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第8話 目覚め

「ふぁぁ……」


 屋敷で「原点」のヒントを探し始めて、早くも1時間が経ったが、この屋敷は妙に暖かい。私は眠気を催して、ひとつ、欠伸をした。


 まだヒントらしきものは見つけられていないが、この屋敷にはアンティーク調の置物なんかがたくさん置いてあって、小一時間の探索にも飽きはしなかった。


 私は、ホールの階段から上に上がってすぐの、二階の部屋を調べていた。ドレッサーの引き出しを調べていると、鏡に2人の女の子が写っていることに気づく。


 ――確か、藤本さんと春城さんだ。


すると、片方の女の子――藤本さんが、春城さんを背後に、私に話しかけてきた。


「ねえ、えっと、ハナエさんだよね?」


「うん。そうだけど、どうしたの? 何か見つけた?」


「ううん。こっちは記憶にあるようなものはなんにもなくて。特には用事ないんだけどね。ほら、ハナエさん高一だし、私たちと歳近いなって思って。仲良くなりたくて!」


 やはりこの子は活発な人柄のようだ。初対面同然の私に、緊張する様子もなく話しかけてくる。

断る理由もなかったので、私は彼女の申し出を快諾した。ここで会う機会も増えるかもしれない。仲良くしていた方が雰囲気もいいだろうし。


「そうだね、私も同じくらいの歳の子がいて嬉しい。よろしくね。藤本さん、春城さん」


「亜紀でいいよ! 私もハナエちゃんって呼ぶね」


「私も、灯子でいいです。よろしくお願いします」


 灯子の方も、挨拶をしてくれた。引っ込み思案ではあるけど、悪い人ではないみたいだ。

2人と少し距離が縮まった気がして、嬉しい。それに、こちらの世界での新しい友達なだけあって、安心感もあった。


 すると、亜紀が部屋の隅に置いてあった棚を見て、「あ、」と声を漏らした。


「ハナエちゃん、この棚、いっぱい本が置いてあるけど、なんか一枚だけCDが挟まってるよ。こんな所にあるの、変じゃない?」


 本当だ、さっきまで気づかなかったが、本がずらっと並んでいる中、ポツンと一枚だけCDが収納されている。私は、それを手に取って題名を見ようとした。



その時、突然視界が眩い白い光に包まれた。



 ――しばらくして、私が思わず閉じた目を開けると、ある光景が見えてきた。昔のビデオテープのような、ぼやけたような景色だった。ところどころ、ノイズが走って、少し見づらい。

 よくよく見てみると、それはある家庭の風景のようだった。


 小さな男の子がヘッドフォンをかけて、音楽を聴いている。男の子は楽しそうに体を揺らしリズムにのっていた。隣には男の子の母親と思しき女性が座って微笑んでいる。


一際大きいノイズが走り、場面が変わる。


 今度の舞台は、街中の楽器店だった。男の子は両親に連れられ、店のショーウィンドウに並べられた楽器を見つめている。彼が見ていたのはサックスだった。目をキラキラさせ、食い入るような視線を向けている。


 私はいつしかそれを夢中になって見ていた。何故だろうか、名前も知らない男の子のことなのに。


 再びノイズが走る。今度は激しく。

ザザ…ザザザ………ザーーッ


「……ちゃん、………エちゃん……」


ザザーーッ


「ハナエちゃん!」


 ハッとして目を見開いた。声のする方に顔を向ける。


「どうしちゃったの? いきなりCDを夢中で見つめてたよ。声かけても全然反応ないし!」


「心配した……」


 さっきの声は2人のものだったらしい。


「ごめん、ちょっと眠くて。ぼーっとしてた」


 彼女らをこれ以上心配させたくない。私は、先ほどまで見ていた景色のことは黙っておくことにした。


……一体、さっきのはなんだったんだろうか。


「みんな、そろそろ一旦集まらないか?」


 梶原くんが声をかけたことで、私たちは再び集まることになった。



「みんな、何か気になるものとか、心当たりのあるものとか、見つかった? 俺はなんにも見つけられなかったんだけど」


 梶原くんがそういうと、殆どの人が首を横に振った。亜紀、灯子に加えて、遠山さんもだ。


 ……牧さんと私だけは何かを見つけたようだった。


牧さんが中々話さなかったので、私がCDを取り出した。


「私はこんなもの見つけた。部屋の本棚にこれだけCDが置いてあって、変だなって思ったの。でも、心当たりっていうか妙に気になっちゃって……。でも、それだけです」


 私が話し終わると、


「私はコレ、見つけた」


 そう言って牧さんが取り出したのは、キーホルダーだった。それも、ハートの形を半分に切った側のようなものだ。いわゆるニコイチなるキーホルダーだろう。ハートの上部には、クマが乗っており、可愛らしいデザインになっている。


ただ、これが牧さんの物だとすると、彼女の印象には少々合わないような気もする。


「これは小部屋にある戸棚の引き出しから出てきたんだ」


「何か心当たりは?」


 遠山さんが訊くと、牧さんはこう答えた。


「これは、私が高校生の時の友達とオソロで買った物なんだ。ニコイチになってて、2つ合わせられるみたいなヤツ。まあ、別々の大学に入ってからは一回も会ってないし、忘れかけてたんだけど……。あ、でもこれ、私が持ってた方じゃないや。あの子が持ってた方みたい」


 彼女がキーホルダーを摘み上げると、裏に小さく何か書いてあるのを見つけた。目を凝らしてみる。

それはイニシャルだった。おそらくその友達のものだろう。


「あ、ここにイニシャル彫ってありますよ。ほら、M.Kって」


「あれ、ホントだ」


 すると、今度は亜紀が質問した。


「お友達、なんて名前なの?」


「…………」


 急に牧さんは黙ってしまった。どうしたのだろうと、その場のみんなが思っていると、


「……思い出せない。おかしいな、高校生の時って言っても3,4年くらいしか経ってないはずなのに。ごめんね」


 そう言った。


――結局、その日はキーホルダー以外のことは見つけられなかった。


暇になってしまった私たちは、適当な雑談をして、時間を潰していた。


 その間も私の頭には、たくさんの疑問が渦巻いていた。

 潜在意識だというこの空間のこと、牧さんの忘れてしまった記憶、そして、CDから発せられた謎の景色。

未だに夢ではないかと疑ってはいるが、夢にしてはやはり濃密すぎる内容だ。


 ふと、窓の外を見ると、さっきまで空高くに浮かんでいた月が傾いてきていた。地平線に沈もうといている。太陽もあるのだろうか、辺りも少し明るくなってきた。

屋敷の中に視線を戻すと、


「っわ……!」


 いつのまにかシロが現れていた。

彼? 彼女? はいつも突然現れる。この先心臓が持つだろうか。そう考えていると、シロは話し始めた。


「コホン。貴殿ら、窓の外を見てみるがよい。月が傾き、辺りも明るくなり始めた。この屋敷に貴殿らが滞在できるのは月が昇り、星屑が煌めいている夜の間のみ。今日はもうお帰りいただく時間だ」


 シロはそう説明するが、私たちからしてみれば、勝手に連れてこられた上に帰れと言われているのだ。もう少し言い方に配慮は出来ないのだろうか。


「帰るって言っても、どうやって帰ればいいんですか?」


 少しの怒りも込めてそう訊くと、シロは手を3回叩いた。

 すると、2階にある7つのうち6つの扉が開かれる。


「貴殿らは1人ずつ、各々の扉から現実世界に帰ることができる。出る時は、目を瞑り、自分の家を想像するとよい。すぐに元の世界に着くだろう」




 シロに促され、各自が扉の前に立つ。


「それじゃ、またね」


 そう言った亜紀を皮切りにみんなが扉を潜っていった。


 扉の先にはさっき探索した時と打って変わって、暗闇以外何もなかった。少し尻込みしたが、私も意を決して、目を瞑り、――扉を潜った。



 次に目を開けると、私は自室のベッドに横たわっていた。

 本当に戻ってきたんだ。と、そう考えながら、さっきまでのことを思い返す。シロのこと、屋敷のこと、亜紀たち5人のこと。


……彼らは今どこにいるのだろう、私の夢じゃ無いといいな。


 そんなことを思うと、私は起き上がり、また一つ、欠伸をした。

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