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第11話 喰魔

――――――




 あの5人が雑談をしている間、私は部屋にこもって、あの梶原くんという子に渡されたこの絵を見つめていた。これは油絵で描いたから、触れると絵の具の凹凸がよくわかる。


「はぁ……。あんなに感情的になって、私らしくもない。みんなには悪いことしたな」


 覚悟を決めようってついさっき約束したっていうのに。この絵を見ると、あの子のことを思い出して、どうも気分が落ち着かない。


気持ちを落ち着かせるためにわざわざ1人になったんだ。この絵は一旦忘れよう。


そう思い、絵が見えないよう裏返す。


 ――すると、額縁の枠と、裏板の間に何か挟まっているのが見えた。


「なんだろ、これ」


 私は、裏板を止めるピンを外して、挟まっていたものを引っ張り出した。


 出てきたのは一枚の写真。高校の制服を着た……私? とそれからもう1人は…………あの子だ。


 瞬間、忘れていた記憶の波が押し寄せる。頭が割れるように痛い。


「約束だよ、凛。一緒に画家目指すんだから!」


 あの子の声だ。


「嫌だ、思い出したくない」


「あの子は私を置いて行った。あんな奴のことなんか……」


 頭を抱え私は必死に記憶を拒んだ。


すると、さっきまで白い光を放っていた記憶の波はその輝きを失った。たちまちそれはドス黒い色に変化していく。

 記憶を拒み足掻くほど、そのドス黒さは私に絡みつき、私を呑み込んでいく……。


 ――ついに、私は意識を手放した。



「嘘つ……き……」



――――――



 けたたましい轟音の後、晴れた砂埃の中から姿を現したのは、巨大な獣だった。


 その体色は禍々しくうごめいて、瞳は怪しく光っている。鳥のような形をしてはいるが、なんとも名状し難い姿だ。化け物と言っていいだろう。

周りには、突き破って出てきたであろう扉の残骸が散らばっている。


 化け物は私たちの姿を見留めると、メキメキと言わせながら、階段の手すりに足を掛けようとしている。


………一階に降りてくる気だ!


「逃げろ、外だ!」


 意識が戻ってきたと同時に、梶原くんの声が響いた。

その声に、みんなも我に帰り、一斉に扉へ向かって走り出す。

 私たちは必死に扉の取手を掴み、重い扉をなんとか開けようとするが、化け物は手すりを壊し、降りてきてしまう。


「開いたよ!」


 人1人が入れる隙間が開き、我先にと外に転がり出る。

その間にも化け物はこちらに近づいてくる。


――化け物のくちばしが挟まるすんでのところで、扉はガァン……と重い音を立てて閉じた。


 私たちは扉が閉まったのを確認すると、力が抜けて、その場にへたり込んだ。


突然のことに、泣き出したり、頭を抱えたり、まさにパニック状態だ。

梶原くんが、なんとかみんなに声をかけるも効果がない。収拾のつかない状況とはこのことだ。


 ――それに、一旦は難を逃れたものの、扉の内側からは、ドンドンと鈍い音が聞こえる。恐らく中から、化け物が扉を壊そうと、あの太いくちばしを打ちつけているのだろう。あんなのに攻撃されたら、ひとたまりもない。


 すると、泣き出した灯子の背をさすっていた亜紀が何かに気付いた様子で焦り出す。


「牧さんって、部屋にこもりきりだったよね?! どうしよう、中にはあいつがいるのに!」


 私もさっき化け物が出てきた時のことを思い出す。


「それに、確か化け物が出てきた部屋って……牧さんが入って行った部屋じゃ……?!」


 まずいことになった。それじゃあ、牧さんはあの化け物に襲われた可能性が高い。アイツは一体なんなんだ。


「牧さんのこと、助けに行かなくちゃ!」


 こうしてはいられないと、亜紀が立ち上がる。

しかしそれを止めに入るように、遠山さんが立ち塞がった。


「ちょっと待ってよ! 助けに行くってどうやって? 中にはあの化け物がいるんだ。あんなのに見つかったら今度こそ死んじゃうよ」


「でも……、どうしたらいいの!」


 助けに行きたい気持ちは山々だが、遠山さんの言っていることも事実だ。私たちはみんな黙りこくってしまった。


チリン…………


 突然、乾いた鈴の音が聞こえた。私がここにきた時に聞いたのと同じ……。


――シロだ。


 私たちが振り返ると、やはりそこには二足歩行のうさぎが立っていた。


「ふむ…。まさかヤツが現れてしまうとはな」


 呆れるほど冷静なシロに、亜紀は堪忍袋の緒が切れた様子で、捲まくしたてる。


「ちょっと、ヤツって何? アンタ何か知ってるんじゃないの? だいたいあんな怪物があるなんて聞いてない。どういうことか説明しなさいよ!」


 こんなに責め立てられたにも関わらず、シロは顔色ひとつ変えずに答えた。


「あれは、もともとここに存在していたわけではない。あれをここに呼び出したのは、牧凛だ」


「どういうこと? 牧さんが?」


 一同が戸惑いを見せる中、シロは説明を続ける。


「そうだ。あれは「喰魔はま」。貴殿らももうお気付きだろうが、この屋敷にあるヒントを見つけることにより、貴殿らは失った記憶を思い出す。その過程で、思い出した記憶を拒むと、ヤツらは生まれるのだ。拒まれた記憶は行き場を失い、喰魔となる。

ヤツらは記憶主の記憶を食い尽くし、記憶主まで取り込もうとする。そしてその果てには、周りの人間まで取り込もうとして襲いかかるようになるのだ」


「大方、牧凛も、忘れてしまいたい記憶でも思い出してしまったのだろう」


「そんな……」


 私は、牧さんのキーホルダーを見つけた時のことを思い出す。あれも、牧さんの記憶だ。思い出させてしまったんだ。私も……。


 合意の元とはいえ、嫌な記憶を取り戻すのは辛かっただろう。私は、牧さんの記憶を取り戻すのに加担したことに少なからず責任を感じていた。


「……キーホルダーの件で、記憶を呼び起こしてしまったのは私だ。牧さんをあのままにはできない。具体的にどうすればいいかはわからないけど、……助けに行きたい」


 すると梶原くんが口を開く。


「それを言うなら俺も。あの絵は牧さんにとって嫌な思い出だったんだと思う。それを思い出させたのは俺だ。だから責任は俺にもある」


 そういうと、また沈黙が訪れた。


「あの…………」


 その沈黙を破ったのは、灯子だ。


「私だって、牧さんを助けたい。まだ会って間もないけど、もう知り合いだし。……でも、遠山さんの言ってることもわかる。牧さんを助けに行って、また誰かが痛い目にあったり、怪我をしたりするのは嫌」

「だから、少しでも助けられる可能性を上げられるように、ちゃんと作戦を立てない?」


 その言葉に、みんなは顔を見合わせ、そして頷く。


「よし、時間がない。牧さんを絶対に助けるんだ!」



――――覚悟は決まった。

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