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第2話 やる気ゼロの雪女勇者 〜ご飯の時間になったら起こして〜

王国の兵士たちは、暗黒魍魎(あんこくもうりょう)の襲撃に備え、城の外へと続く街道沿いに防衛線を張っていた。敵は、禍々しい黒い霧と共に現れ、異形の姿をした魍魎たちが次々と集結している。兵士たちは緊張に顔を強ばらせ、武器を構えて身構えていた。


「全員、油断するな!敵は強力だ!」


将軍の一声が響き渡り、兵士たちは一層の緊張感に包まれる。王国の存亡をかけた戦いが今まさに始まろうとしていた。しかし、兵士たちの目には、頼みの綱である「勇者」の姿が見当たらない。


「勇者様はどこに…?」


不安げに辺りを見渡す兵士たちの後ろで、大きなあくびをしながら歩いてくる女性の姿があった。そう、雪女のおゆきだ。彼女は眠そうな目を擦りながらゆっくりと前線へ向かい、その場にいた兵士たちは思わず彼女に道を譲る。


「えー、まだこんなに明るいのに、戦うなんて面倒くさい…」


おゆきはため息をつきながら、ゆったりとした足取りで戦場に出ると、遠くに見える敵の群れに視線を向けた。


「これが…暗黒魍魎の軍勢…」


その数は膨大で、どれほどの数の兵士がかかっても到底勝ち目がなさそうな様子だ。兵士たちは恐怖を隠せずに立ち尽くすが、おゆきはその数に何の関心も示さず、呆れたように言った。


「なんでこんなにいるの?ちまちま戦うのは面倒なんだけど…」


兵士たちが驚愕する中、おゆきは一歩前に出ると、手を軽く前にかざした。その手元からは白く淡い冷気が漂い始め、瞬く間にあたりを冷気が包み込む。


「さっさと終わらせちゃいましょ」


おゆきがぽつりと呟くと、彼女の周りにある大気が一瞬で凍りつき、視界のすべてが白く染まる。次の瞬間、彼女が放った冷気は波のように押し寄せ、暗黒魍魎の軍勢全体を一瞬で覆い尽くした。


あたりに響き渡るのは、氷が軋む音だけ。異形の魍魎たちは抵抗する間もなく、その場で氷の彫像と化してしまった。まるで時間が止まったかのように静まり返った戦場に、兵士たちは呆然と立ち尽くし、目の前の光景を信じられない様子で見つめている。


「…これで終わり?」


おゆきは肩をすくめ、何事もなかったかのようにその場で振り返った。まるで日常の些細なことを済ませたかのような表情だった。兵士たちが驚愕する中、彼女はその場を後にしようとした。


「終わった、終わった。じゃあ、夕飯になったら起こしてね」


彼女はそれだけを言い残し、戦場から離れていこうとする。兵士たちはあまりに呆気ない勝利に、声を出すことさえできないまま彼女の背中を見送る。


やがて、勇気を取り戻した一人の兵士が、おゆきに向かって叫んだ。「ゆ、勇者様!あなたのおかげで、私たちは救われました!ありがとうございます!」


おゆきは振り返りもせず、片手をひらひらと振って適当に返事をした。「うん、よかったね。それじゃ、おやすみなさい」


そのまま何事もなかったかのように城へと戻るおゆきの姿に、兵士たちは次第に安堵と驚愕の表情を浮かべ始めた。


「なんという力だ…我々が数日かけて倒せるかどうかという相手を、あの一撃で…」


「勇者様、さすがだ…いや、さすが過ぎて何も言えない…」


おゆきの圧倒的な力を目の当たりにした兵士たちは、彼女が怠惰で適当な態度をとる理由を少しだけ理解した。確かに、あの力を持っていれば、面倒な戦闘など一瞬で終わらせられる。だが、その力がどれほど強力であろうと、おゆきが無関心なままであることに安堵の念を抱く兵士も少なくなかった。


「でも、あの方が本気でやる気を出したら…我々の国さえも凍りつかせてしまうのではないか…?」


兵士たちは小声でささやき合いながらも、おゆきが「やる気ゼロ」でいてくれることに心の中で密かに感謝していた。



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