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第3話 柴崎七瀬という男

「ミラーといえば、茶色の小瓶なんかも有名だよね。CMにも起用されてるし、知名度高いんじゃない?」


 狼狽える私に構わず彼は喋り続ける。


「いつもここで練習してるけど、何かあるの? 大会とかコンテスト。てか、ソロの楽譜だよね、ソロコンかな?」


「……えっと、ヒガシさん…? 同じクラスだよね。あ、あと俺柴崎。柴崎七瀬 」


 マシンガントークの合間、さもついでのように彼は自己紹介をした。突然のことに驚いた私の顔はさぞ滑稽に見えたことだろう。


「……あ、えっと、私、アズマ 」


 あまりの質問責めだったから、やっとのことで答えたのは、私の名前についての訂正だけだった。


「そっか、ごめんな。アズマ…アズマね、覚えた 」


 彼は笑って答え、他の質問に対しての私の答えなどそれほど気にしていないようだった。そして彼が再び口を開く。


 彼の口から紡がれたのはまたしても質問だった。


「アズマは、音楽が好き?」


「うん。好きだよ 」


 この質問は簡単だ。はいかいいえで答えられるし、何より、好きでないならこうやって吹奏楽を続ける理由もない。でも、



――でも、次に彼から問われた質問に、私は心臓を鷲掴みにされた。



「なんで?」



「………………え?」




 答えられなかった。

今度は彼のマシンガントークに、気圧されたからではない。

言葉が出てこなかった。


 音楽が嫌いなわけではない。嫌いなわけない。でも、「好き」の理由になり得る言葉がどこにも見当たらなかった。

 どうして?なんで?頭の中で自問自答を繰り返しても出てくるはずもなく、


「ごめん、わかんないや」


 それしか返せなかった。


「そっか」


 彼はまたしても笑ってそういうと、


「あ、もうこんな時間だ。部活入ってないやつって、下校時間早いんだよな」


「じゃあ、また。」


 私の返事なんて気にせずに、さっさと帰って行った。


 彼は猫のように気まぐれで、どこかつかみどころのない人だった。





 帰ってからも、彼の言った問いを思い出した。それは鉛のように重く自分の心に沈む。

 はっきりさせなければいけないわけでもないのに、明らかにしなければならないと、頭の中で誰かが言う。


 その日の夜は目が覚めて、遅くまで眠れなかった。


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