の具体的な運営方法を決めましょう。皆さんのアイデアを聞かせてください」
そうして、私たちの最初の作戦会議が始まった。机の上に大きな紙を広げ、それぞれが意見を出し合う。小桃のアイディアは現場の目線から実用的で、霜蘭の提案は体系的で緻密。白凌は情報収集と危機管理の観点から鋭い指摘をしてくれる。
「こうして図にすると、わかりやすいですね!」小桃が感嘆の声を上げた。
「これが勇姫の"スプシ"の力か」霜蘭も感心したように言った。「確かに見える化すると理解しやすい」
「組織図と報告経路が明確になった」白凌も頷いた。「効率的だ」
私は嬉しくなった。スプシの力が、この世界で認められ、活かされている。前世では当たり前だったツールが、ここでは革命を起こしている。
「ありがとう、みんな」私は心から言った。「こうして一緒に取り組めることが嬉しいわ」
「勇姫さまのおかげです!」小桃が明るく言った。「あたし、勇姫さまと出会えて本当に良かった!」
「私も同感だ」霜蘭が珍しく素直に言った。「そなたが来なければ、宮中はまだ闇の中だったろう」
「勇姫殿の洞察力は貴重だ」白凌も静かに付け加えた。「陛下も、そう感じておられる」
皆の言葉に、胸が熱くなる。
「よし、今日はここまでにしましょう」私は立ち上がった。「明日から本格的に始動します。今夜は早めに休んで」
「はい!」小桃が元気よく答える。
「明日、詳細を詰めよう」霜蘭も立ち上がった。
「警備体制も整えておく」白凌が静かに告げた。
彼らが去った後、私は窓辺に立って夕暮れの宮中を眺めた。明日から本格的に始まる透明院の活動。中核メンバーとして霜蘭、小桃、白凌を得られたことで、心強さが増している。
「これでやっと、本当の意味での改革が始まるわね」
空に浮かぶ月に、そっと呟いた。
◆◆◆
翌朝、透明院は公式に活動を開始した。最初の仕事は、各部署からの報告を整理し、透明性を高めるための基準作りだった。
「各部署から上がってきた報告書を分類しましょう」私は指示を出した。「小桃、内務部関連を担当して」
「はい、任せてください!」小桃は元気よく応えた。
「霜蘭さんは、後宮全体の管理体系を見てもらえる?」
「わかった」霜蘭は既に書類を手に取っていた。「規則の整合性を確認する」
「白凌さんには、特に人事と警備の情報を」
「承知した」白凌は静かに頷いた。「不審な動きがないか調査する」
それぞれが自分の役割に取り組み始める様子を見て、私は満足げに微笑んだ。この数ヶ月で積み上げてきた改革が、ようやく組織として形になってきた。
「勇姫さま!」
数時間後、小桃が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「見てください!」彼女は一枚の紙を差し出した。「内務部の女官たちが独自に作った業務報告書です!」
見れば、私が以前教えたスプシの形式を使って、きれいに整理された報告書だった。色分けされた項目、明確な数字、そして簡潔な説明文。初めから教えなくても、彼女たちが自発的に改善してくれている。
「素晴らしいわ!」思わず声が上ずる。「自分たちで考えてくれたのね」
「はい!」小桃は誇らしげだった。「みんな『スプシの力』って言ってます!」
「スプシの力…」私は思わず微笑んだ。「前世の会社で使っていたスプシが、こんな風に呼ばれるなんて」
「え?なんですか?」小桃が首を傾げる。
「あ、いや、何でもないわ」慌てて誤魔化す。「とにかく、素晴らしい進歩ね」
「勇姫」
霜蘭が近づいてきた。彼女の手には、整理された文書の束がある。
「これを見てほしい」彼女は文書を広げた。「各部署の報告形式を統一するための
それは見事なまでに体系化された報告書フォーマットだった。霜蘭の鋭い頭脳が生み出した作品は、私のスプシを更に発展させたものだった。
「霜蘭さん、これは素晴らしいわ!」心からの感嘆を込めて言った。「こんなに完璧な雛形、考えつかなかった」
「そなたのアイデアを基にしただけだ」霜蘭は少し照れくさそうに言った。「私なりに改良を加えた」
「いや、これは本当に素晴らしい」私は真剣に言った。「これを全部署に配布しましょう」
「勇姫殿」
静かな声で白凌が加わった。彼の表情はいつもより引き締まっている。
「何かあったんですか?」
「警備体制の
「具体的には?」
「各部署が独自に情報を管理しており、全体像が見えない」白凌は説明した。「これでは不正の抜け穴になる」
「なるほど…」私は考え込んだ。「そこも改善しないといけませんね」
「解決策がある」白凌が言った。「情報の一元管理と、定期的な監査だ」
「それは良いアイデアですね」私は頷いた。「ぜひそのプランを詳しく教えてください」
白凌が説明するプランは、宮中の情報管理を根本から変える内容だった。部署間の壁を越えて情報を共有し、透明性を確保する。それは今までの宮中では考えられなかった革新的な提案だ。
「これは…大がかりな改革になりますね」私は感心した。「でも、必要なことです」
「陛下の許可が必要だろう」霜蘭が現実的な意見を出した。
「そうですね」私は頷いた。「今日の定例報告で陛下に提案します」
「あたしも手伝います!」小桃が元気よく言った。「現場の声も集めてきます!」
四人は互いに顔を見合わせ、そこには確かな連帯感が生まれていた。身分も立場も異なる私たちが、同じ目標に向かって進んでいる。
◆◆◆
その日の午後、瑞珂陛下との定例報告の時間がやってきた。私は四人分の報告をまとめて持参した。
「陛下、本日の報告です」
「ご苦労」彼は書類を受け取った。「透明院の活動状況はどうだ?」
「はい」私は顔を上げた。「霜蘭、小桃、白凌の三名を中核メンバーとして迎え、組織体制が整いました」
「そうか」瑞珂陛下の表情に満足の色が浮かぶ。「良い人選だ」
「ありがとうございます。既に各自が専門分野で成果を上げています」
私は三人の提案を詳しく説明した。霜蘭の報告書雛形、小桃が発見した自発的な改革の動き、そして白凌の情報管理改革案。
「なるほど」瑞珂陛下は熱心に聞いていた。「白凌の提案は特に重要だな。宮中の情報管理を一元化するのは、大きな変革だが必要なことだ」
「陛下のご承認をいただければ」私は丁寧に言った。「早速着手いたします」
「承認する」瑞珂陛下はきっぱりと言った。「必要なら私からも勅令を出そう」
「ありがとうございます」心からの感謝を込めて頭を下げる。
「勇姫」瑞珂陛下の声が少し柔らかくなった。「そなたの周りに良き仲間が集まったな」
「はい」思わず笑みがこぼれる。「皆、素晴らしい人たちです」
「改革は一人では成し遂げられない」彼は静かに言った。「信頼できる仲間と共に進むことが大切だ」
「その通りです」私は心から同意した。「皆さんのおかげで、改革が加速しています」
「今日の報告を聞いて、安心した」瑞珂陛下の顔に優しい笑みが浮かぶ。「私も全面的に支援しよう」
「陛下…」
「共に、新しい宮中を創ろう」彼の目には確かな決意が宿っていた。「そなたたち四人の力で」
その言葉に、胸が熱くなった。前世では誰にも評価されなかった私のスキルが、この世界では国を変える力になり、仲間を集める磁石になっている。
「必ずや、陛下のご期待に応えます」私は強く頷いた。
◆◆◆
透明院に戻ると、三人が結果を待っていた。
「どうでした?」小桃が心配そうに尋ねた。
「陛下のご承認をいただきました」私は笑顔で答えた。「すべての提案がOKです」
「やったぁ!」小桃が飛び上がって喜ぶ。
「そうか…」霜蘭の顔にも安堵の色が浮かんだ。「これで本格的に進められるな」
「陛下の信頼は揺るぎないようだ」白凌も満足げに頷いた。
「皆さん、ありがとう」私は心からの感謝を込めて言った。「これからも一緒に頑張りましょう」
「はい!」
「うむ」
「承知した」
三人がそれぞれの言葉で応える。一人ひとり個性は違えど、同じ目標に向かって歩む仲間たち。私たちの改革は、確実に前進している。
「さあ、明日からが本番です」私は決意を込めて言った。「後宮改革の中核メンバーとして、新しい時代を創りましょう」