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第16話 因縁

 土曜日。新宿駅のバステで、ボブカットの少女は名古屋からの高速バスを出迎えた。最後に降りた2人の名を呼ぶ澪。

「詩応さん、真さん!」

それに

「澪!」

と2つの声が重なる。しかし、2人は違和感を抱く。彼女と一緒にいるハズの少年がいないからだ。詩応が問う。

「流雫は?」

「人身事故で足止めらしくて」

と澪は言った。

 約束通りの時間に間に合うよう、流雫は列車に乗った。しかし、前の列車が通過駅で人と接触し、八王子の手前で足止めされている。

 流雫が来るまで、新宿駅から動かない。詩応の提案に乗った澪は、バステの隣のカフェに入る。

 リアルで会うのは久々だから、普段の通話と似た話題しか無くても何倍も楽しい。流雫の他には結奈と彩花しか、同世代のフレンドがいなかった澪にとって、目の前の2人の存在は大きい。

「EXCのサーバ、未だ復旧していないんだっけ?」

と詩応は問い、澪はスマートフォンを見て

「ええ」

と答えた。

 サーバエラーの発生は日曜日の夜。しかし、土曜日の早朝になっても未だに復旧作業中だった。イベントで最も注目のコンテンツにとっては、試練としか言い様がない。

 真もEXCを始めたことで、3人の新たな共通の話題が増えた。久々にリアルで会った女子高生の話は弾むばかりだ。



 企業限定のビズデイを乗り切ったエクシスとUACのブースは、2日間のパブリックデイに挑む。

 サーバエラーを抱え、ゲームサーバを使ったコンテンツは展開できなくなった。代わりにシュヴァルツやプロデューサー、エグゼコードのキャストによるトークショーを拡充して乗り切ることになった。派遣業者から来た数人のコスプレイヤーも配置し、準備は整った。

 このイベントのヘルプが、エクシスでの最後の仕事となる。辞表を出したが、何も言われていないのは受理されたと云うことだろう。

 その椎葉に近寄る逢沙は、メディア用のパスケースを見せつつ

「この2日間が全てね」

と言った。

 EXCを巡っては、必ず一悶着起きる。そうブースでは厳戒態勢を敷いている。しかし、明日の午前中にはそれすら消し飛ぶほどの大きな発表が有る。尤も、その中身は何も知らされていないが。

 EXCについてと云うよりは、先日発表されたメタバースに関することだろう。EXCからの派生であれば、ゲームの範疇から辛うじてはみ出ない。発表するには最高の場だ。だからわざわざパブリックデイでの発表にしたのだ。

 関係は公表されていないが、今日明日の千代親子によるトークセッションが、2人にとっては最大の目玉。何を話すのか、或る意味楽しみだ。

「そろそろ開場ね。また連絡するわ」

と言った逢沙が会場の中心に消えると、椎葉はコーヒーを飲み干して踵を返した。


 30分前から動かない特急列車の端の席で、流雫は目を閉じ、ただ再び動き出すのを待っていた。それしか、他にすることが無い。

 昨夜はミーティアと話していたが、他愛ない話で盛り上がった。フェスで面白そうなものが有れば送る、そう約束している。

 不意にフェスが気になった流雫は、SNSを開く。開場したばかりのフェスに関する投稿がトレンドを独占していた。その一角にEXCに関する投稿も見られる。

 ……大規模サーバ障害に対する批判で、場内が騒然としている。開場から15分も経っていない。

 椎葉は難を逃れるべく、カンファレンスで知り合ったエンジニアがいるブースに顔を出して回る。逢沙は逆にEXCのブースに張り付き、騒動を速報で伝える。そして流雫は、彼女の投稿に目を通していた。

 急遽公開された最新のロードマップには、来週半ばまでにはサブスクプレイヤーから再開させると書かれてある。流雫のようなフリープレイヤーは、更に2週間近く掛かるようだ。とは云え、超が付くほどのライトユーザーである流雫は、別にどうでもよいが。

 この騒動は明日も続くだろう、と思いながら、流雫は目を閉じる。列車が動きだしたのは、その直後だった。


 流雫が合流したのは、当初の予定から1時間半以上遅れてのことだった。女子高生3人から同情された少年は、澪から奢られたラテを喉に流すと溜め息をつきながら、今日がイベント当日でなくてよかったと思った。

 流雫のスマートフォンが鳴る。ニュースの通知だ。

 流雫がとばっちりを受けた列車事故、その場で死亡が確認されたのはUACの従業員だった。

「UAC……!?」

流雫の呟きに、澪は眉間に皺を寄せた。単なる偶然とは思えない。それは、刑事の娘としての第六感だった。

 澪は、一連のことを詩応に話してある。真も詩応経由で少しばかり知っている。一方、アウロラこと悠陽については、彼女が襲われたことしか話していない。

 その悠陽と詩応が顔を合わせる事になるのは、避けられない。そして、相容れないどころか、一悶着起きかねない。ただ、澪が中心にいる限りは安心だろう。

「ひとまず、東京は久々だで、今日は色々回ろみゃあ」

と真は言った。それはそれとして、今は4人で平和に過ごしたい。流雫も、頭の片隅にニュースが残るが、3人と歩調を合わせることにした。


 シュヴァルツのトークショーは予定通りに始まった。フォロワーも集まり、ゲームの魅力を語っていた。

 ステージを下りたシュヴァルツ……千代は、逢沙の顔を見るなり

「EXCで戦ってみるか?ディードール……もといテルミルージュ」

と問う。

「サーバが復旧すればね」

と返したニュース記者は問い返す。

「……何故その名前を知ってるの?」

 自分の顔を高性能画像生成AIに通したとしても、そこから如何様にもカスタマイズできる。篭川逢沙は、確かに美人と呼ばれる顔をしているが、探せば数人は彼女に似たアバターもいるだろう。

 それなのに、何故熱と赤を意味するフランス語から設定した名前も含め、ピンポイントで特定されたのか。それが逢沙の疑問だった。

「人気者は辛いな」

と言った千代に、逢沙は言葉を返す。

「そうね。シュヴァルツに土を付けて優勝したから。しかも二度も」

千代は不意に逢沙を睨む。今でこそFPSの頂点に立っているが、逢沙が引退したから空いた椅子に座れただけに過ぎない、と評されている。それが癪に障る。

「……それが私を特定したアンサーになると思ってるの?方法が方法なら、大問題になるわよ?」

「方法?」

「例えば、栄光の剣の何者かが、私のユーザ情報を洩らした。性悪説に立てば、十分有り得るわ」

と逢沙は言った。専用SNSでも名前はテルミルージュと表示される一方で、アカウントそのものの登録名はディードールだ。非公開であるハズのユーザ情報を手に入れた、とするなら、その方法は一つ。内部からの漏洩だ。

 千代の目付きが更に険しくなる。……痛いところを突いた、逢沙はそう思った。

「……シュヴァルツに限って、そう指示したとは思わないけど。ただ、栄光の剣を巡る人事的混乱が、私の疑問の発端と云うことは事実よ」

と言い、逢沙は取材を理由に立ち去る。千代へのインタビューもしてみたいが、今はそれどころではない。

「今の、ディードールか……?」

と誰かが呟く。

 略さなければダンシングドール。その名の通り、目障りなほど動き回るフットワークの軽さは、ネットニュース記者になっても健在だった。否、リアルでのスキルがそのままゲームスキルに反映されたのか。

 相変わらず厄介な存在だ、と思いながら、千代はファンが差し出したサインペンを受け取った。

 ……AI信仰を隠れ蓑に私物化している黒幕がいる。シュヴァルツは理事長ではあるものの、一連の黒幕ではない。そもそも黒幕の資質は無い。

 面識が有る中では、寧ろ流雫の方が断然黒幕に向いている。逢沙はそう思いながら、未だ立ち寄っていないブースに顔を出すことにした。


 詩応と真のリクエストに応える形で、4人は東京のプチ観光をした。流雫と澪にとっても意外と初めての場所が多く、十分楽しめる。

 最後に東京駅前の広場に寄った4人に近寄る、2人の女子。

「澪!」

と呼ぶ声に振り返った少女の目に映るのは、結奈と彩花だった。

 「あ、流雫くんと……はじめまして」

と彩花が先に言う。それぞれが名乗り合い、互いに澪のフレンドなのだと判った。

「見掛けたから近寄ったんだけど……少しだけ……いい?」

と結奈は問う。流雫は無意識に頷く。その様子に、名古屋からの2人も続いた。

 ……2人が今日、幕張のイベントに行くことを知っていた流雫は、会場で何か有ったと思った。そうでもなければ、偶然見掛けたからと言ってわざわざこうして話すようなことは無い。

 仲がよいからこそ、知らせるべきことが有る。そう思っている流雫を見ながら、真は

「何も有れせんとええがね……」

と呟いた。

 2人が澪を解放したのは、3分後のことだった。そこで初対面の同性カップル同士連絡先を交換した。その様子を見ながら、澪は口を開く。

「……EXCのブース、少し危険みたい」

「やっぱりサーバトラブルの……」

と続いた流雫に、澪は頷く。

 シュヴァルツのステージは午前と午後で合計3回の予定だった。しかし、2回目のトークショーでオーディエンスがステージに乱入し、警備員が駆け付けた上に警察沙汰に発展した。

 動機はサーバトラブルに対する批判らしいが、これが原因で数人がシュヴァルツと一触即発となり、EXCのブースは急遽今日の残りのイベントをキャンセルした。

 その2回目に結奈と彩花が居合わせ、一部始終を見た。夜にでもメッセージを送ろうと思ったが、偶然見掛けたから近寄ったのだ。

「2人が無事なのが救いね」

と澪は言う。

 澪と云う接点が有るからなのか、はたまたEXCが接点なのかは知らないが、目の前で4人が打ち解けている。

 今日は2人無事だった。明日も誰一人、血を流さなければいい。澪はそう思うだけだ。

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