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第12話 栄光の剣

 悠陽と合流した2人は、交番から臨海署へ連行されることになった。父親の職場であることがその理由だ。

 常願は呆れるばかりだった。事態が事態だけに今回は不問に終わったが、地下鉄の線路上で犯人と戦ったとは。

 犯人は病院で手当を受けている。流雫の銃弾は威力が弱いだけに貫通せず、体内に残る。摘出が必要になるから厄介なのだ。

 事故を起こした車の男は、救急車の中で死亡が確認された。死因は急性心不全と診断されている。

「何故男が怪しいと思った?」

と、常願は娘の恋人に問う。流雫は事故の瞬間から、一部始終を話す。

 「正義と悪魔、その言葉を頻りに使っていた」

そう言った瞬間、澪の目が曇る。

 ……イヤフォン越しに聞こえていた。流雫が悪魔のような目をしている、と。

 流雫は悪魔、澪はそう思っている。自分が手を握った少年の力で、テロから生き延び続けてきた。その対価は、死の先で悪魔の正体を現した彼に抱かれ、支配されながら久遠の時を過ごすこと……だったとしても、寧ろ本望だと思えるほどに。

 重苦しく痛々しい、人が聞けばそう思うだろう。しかし、それほどに彼の力になりたい想いは偽りじゃない。

 だからこそ、他の誰かが侮蔑の意味で流雫を悪魔呼ばわりすることが、澪には我慢できない。

「その悪魔すら討伐できないとはね……」

と澪は言う。流雫をバカにされた怒りを、そうして鎮めようとしていた。流雫は無意識に、彼女の隣に腕を出す。澪は弱々しく掴むと、漸く冷静さを取り戻す。

「討伐?」

と常願は問う。

「……自分たちが正義なら、あの事故は正義の鉄槌」

と言った澪に、流雫は続く。

「最初からあの場所で下すと決めていた。……だとすると、事故の原因は運転ミスじゃない……?」

 あの事故は、車の挙動も含めて最初から仕組まれていたこと。流雫の見解はそれだった。

「あの車の自動運転システムは、車体のセンサーが周囲の障害物や車線との位置関係を常時計測し、高度な位置情報と合わせて、AIが最適な走行ラインを決めるものだ。あくまでも自動車専用道や高速道路での巡航支援と云う形だな」

と弥陀ヶ原は言う。手元のタブレットには、サイトからダウンロードしたカタログが表示されている。

「センサーかAIが、何らかの障害を起こした……?」

と澪が言うと、流雫は続く。

「……起こさせたとすれば?」

「どうやって?」

「AIと云えば、スペシャリストがいる。その人なら知ってるハズ」

と澪に答えた流雫に、弥陀ヶ原は言った。

「美浜か」

流雫は頷く。

 流雫の宿に泊まっている時点で、既に2人の間に面識が有る。そう若めの刑事は察していた。弥陀ヶ原は早速、スマートフォンを耳に当てた。

「お前に頼みが有る。とあるAIの解析を頼む」

「何だ?」

と椎葉は問う。

「事故を起こした車の自動運転システムだ」

「エッジAIか……本来はメーカーに送るハズだが、何を企んでる?」

「俺は警察だ。企むとは人聞きが悪い。それに、お前のメーカーだ」

と弥陀ヶ原は言う。

「エクシスのAIを搭載している」

 1年前、エクシスは自動運転システムのAIを発売した。今は国内でこのシステムを積む新車の3割に搭載され、シェアを伸ばしている。椎葉は携わっていないが。

 そして、件の車もこのAIを搭載していた。

「……データを頼む」

と椎葉は答えた。EXCとは無関係のAIだが、暇潰しにはなる。

 弥陀ヶ原は事故車が置かれている警察署に向かうことにし、取調室を後にする。

 「……お前も流雫くんも災難だったな」

と常願は言った。

「ただ、お前たちは警官じゃない。深追いは止めろ」

「……判ってるわよ」

と澪は返す。何時もなら憎まれ口を叩くが、今日は大人しい。そう言えば、先刻から少し様子が変だ。

「……俺は澪と話をする。2人は休憩室にいるといい」

と常願は言い、流雫と悠陽はそれに従った。


 椎葉のスマートフォンが鳴ったのは、博多名物のうどんを啜った直後だった。満席の店の前で弥陀ヶ原との通話を終えると、すぐ近くのコワーキングスペースの個室にチェックインしてPCを開く。 

 弥陀ヶ原が指定したPCにリモート接続した上で、件の車から必要なデータを抽出した。今からは、腕時計を外して臨戦態勢に挑む。

 手を止めたのは、作業開始から50分後のことだった。

「どう云う……?」

と呟いた椎葉はノートを開き、サインペンを手にする。

 事故の2秒前、突如自動運転システムが断絶した。更にその1秒前、モーターの出力が全開になっている。急加速したまま手動運転に切り替わり、為す術も無く衝突した。そしてシステムが復帰したが、広場へ向きを変え、地下への入口に衝突して漸く止まった。

 そして最後は、外部からの操作によりAIをシャットダウンしている。それは電源カットではなく、検証アプリからの実行命令によるものだった。

 開発そのものはクラウド環境だが、こうしてデバイスに実装された後の検証には専用のアプリを使用する。データやソフトウェアの更新や統計データの送信に限定して通信が行われるが、その回線を活用している。

 アプリはモニタリング機能が中心だが、予期しない挙動を示した時に強制終了させるための、通称キルスイッチも用意されていて、働かせたことは断言できる。

 弥陀ヶ原が寄越した前情報も含めると、流雫が追った男はAIを操作し、車が事故を起こすように仕向けた。そしてAIを遮断し、運転ミスのように見せ掛けた。しかし、その様子を流雫に怪しまれ、逃走した。

 偶然居合わせた流雫の存在自体が、相手にとっては予想外だった。そして線路にまで追跡してきたことすら。ただこれで、逮捕された犯人から色々と判ってくるだろう。

 椎葉は目に付いた情報を走り書きする。

「新宮を殺したのと……同じ連中か……?」

と呟くと、無音のテレフォンブースに入りスマートフォンを耳に当てた。

「弥陀ヶ原、質問が有る」


 室堂父娘だけが残る取調室。話を切り出したのは常願だった。

「……流雫くんに何か有ったのか」

「……犯人に悪魔呼ばわりされた」

と澪は答える。

「やはりか」

「どうして、判るの?」

と問うた娘に、常願は答える。

「僅かな表情の違いだ。今の顔は明らかに、自分に何か有った時のそれじゃない」

 澪の中心に流雫が宿り始めた時から、彼女の表情に少しの変化が生まれた。護りたい、力になりたい……その想いを何時も抱えている。

「……流雫には、あたししかいないから」

その言葉が、澪を立ち上がらせる。どんなに身体に力が入らず、足が震えても。

 流雫は、地元の河月に味方がいない。そのオッドアイを不気味がられ疎まれていた上に、不可抗力でしかなかった美桜の死を、流雫が見殺しにしたと吹聴された。フランスに帰郷せず、河月でデートしていれば美桜は死ななかった、と。

 否、手を差し伸べようとした同級生も、いることはいた。しかし、流雫は拒絶した。彼が澪とアルスに依存するのは、孤独の反動……澪はそのことを知っていた。

 「流雫が悪魔だとしても、あたしは流雫を護る」

その言葉を放つボブカットの少女。

「前を向くのは大事だが、足下も見ろ。何時か掬われるぞ」

「……誰の娘だと、思ってるの?」

と言った娘に、父は漸く少しの安堵を手に入れた。何時もそこで切れる憎まれ口の続きは

「だから心配しないで」

だからだ。それは同時に、自身への戒めにもなる。


 臨海署の最上階の休憩室、その端に2人はいた。悠陽は椅子に座り、流雫は少し離れて立っている。互いにスマートフォンに目を向け、口を開くことは無い。

 最大の接点だったハズのEXCは、流雫のプレイスタイルが理由で除外される。唯一の接点は澪だが、特に流雫から聞き出すものも無い。悠陽にとっては暇な時間だ。

 悠陽はEXCのSNSを開く。池袋での話に絡み、4人に減ったアルバの動向が気になっていた。一方の流雫は、スマートフォンを耳に当てている。

「EXCも大概ディストピアだが、日本よりはマシだな」

と、通話相手は話を切り出す。母国フランスへの愛国心から日本をディスっているように聞こえるが、誰も反論できない。

「少しだけプレイしてみたが、特に不可解な点は無い。尤も、俺がビギナーだからだろうが」

とアルスは言った。

 このフランス人は寝る前、以前生成していたアバターで、2時間ほどプレイした。少し生意気なサイバー戦士として淡々とエネミーを倒していく中で、今日本で起きていることを思っていた。

 「でもフランスじゃ、日本のようなエグゼキュータの騒動にはならないと思うよ」

と言った流雫に、アルスは

「だろうな。ユーザの不利益になることを、EUが見逃すワケが無い」

と続く。

 EUは、域内全体の利益のためにと、USBの規格すら統一させるだけの絶大な政治力を持っている。エグゼキュータ発動の流れは、どんなにユーザ側に非が有ろうと黙っていないだろう。無論、UAC側も海外事業を展開する以上判っているハズだ。

 「減る一方の労働人口をAIで補填する。クリエイティブなもの、高度な専門知識を要するものは全てAIに置き換え、AIに使役される低コストの労働力を非正規雇用で流動的に調整する。そうすれば、労働問題は解決する上に採算性の向上も期待できる」

と言ったアルスに、流雫は続く。

「そのためにも、日本はAIの最先進国でなければならない。そして、栄光の剣が掲げる理念を支持する連中は、そのAIを使役するマスターとなる」

「大多数の人間がAIの奴隷になるが、それは時代の流れだ。今こそが攻めの時。……確か、エグゼコード自体に似たようなコンセプトの組織が有ったな」

とアルスは言う。

 前情報として、百科事典サイトでシリーズ全体の概要に目を通していた。既に、載ってある限りの情報は全て覚えている。

「それのリアル版が栄光の剣……?」

「似たようなものだろうな。EXC発のAIを軸に、ローエンド人生の大逆転劇を目論む動きは特に、コンセプトを模倣したと言える。フィクションと決定的に違うのは、あくまでも合法に、だがな」

そう言ったアルスは、

「日本はAIに対して緩いからな。俺としては、色々高みの見物といきたいところだが……お前がとばっちりを受けてる以上は、そう云うワケにもいかない」

と続け、溜め息をつく。

「仕方ないよ」

と流雫は答えた。

「EXCをインストールした時点で、逃げられないことは判ってた。逃げられないから、戦うしか無いんだ」

 全てがゲームの世界だけで完結するような問題なら、話は簡単だった。だが、ナンパ拒否を発端としたSNSでのアウロラ叩きや、オフ会に端を発する池袋での銃撃事件のように、事件がリアルに飛び火している。

 ……覚悟はしていたが、事件が凶悪化していることは、流雫にとって或る意味予想外だった。

 想像以上に複雑で厄介。アルスは呆れるばかりだが、同時に流雫が無事であるならそれでいい。

 その後も少しだけ続いたフランス語の通話が終わると、悠陽は漸く終わったかと思った。誰と何を話していたのかは知らないが、耳に馴染まない言語を聞かされなくて済むからだ。

 悠陽はSNSを一通り遡ったが、アルバに絡む話題は出てこなかった。池袋での一件を受けて大人しくしているのか、不気味な程に静かな印象を受ける。尤も、隣にいる少年も或る意味不気味ではあるのだが。

 「流雫、悠陽さん」

と名を呼ぶ声が聞こえる。2人に近寄る。助かった、と2人は同時に思った。


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