いくら努力してはいると言っても、自分にあって、彼女には不足しているものを相手は理解してくれないのだ。
それでも自分なりに一生懸命考えながら口を開くが、出てくるのはいつもどこかもたついた、あとで考えてみると自分でも不必要だと思う言葉がほとんどで、どうしてもすっきりまとめることができていない。そのせいでますます相手のいら立ちを買ってしまうようで……、かといってその場から逃げればもっと相手の不満はつのり、悪意を強めてしまうために、結局、セオドアに残る手だてはいつだって沈黙だった。
これ以上どうすればいいのか分からなくて、パニックで半泣き状態になってしまっていることに誰も気付いてくれない。おびえて顔面凍結したまま硬直し、呼気も止まってしまいそうなほど心が追いつめられていることも知ろうとしないで、そんな彼女を何の反応もしないなんて不真面目だ、まったく可愛気のないやつだとなじり、思いこみを強めてしまうのだ。
相手が悪いのではない。自分のほうが問題なのだと分かっていてもいまだ克服できておらず、このときもまた、セオドアはうつむいたまま頑なに沈黙し続けるしかなかった。
駄目だ。こんなことしちゃいけない、ますます誤解される。何か、言わないと。
表に表すということを人並にもできない自分が、かけらも口にしないで理解してもらおうなどと傲慢だと知りつつも、長年の間にすっかりしぼんでしまった勇気はのどをつまらせるだけで、一向に言葉になってくれない。
「おまえ、俺がいるの邪魔で迷惑だと思ってるだろ?」
とのエセルの言葉に、精一杯の力でゆるゆると首を振る。
「何とか言えよ。そんなことしてると、まるで口をきくのも嫌ってるように見えるぞ」
だんだんと言葉に含まれた感情がいら立ちに染まっていくのが分かったが、今声を出せば涙がこぼれそうな気がして、彼女はじっと唇を噛んだ。
その態度に、エセルが重い溜息をつくのが聞こえる。
初めてエセルとの間の沈黙にいたたまれなさを感じたセオドアは、急いで言った。
「わたしが、囮になって走るから、おまえは先に街を抜けろ……」
今はこんな言い争いをしているときじゃない。妖鬼たちの街にいるのだから早く脱出しないと、大元の魅妖まで現れるかもしれない。
その判断にすがる気持ちで言う。だがこの言葉は決定的に、抑えようとしていたエセルのいら立ちを怒りに変えてしまったようだった。
「おまえなあ!」
「わたしは退魔師だ! たとえ見習いでも、落ちこぼれでも、退魔師の責務を軽んじるわけにはいかない!」
こればかりは従わせようとして、強引にエセルの言葉をふさいでまで言う。
「そんなこと訊いてないだろっ!」
その態度にますます腹立たしげに声を棘立てて、エセルは叱りつけた。
「今はそういうときなんだ!」
「違う!」
「そうだ!」
「違う! 違う! 違う!」
「違わない!」
2人とも互いの言葉の否定に熱くなってしまっていて、声が高くなっているのに気がつかない。セオドアは先の会話を状況で誤魔化そうと必死だし、エセルはそうやって逃げるのを許そうとしないのだ。
「あーっ、もおっ! ちゃんと俺を見て言えよ!」
まるで子ども同士の喧嘩のように、状況が悪化するだけでまるで進展のない会話にたまりかねたように叫んで、両手でほおを挟みこみ、うつむいた顔を強引に上へと上げさせる。
セオドアは、エセルが自分に何を言ってもらいたがっているのか十分知っていたが、それはどうしても口にできない言葉だけに、無言で至近距離にあるその目をきつく見上げた。
口にしたら、きっと、その見苦しさに呆れさせてしまうに決まっている。心底自分に呆れて、そして不愉快になってしまうだろう、他の者たちと同じように。それぐらいなら、口にしないほうがいい。
そう決めて、あらためてエセルを見返したとき。
セオドアは貝のように閉ざすつもりだった口を、これ以上ないというほど大きく開いていた。
「エセル! 後ろだ!」
強く叫ぶ。
先の諍いを思えば不思議とその切羽つまった声に疑いも持たずに振り返ったエセルの目に映ったのは、棒を振り上げた男の姿だった。
次の瞬間、バキリと砕ける音がする。自分が避ければセオドアに当たるととっさに判断して出した腕に、全力で振り下ろされた棒が当たって砕けたのだ。その並外れた反射神経は賞賛に値するが、無茶でもある。棒が細かったからよかったものの、これがもう少し太ければ折れていたのは間違いなくエセルの腕のほうだったろう。
「大丈夫かっ?」
腕を抱き込んで声もなくその場にひざをついた姿に、急ぎ覗きこんだセオドアの手を、彼女にだけ見えるようにニッと笑ったエセルがつかむ。
「これでラストッ!」
立ち上がりざま、
セオドアもまた、その機転に驚き、砕け散った竜心珠にあっけにとられながらも、強引に引く手には逆らえず、一緒に走り出す。
自分の手を掴んだ腕の力強さに、酷い傷を負ったわけではなさそうだとほっとした次の瞬間、いやいやと彼女は思い直した。
これも、先の諍いのせいなのだ。
そのせいで、驚いて……酷く驚いたから、自分は今、顔が熱いのだと。
もっとも、自分はそう思いこむようにしているのだと気付くのに、それほど時間はかからなかったが。