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第10話 嚆矢

――――――



 ――昔から、何に対しても興味が湧かなかった。いや、違うな。好きなものならあったんだ。でも、何をしても続かなかった……。


 ある時、1人の女の子に出会った。やる気があって、積極的で……。憧れた。自分もあんな風に、自分がしたいことを見つけたい。


……でも、ダメだった。あの子は私を置いて行った。一緒に夢を叶えようって約束したのに。

 今じゃあの子の名前すら思い出せない。


………………私には、何もない。




――――――




 冬流と出かけた日の夜、私たち6人はまた、月影の館に集まっていた。


「やっぱり、眠った後にここに来れるっていうのは本当だったんだな」


「またみんなと会えて良かったよ。昨日は大した話できなかったし!」


 みんな(といっても、よく喋るタイプの梶原くんと亜紀くらいだが)が口々に再会を喜ぶ。


 会話がひと段落し、ざわつきが収まったころ、私は昨日のことを思い出した。


――「ヒント」とアルバム、それから自分たちの記憶についての関連性。


私は昨日考えた自身の推測を、他のみんなに共有した。


「……っていう訳で、シロの言うヒントっていうのはアルバムみたいなもので、それを見つけるたび、記憶を取り戻していくんじゃないかと思ったの。だから、牧さんの断片的で抽象的な記憶もヒントがまだ見つかりきってないことが原因なんじゃないかな。

それから私たちにも……もしかしたら、失った記憶があるかもしれない」


 私が説明をし終わると、みんなは黙って考え込む。

私は少し気まずくなって、何か言おうと口を開きかけた時、遠山さんが恐る恐るといった様子で、手を挙げ、話し始める。


「確かに、シロさんの言ってたヒントがアルバムの役割を担っているんじゃないかっていうのは的を射てるんじゃないかな。僕も賛成。でも、僕失った記憶なんてあるかな。ちゃんと以前のことも覚えてるし」


 すると今度は梶原くんが口を開く。


「うん。俺も記憶が飛んでるみたいな感覚はない。でも、もしかしたら忘れたことすら忘れてしまったっていう可能性もあるね。どちらにせよ、ヒントを探すっていうのは、人の記憶を掘り起こすことと同義みたいだ。あんまりいいことじゃないけど……。でも、そうしないと俺たち、夜を永遠にこの屋敷で過ごすことになるかも」


「あ、そっか……。みんなと会えたのは嬉しいけど、ずっとこのまま屋敷と現実を行ったり来たりするのは普通じゃないよね。いつかは普通の生活に戻らなきゃ。それに、忘れてることがあるなら、忘れたままっていうのもモヤモヤするし……」


 灯子もそう答える。


「覚悟決めて、みんなで一緒に記憶を探すのがいいと思うんだ。みんなが記憶を探して、みんなが記憶を曝け出す。そしたら全員同罪だしね」


 梶原くんが苦笑いでそういうと、みんなも頷く。


「それじゃあ、記憶探しがんばろ!」


 そうして、亜紀の一言で私たちはまた、屋敷捜索に入った。


 その後私は、屋敷2階の東側にある三つの部屋のうち1番右端の部屋を探していた。今日は最初から亜紀と灯子も一緒だ。私は、3段になっているキャスター付きの棚の中、亜紀と灯子は2人でクローゼットの中を探している。


 私は、ふと、昨日2人をS区で見かけたことを思い出して、彼女らに尋ねた。


「そういえば、私昨日学校の創立記念日でね、学校休みだったからS区まで出かけたんだけど、2人のこと見かけたんだよね。近くに住んでるの?」


 すると、彼女たちは狼狽えた。何かいけないことを訊いてしまっただろうか。


 亜紀は、何かを隠すような不自然な素振りで、


「そ、そうなの。ハナエちゃんも住んでるところ近いんだね。奇跡じゃん! 学校、うちらも休みだったんだ」

とだけ、答えた。


 私は亜紀の不自然なほど明るい声に、少し引っ掛かりを覚えたものの、それ以上のことは詮索することはできなかった。


 すると、下の方から誰かの声が聞こえる。


「おーい、ちょっと気になるもの見つけたから降りてきて欲しいんだけど」


 梶原くんだ。

 私たちは、探索を中断して、一階の広間にあつまることになった。


 梶原くんが見せたのは、額縁に入れられた一枚の絵だった。枝に止まった、青い小鳥の絵。小鳥の羽なんかは細かく描き込まれていて、繊細でとても美しかった。


「これなんだけどさ、裏に、ほら」


 そういって裏面を見せると、そこには「牧凛」と名前が書いてあった。


 全員の視線が牧さんに集まる。


当の牧さんは、驚き、狼狽えた様子で、顔を引きつらせていた。


「牧さんは何か覚えてる?」


 梶原くんが訊く。


 牧さんは苦虫を噛み潰したような顔で、しばらく黙っていたが、ようやく、渋々といった感じで話し出した。


「それは、私が高校の美術部に所属してた時に描いた絵だよ。同じ時期に、私の友達が描いた絵が絵画コンクールで入賞してね。……あのキーホルダーの持ち主だよ。相変わらず名前は思い出せないけど。あの子の絵は有名な画家の目に止まって、そのままその画家に師事して留学したんだ。あの子とはそれっきり。だからあんまりいい思い出ないんだよね」


 彼女は、イラついたような、諦めたような、複雑な顔をしていた。彼女がこんなに感情を露わにするのは初めてかもしれない。


「空気悪くしたよね、ごめん」


「こちらこそ、話してくれてありがとう……ございます」


 牧さんは雰囲気が悪くなってしまったと謝ったが、梶原くんは、嫌なことを思い出させてしまったと気まずそうだ。


……やはり覚悟を決めると言っても、嫌な記憶を取り戻すのは、取り戻す側も取り戻された側もいい気分はしないものだ。


「ね、ねぇ。記憶探しもひと段落ついたことだしさ、ちょっと休憩しない? お話とかしてさ。みんなのこともっと知りたいし」


 このなんとも言えない空気を破って聞こえてきたのは亜紀の声だった。この空気を変えようとしてくれている。ナイスだ。心底そう思った。


「ぼ、僕もいいと思う。気分転換にもなるしね!」


 遠山さんも努めて明るく振る舞おうとしてくれている。


「みんなは、ここで話してて。私は……1人になりたい。ごめんね。まだちょっと気持ちの整理ついてなくて。少ししたら戻ってくるよ」


 牧さんは、申し訳なさそうに、2階の一室に籠ってしまった。

仕方なく、一旦私たちは、5人で休憩を取ることにした。



「ええー! ニチネイ? 食品大手じゃん。お兄さんすごいんだね。頭いいんだ」


「いやぁ、そんなこともないよ」


 あの後、私たちはみんなのことを知ろうという名目で、自分たちのことを話すことにした。


 今は、遠山さんの会社の話だ。彼は大手の食品企業で広報を担当しているらしい。

亜紀と遠山さんは先ほど同じアイドルグループの話で盛り上がってから、意気投合したようだ。それにしても遠山さんが可愛いもの好きとは意外だ。


 みんなが盛り上がっている間、私はこの空気を壊すことを恐れて、1人でさっきの牧さんのことを考えていた。


 やはり、お揃いのキーホルダーを買うほどだったのに、友人との思い出が思い出したくない記憶になってしまったのは、友人に先を越されてしまったからなのだろうか。


……なんだろうか。もっと……もっと他に何かある気がする。


 例えば、牧さんとその友人がライバル同士だったとして、牧さんは置いていかれたことに恨みを持つほど情熱的なタイプなのだろうか。……まあ、これは偏見だと言われてしまえばそれで終わりなんだけれど。


それにもう一つ引っかかることがある。


 昨日、キーホルダーの件のときは、イニシャルが友人のものだということを思い出したはずなのに、不機嫌さを見せなかったことだ。それが今日、あの絵を見た時には明らかに嫌そうな顔を見せた。 


 同じ友人についての記憶であるあの二つのアイテムの違いはなんだ?


 友人が先に夢を掴んだこと以外に、彼女が思い出したくないと、忘れてしまいたいと思った記憶があるんじゃないか?





ドォォォォォォォォン…………!!!




 何かが分かりそうになったその瞬間、地を這うような轟音が、突如鳴り響いた。


「きゃぁぁ!」


「なんの音?!」


「何が起きたの?!」


 みんながパニックになる中、私は、音の出どころである2階を見上げた。


2階は何かが崩れたのか、ものすごい量の砂埃が舞っている。


私たちが緊張と恐怖の詰まった眼差しで見つめる中、徐々に砂埃が晴れてゆく。


 薄れゆく砂埃の中に




………………私たちは、妖しく揺れる獣の影を見た。

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