見渡す限りの草原。上を見上げると、これまた広大な星空が空間を埋め尽くすかの如く広がっている。そして、その星空のど真ん中には、ぽっかりと穴が空いているのかと見間違えるほどに丸い月が浮かんでいた。
目がすっかり覚めるほどに美しい光景だったけれど、月の浮かんだ星空と、草原以外には他に何もなくて、どこか不安になるような場所だ。
「ここ、どこだろう。……夢?」
その現実離れした景観に、案外冷めきった感想しか出てこなかった。しかし、夢にしては、手に感じる草の感触が妙にリアルだったので、何度か私は自分の頬を叩いた。
「痛い…… 」
普通に痛かった。まあ、ここが夢の中だったとして、夢の中で自分の頬を叩いたことで目が覚めるかどうかは怪しいのだが。
私は少しの間、この景色を眺めていたが、そうしていたところで何が現れる訳でもなく少々暇になってきたので、周辺を散策してみることにした。しばらく歩いてはみたものの、何ら変わり映えのない景色の連続で、もう諦めて夢から覚めるのを待とうと心が折れかけたその時、
チリン……
乾いた鈴の音が空間にこだました。
驚いて後ろを振り返ると、そこにいたのは、白いうさぎだった。
しかも普通のうさぎより二まわりは大きく、後ろ脚を踏ん張って二足歩行で立っている。首には赤い紐で括られた鈴をつけて、鼻をヒクヒクさせながらコチラを見ていた。――すると次の瞬間、
「お待ちしていた。東英江殿」
喋った。
「う、うさぎが……?!」
謎の空間の次は、喋るうさぎ。次から次へと体験するおかしな事象に、もう頭がクラクラしてきた。
「突然のことに驚いているかもしれないが、私の名前はうさぎではない。シロだ」
やはり聞き違いではなかったようだ。紛うことなき日本語をそれはそれは流暢に喋っている。
「どうしてうさぎが喋るの…… 」
「だからうさぎではないと言っているだろう。うさぎは喋らないかもしれないが、私はシロだ。シロは話せる。どうして喋るのと言われても困る」
「はあ、そうなんですか」
うさぎに反論されることなど、人生でそうあるものじゃないだろう。というか、普通はないだろう。私にはもう言い返す気力もなく、うさぎ改めシロの理論を受け入れることにした。
「あの、シロ……さん。ここはどこなんですか?夢?」
「ここは夢ではない。かと言って元々貴殿のいた世界でもないが。詳しいことは屋敷についてから話そう。他にも人を待たせてあるのだ」
夢じゃないなら現実でもない? 屋敷とは? 他にも人がいるの?
問題を解消しようとして問うた質問が、何倍もの疑問を運んで戻ってきてしまった。
シロの後ろに付いて、3分くらいだろうか、またもや変わらない景色のなかを進んでいく。この景色にもそろそろ飽きてきて、足元のシロの尻尾を見つめながら歩いていると、シロから声がかかった。
「着いたぞ」
尻尾から視線を離し、上を見上げる。
レンガ造の豪奢な外壁、深緑の屋根、十字の格子のはまった窓、小さなバルコニー。
私は無意識に息を呑む。
今まで何もなかった草原の中に、ポツリと現れたのは、童話の中に出てくるような、大きな大きな屋敷だった。