あの衝撃的な質問をされた日から何日も経った。
彼に言われたことを幾度も反芻して、朝も、昼も、夜も、考えを巡らせてみたものの、未だその答えを見つけられずにいた。別に好きな理由なんてなくても吹奏楽は続けられるし、なんて、そう考えたこともあったが、今まで考えたことがなかった故の反動なのか、この問いが脳裏をよぎり考えずにはいられなくなる。
今日もまたそんなことを悶々と考えながらクラスの扉を開けた。
私の席は扉側の1番前の席。「アズマ」で出席番号は1番なので、学校は変われど小学生の頃からこの席とは長い付き合いだ。
ふと気になってチラッと左後ろの方を見る。かの柴崎くんの方だ。放課後のあのテンションはどこへやら、彼は今日も教室の後ろの自分の席で、何をするでもなくぼーっとしているだけだった。
「変な子」
まあ、失礼だけど、そう思わざるを得ないだろう。何せ彼には謎が多い。クラスではほとんどの人が彼の声を聞いたことがない上、聞いた話によれば、彼は高校に上がると同時に、遠い県から引っ越してきたらしい。多かれ少なかれ地元の同じ中学から入学した人がいる私たちと比べて、彼は本当の一人ぼっちだった。
「お、今日は宝島? 吹奏楽の定番じゃん。アンコールとかでよく使われるやつ。だよね?」
また来た。
冷たいと思われるかもしれないが、教室にいても喋らない人が放課後になると、突然話しかけてくるのだ。 毎日のように来るからもう慣れはしたが、戸惑わされるこちらの気持ちにもなって欲しい。しかも早口だし。これでは音楽オタクだ。いや音楽オタクなのか。
……本当に今朝の人と同一人物だろうか。
そんなことを思っていたら、ふとある疑問が頭に浮かんだ。
「柴崎くんは、どうして吹部に入らなかったの?」
まあ、我ながら当然の疑問だろう。音楽の知識もさながら、嬉しそうに人に話す姿は、どう見ても音楽好きのそれだ。なのに彼は吹奏楽部に所属していない。私に話すだけ話して、部活の途中で帰っていく。
柴崎くんは黙ってしまった。
私は、いつもの彼からの質問攻めのお返しができたと、内心、してやったりという気分だった。
暫くして彼が口を開く。
「俺には才能がないから」
そう言った。
私は最初、楽器はあまり上手くないから、という意味でその言葉の意味を捉えた。けれど、その妙に含みのある言葉が腑に落ちなかった。
「それじゃ、俺帰るから。頑張ってね」
私が彼の言葉の意味を探っている間に、彼はまたさっさと帰り支度をして、足早に去ってしまった。
「俺には才能がない」
本当に彼は心に引っかかる言葉を残すのが得意だ。
その日は、家に帰って夕食を食べ、風呂に浸かったらすぐに寝室へ向かった。1日の疲れに加えて、彼の言葉を考えていたから、もっと疲れた。
ベッドに横になると、すぐに睡魔がやってきた。
その夜、私は夢を見た。暗い夜が地平線に帰り、暖かな太陽が昇る。
オレンジ色の太陽に手を伸ばしたけれど、触れることはできなくて、私はまた深い眠りに落ちた。
ふと、目を覚ました。
瞬間、目に飛び込んできたのは一面の蒼。
私は飛び起きて辺りを見回す。
――そこには、見渡す限りの青草が広がっていた。