王国に危機が迫っていた。暗黒魍魎(あんこくもうりょう)という強大な軍勢が次々と周辺諸国を侵略し、無慈悲な破壊と暴力で領地を拡大しているという。ついにその魔の手は、この王国にも近づいていた。
王は急ぎ、最終手段として「勇者召喚の儀式」を執り行うことを決断した。王国の歴史において、勇者召喚が行われるのは数百年ぶりのことだった。それだけに、王も騎士たちも、そして民衆もその儀式に期待を寄せ、王宮の大広間に集まっていた。
「いよいよですな、陛下」
王の側近が緊張した面持ちで言葉を発する。
「うむ。我が王国を守るために、最強の勇者を異世界からお迎えせねばならぬ。儀式が成功すれば、暗黒魍魎の脅威にも立ち向かえるだろう」
王は決意を込めた表情で頷き、魔法陣の前に立つと、力強く宣言を始めた。大広間には荘厳な雰囲気が漂い、辺りは静まり返る。大勢の魔法使いたちが王の命を受け、魔法陣に力を注ぎ始めた。
やがて、魔法陣が輝き始め、眩い光が大広間全体を包み込む。集まった者たちは目を細め、その光の中から現れるであろう「勇者」の姿に期待を込めた。
そして、光が次第に収まっていくと、そこには一人の女性が立っていた。雪のように白い肌と、冷たく澄んだ青い瞳を持つ美しい女性だった。まるで氷でできた彫刻のようなその美貌に、王も騎士たちも息を飲んだ。
彼女の姿は神秘的でありながらも、どこか冷たい雰囲気をまとっていた。王は彼女こそが自分たちを救う「勇者」であることを確信し、膝をついて頭を下げ、彼女に礼を尽くした。
「勇者様、ようこそ異世界へ。どうか、我が国を救っていただけませんか?」
王の言葉に大広間の者たちも一斉に頭を下げ、彼女の言葉を待つ。緊張した空気が漂う中、女性が口を開いた。
しかし、彼女の第一声は、王と人々の期待を見事に裏切るものだった。
「えー、やだ。召喚とか、めんどくさいんだけど」
彼女の言葉に、場内は一瞬で凍りつくような静寂に包まれた。やがて人々は互いに顔を見合わせ、不安と困惑の表情を浮かべ始める。王は驚きのあまり、思わず問い返した。
「め、めんどくさい…と仰いますと?」
彼女は大きなあくびをし、腕を組んでため息をつきながら答えた。
「だって、面倒くさいものは面倒くさいんだから、仕方ないじゃない。それに、今眠いし」
そのやる気ゼロの態度に、王や側近たちは呆然としてしまった。何百年も待ち望まれた勇者が、こんなにもやる気がなく、怠惰な様子を見せるなど、誰もが予想していなかったのだ。
王は必死に思案し、何とか彼女を説得しようと試みる。「お、おゆき様、どうか我が王国を救うために、そのお力をお貸し願えませんでしょうか?暗黒魍魎の軍勢は、我々の手には負えぬほど強大で…」
しかし彼女、雪女のおゆきは、面倒くさそうに王の話を聞き流し、再びあくびをした。
「うーん、それは大変なんだろうけど…私、異世界のこととかどうでもいいし。戦うなんて疲れるし、寒くないとやる気出ないしね」
困惑した王は、彼女の怠惰な態度に対し、どうにかしてやる気を出させる方法を考え始める。そんな中、王の側近が小声で提案をした。
「陛下、もしかすると…勇者様の望むものをお約束することで、彼女を動かせるかもしれません」
王は頷き、思い切っておゆきに向かって提案することにした。
「おゆき様、もし王国のためにお力をお貸しいただければ、3食昼寝付きの待遇をご用意いたしますが、いかがでしょうか?」
その言葉に、おゆきは再び目を開き、少し興味を示すように王を見つめた。
「…3食昼寝付き?」
「はい。美味しい食事と、ゆっくりお休みいただける環境を提供いたします。それと、戦いが終われば、ご褒美として特別なお酒もご用意いたします」
王が次々と好条件を提示すると、おゆきはようやく少しだけ笑みを浮かべた。
「ふーん、まあ、それくらいなら…考えてもいいかな。さっさと終わらせればいいんでしょ?」
王や側近たちは内心安堵し、早速、彼女に次の指示を出すための準備を始めた。だが、おゆきはそのまま大広間の片隅に座り込み、再び眠りにつこうとした。
「じゃあ、ご飯の時間になったら起こしてね」
彼女のその一言に、周囲の者たちは再び驚愕の表情を浮かべたが、誰も何も言えなかった。
こうして、やる気ゼロで怠惰な雪女、おゆきは、3食昼寝付きの条件で王国を守る「勇者」として活動を始めることになったのだった。
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