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第17話 炎上

 澪の家に泊まることになった3人は、二手に分かれることにした。詩応と真は澪の部屋で、流雫と澪はリビングだ。澪の母、室堂美雪も一気に賑やかになることは歓迎だった。

 澪の部屋で女子3人が話している頃、流雫はスマートフォンを耳に当てていた。

「遊べないのは痛いが、だからと暴動かよ」

とフランス語がスピーカーから流れる。

「それが日本だから」

と流雫は返す。アルスが言いそうな言葉を先に使った。

「まあ、お前が無事ならどうでもいいがな。ミオとシノも」

とアルスは言う。真は存在自体知らないから、名が上がらないのは当然だった。

 イベント中の事件は、SNSを通じてフランスでも話題になっていた。起きた経緯が経緯だけに、その異様さが先行する形で拡散されたのだ。

「だが、このシュヴァルツにとっては試練だな。アンバサダー、つまりは広告塔としてではあるがEXCサイド。サーバトラブルで怒りが頂点に達した連中の矛先が向けられた形だ」

「それがインフルエンサーの宿命、でもそれより恐ろしいのは……」

と流雫が言ったと同時に、澪が

「流雫!!」

と大声を上げてリビングに駆けつける。

「シュヴァルツが炎上してる……!」

その言葉に、流雫は目を見開く。アルスに言おうとした懸念が、先に現実になった。

 「シュヴァルツが炎上したらしい。ミオがそう言ってる。また話そう」

と言って一方的に通話を切った少年は、再度澪に顔を向ける。

「…何が……!」

「見て!」

と言いながら、澪はその画面を見せる。

 ……第一報は逢沙が寄越した。他愛ないメッセージの遣り取りの流れで、メッセージに貼られていたURL、そのリンク先は動画配信プラットホーム。そして、シュヴァルツのゲーム実況動画のアーカイブ、その個々に対するコメントが、1秒ごとに数件ずつ増えていく。その中身は、EXCでのチート疑惑に対するものだった。

「犯人、悠陽さんじゃないわね……」

と澪は言った。

 シュヴァルツのナンパを拒否しただけで標的になったのだ、彼女が洩らしたとしても逆に袋叩きにされるだけだ。3週間前なら未だしも、澪から味方と云う言葉を引き出させた今の悠陽には、炎上覚悟で漏洩させるだけの度胸は無い。それが引き金で澪が離れていくことが、何よりの恐怖だからだ。

「……他に内情を知るのは……」

と流雫は呟く。椎葉は知っているが、シュヴァルツを敵視する理由は無い。逢沙も、仮にスクープが欲しくてもそう云う愚行は出ないだろう。自分で起こした火災をスクープするような真似がもたらすリスクは、記者にとってあまりにも大きい。彼女自身、それは知っているハズだ。

 シュヴァルツを貶めたいのは、元からその存在をよく思わない連中。それもeスポーツでのライバルと云うよりは、そのカリスマ性が気に食わないだけだろう。後は……。

「……アルバ……?」

そう呟いた流雫に、澪は顔を向ける。そして、

「あ……」

と声を上げた。


 フラウが殺された池袋の事件を引き金に、アルバは解散した。崩壊と言った方が正しい。ナハトとの関係から、残った3人の怒りの矛先がシュヴァルツに向くのは当然の流れでもあった。

「フラウの仇討ち……?」

と澪は言う。

 ナハト以外のユーザは、フラウの下に集まっていた。そうしてゲームを進めるうちに、彼女自身に好意を寄せていたとしても何ら不思議ではない。

 ゲームがきっかけでそうなることを、澪は馬鹿にはしない。流雫とはSNSで知り合ったからだ。尤も、こうして恋人同士になることは、全く想像していなかったが。

「そのために、アルバがリークした可能性……」

「明日のシュヴァルツが気になるわね。何も起きないといいけど」

と澪は言う。その言葉は、自分を安心させるためだった。何も起きてほしくない、だから何度でも、そう言いたい。


 椎葉の家に上がった逢沙は、手早くシャワーを浴びた後でシュヴァルツのSNSをチェックする。昼間の騒動に絡んで、怒りの矛先が向いていないか気になったからだ。

 ……懸念した通りだった。コメント数の急増と反比例するフォロワー数の急減を目の当たりにし、思わず澪にメッセージを送った。

「椎葉が復旧を手伝えば、もう少し早く終わったかもね」

「ああ。ビジネスデイには終わってた」

と言葉を返す椎葉に、

「そう云うところ好きよ」

と言った逢沙。眼鏡を外す恋人は、ノンアルコールビールをテーブルに置く。明日も早く、アルコールは避けたかった。

「エクシスの運用体制、その弱点が如実に出た。皮肉と言うべきか、データベースだけは異常が無かったが」

「とは云っても批判は避けられない。あの騒動は言語道断だけど。シュヴァルツは自業自得ね」

と逢沙は言う。ただ、嘲笑う気は微塵も無い。

 チート行為は叩かれて当然のこと。しかし、昼間の騒動が頭を過る。池袋の射殺事件のようなことにならなければよいが。

 明日のことは明日、今は椎葉との時間を過ごす。そう思った逢沙は冷えた缶のプルタブに指を掛けた。


 主が去った部屋で平和な時間を過ごす、名古屋からの2人。

「……詩応にとっては、うちより澪だがね」

と真は言う。その言葉が、1歳上の恋人に刺さる。確かに、その自覚は有った。

「……アンタがいるのに、アタシは何やってるんだろ……」

「そう云う意味じゃあれせんで?」

と真は言葉を被せる。

「澪とは何度も一緒に戦ってきたで、2人だけの絆が有るでね。うちには判れせんし、邪魔もしんでよ」

 ……姉の詩愛を殺された、その悲しみと怒りに苦しむ詩応を助けたのは澪だった。詩愛の死の真相が判った春の夜、雨の新宿で抱きしめてきた澪に、詩応は希望を託すと決めた。そして、黒幕の思惑を打ち砕いた。

「うちの他にも拠り所が有る、ええことだがね」

と真は言う。

 依存と言えばそれまでだが、依存する相手がいるからこそ、人は立ち上がれる。真はそう思っている。詩応がまさにそれだからだ。

「澪も流雫も、大事にしなかんでよ」

「当然だよ」

と詩応は言い、微笑を見せた。

 今は護りたい人が増えた。恩人2人に牙を向けるなら、アタシが返り討ちにする。少し物騒だが、それがアタシにできること、詩応はそう思っている。


 4人で遊べることは楽しみ、しかしその一方で不安が拭えない。テレビも消した静寂なリビングで、澪は最愛の少年に肩を預けたまま

「流雫」

とだけ囁く。言葉は無くていい、ただこうしていられるだけで癒される。

 ……インフルエンサーが怖れるのは、カリスマ性を失うこと。特にシュヴァルツは動画配信で高い収益を上げているだけに、収入の断絶に直結しかねない。二重の恐怖が有るのだ。

 ただ、流雫と澪が怖れるのは、シュヴァルツに物理的な危害が及ぶことだった。チートは自業自得だとしても、それとチートが原因で襲撃されることは別だ。

 ゲームとリアルの区別がつかないが故の犯行は、容赦してはいけないもの。だが、明日起きても不思議では無い。……起きた時は、3人を護る。それだけのこと。なるようにしかならない、そう開き直るだけのこと。

「……澪」

とだけ名を呼んだ流雫に、最愛の少女は顔を上げる。その乾いた唇に、流雫は唇を重ねた。

「ん……」

ほのかな熱に、不安が微かに溶けていく。

 流雫が隣にいるだけで癒やされる、しかし不安は完全に拭えない。澪がキスを求めるのはそう云う時だ。流雫はそれに応えた。

「んっ、ん……んぅ……ん……」

 数十秒のキス、しかしその後で少し息苦しくなった澪は瞳を濡らし、最愛の少年を見つめる。視界を支配するアンバーとライトブルーのオッドアイに吸い寄せられ、不安が決意に変わる。

 何が起きたとしても、このキスを最後にしないと。

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