月影の館から戻ってきた日。この日は平日だったが、高校の創立記念日で、学校は休みだった。
急ぐ必要もないので、ゆっくりと朝の支度を済ませて、朝食を食べる。両親は仕事。兄弟姉妹もいないので、家には私1人しかいない。1人でいるのは苦では無いけれど、最近は柴崎くんのことに館のことと、考えることが多い。1人でいると、そう言った考え事に耽ってしまうので、どうも良くない。
考え事ができないようにテレビを付けると、朝のニュース番組に、ゲストでとあるアイドルが出演していた。確か、最近オーディションでメンバーが決まったたらしい。オーディション風景も動画配信サイトなどで配信されていて、今特に流行りのグループだ。
……特に興味がある訳ではないけど。
私はテレビを垂れ流したまま、食事を済ませた。
部屋に戻ると、机の上に置いてある黒いケースが目に入る。昨日学校から持ち帰った、クラリネットだ。 私は今年のソロコンテストに応募しようと思っている。学校でも、先輩に練習を見てもらっているので、カラオケにでも行って練習しようかと思っていたのだが……。
やはり柴崎くんの言葉が気になって、練習も手につかない!
彼の質問に答えられなかった自分が、本当に楽器を続けていていいのだろうか、とか、他にやりたいことがあるんじゃないかとか自問自答が止まらないのだ。
私は一度開けたケースを閉じて、また元の場所に戻し、代わりにスマホを手に取った。
――数時間後、私は密集するビルを見上げていた。あの後、クラリネットの練習を諦めた私は、友達に声をかけてここ、S区に遊びに来たのだ。
彼女は
「珍しいね、英江が突然遊びに誘うなんて。今日は部活じゃないんだ。流石に記念日だもんねー」
「うん。本当はカラオケ行って楽器の練習するつもりだったんだけど、ちょっとやる気無くなっちゃって」
それからは、お互いの学校のこと、最近のことなど、久しぶりの会話を楽しみながら、店を回った。
お昼もまわって、何か食べようかと、冬流と話していると、後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、少し離れた場所を、2人の女の子が通り過ぎていった。
――亜紀と灯子だ。
2人は私には気づかず、何か喋りながら、大通りの方へ向かって行った。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
驚いた。彼女たちもこの辺りに住んでいるのだろうか。それにしてもすごい偶然だ。
それに、彼女たちも学校は休みだったんだろうか。
――いや、それよりも昨日のはやはり夢ではなかった。戸惑いはまだ残っているが、彼女らが本当に存在することを確かめられて、少し、嬉しいと思ってしまった。
しかし、そんな考えも、冬流の明るい話し声によって掻き消された。
「そういえばさ、こないだ久しぶりに片付けしてたんだけど。そしたら、アルバムが出てきてねー。昔英江と遊園地行ったじゃん? その時の撮った写真が出てきたの」
「もう、何年も前の話だからすっかり忘れてたよ。記憶がバーっと蘇る感じ? 懐かしいなぁ」
「あー、懐かしいね。あの時冬流がさ、ジェットコースター乗って半泣きになったのも覚えてる?ほんとあの時の顔って言ったらさぁ」
「ねーもう! 何年も前の話でしょ。今は乗れるから!」
冬流の言葉を皮切りに、思い出が蘇っていき、私たちは懐かしい思い出話に花を咲かせた。
時間が経つのは早く、お出かけを満喫した私は冬流と別れ、家路に着いた。
――楽しかったな。冬流と遊園地行ったのなんて何年も前の話だ。懐かしい。
ふと、私は彼女の言葉を思い出した。
「記憶がバーっと蘇る感じ? 懐かしいなぁ」
「記憶」、「アルバム」……?
ハッとした。あの屋敷で見つけた、CDやキーホルダー、いわゆるヒントらしき物たちは、アルバムのような役割をしているのではないか。
そして、牧さんの断片的な記憶。アルバムであるヒントを見つけていくことで、記憶が蘇っていくのではないか。
そういうことなら、牧さんが持っていた
それなら、あの屋敷にはもう片方のキーホルダーがあるはず。
その考えでいくと、あのCDの景色は、誰かの記憶……?
私が見つけたのだから、忘れているだけで、私の記憶なのだろうか。それにしてもあの男の子は一体……?
「はぁ……」
ダメだ。複雑すぎる。疲れてきた。
家に着くと、そのままリビングの椅子に座り込み、突っ伏してため息をついた。
そして再びCDが私に見せた景色を思い出す。
あの景色で、男の子は終始嬉しそうな、楽しそうな顔をしていた。家で音楽を聴いている時も、店でサックスを見つめている時も。
よほど音楽が好きなのだろう。あの、愛おしげな顔がまぶたに張り付いて離れなかった。ただ真っ直ぐに純粋に音楽を愛している顔。
案外ああいった小さい子の方が、物事を好きになった理由も知っているのかもしれない。
ふと、テレビを付けてみる。映し出された番組では朝と同じアイドルグループの特集が組まれていて、メンバーがインタビューを受けていた。オーディションを受けた時の気持ちやアイドルという職業に対する使命感など、訊かれたメンバーは生き生きと答えてゆく。
――どこまでも夢を追いかけて、それを掴み取った彼らなら、自分の「好き」という感情の理由も理解してるのだろうか。
私はぼーっとそんなことを考えていた。