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第12話 約束

 今、私は梶原くんと一緒に屋敷の裏へ周り、窓から中の様子を窺っている。



 あの後、私たち6人は牧さん救出作戦を実行するべく、作戦を話し合っていた。


「シロさん、ああなってしまった人を救う方法はあるんですか?」


 梶原くんがシロに問う。


「喰魔を倒して記憶主を救うためには、彼女の記憶を無理矢理取り戻させる以外に方法はない。ただし、記憶を受け入れられるかは彼女次第だ。どうなるかは私にもわからない」


 つまりは、私たちが記憶を取り戻す手伝いをしたところで、牧さんに受け入れる気がなければ失敗するということだ。危険な賭けになる。


……しかし、記憶を取り戻すにしても、彼女のバックボーンについての情報が少なすぎる。


 そういえば、牧さんはさっき、あの絵を見た時には不快さは露わにしていたものの、喰魔を呼び出すほどの拒絶はしていなかった。つまり、あの絵自体には彼女が忘れたいと思った記憶はないことになる。


――それなら、彼女はあの後、新たなヒントを見つけてしまったのかも……。


「牧さんのいたあの部屋に、新たな記憶につながるヒントがあるのかもしれない」


 まずはそれを探しに行くことが先決ということになった。


作戦はこうだ。


1, 私と梶原くんが、喰魔の目を盗み、屋敷へ侵入


2, 牧さんのいた部屋に行き、彼女が見つけたであろうヒントを探す


3, 2人の合図で他の3人が扉を開き、喰魔の気を引く


4, その隙を突いて、2人がヒントに宿った記憶を呼び起こし、喰魔を撃退


 なんともお粗末な作戦だが、こちらには戦力なんてかけらもない。平均年齢18歳の平凡な私たちの頭では、これが限界だった。


 因みに合図と言うのは、話し合い、シロの鈴という形に決まった。シロは嫌がったが、彼の鈴の音はよく通るのと、彼がいればもしもの時に役立つかもしれない、という理由で、彼も私たちと一緒に屋敷に忍び込むことになった。



 そういうことで、今は作戦1の段階だ。

タイミングを見計らい、私たちは窓から屋敷の中に忍び込む。音を立てないようにそーっと……。喰魔は私たちに背を向けて入るものの、私たちとヤツの間を隔てるものは何もない。あまりの緊張感に、思わず息を呑む。


 喰魔はまだ扉に夢中で、こちらには気づかない。

まず先に私が窓から中に入り、後から来る梶原くんのために、上げ下げするタイプの窓を抑える。

梶原くんもシロを抱え、音に細心の注意を払って中に入ってくる。


 ――そのとき、私の手が滑り、窓を取り落としてしまった。


 カタンッッ!


 しまった。落ちた窓が窓枠に当たり、音を立てる。

私たちは慌てて喰魔の方を見る。

ヤツは身体をピクッと震わせると、身体を捻り、ゆっくりとこちらを向く……。



――すんでのところで、私たちは階段裏の隙間に身体をすべらせ、なんとかヤツの視界から外れた。

私は口を手で覆い、肩で息をする。危なかった。危うく見つかってしまうところだった。

幸い、喰魔はこちらを調べに来ることはなく、再び扉をつつきだす。


 一旦は安心して、気づかれないようにそっと息をつく。


 再び動き出した私たちは、牧さんのいた部屋に向かうべく、階段を昇って行く。シロは昇るのに時間がかかりそうだったので、私が抱えていくことにした。

 今度こそ喰魔に見つからずに、やっとのことで部屋に辿り着いた。音さえ立てなければ意外と気づかれないらしい。

 中を覗くと、倒された家具が散乱しているものの、やはり牧さんはいなかった。ヤツに取り込まれてしまったんだろう。


 私たちは中に入り、散らばった家具の破片を避け、彼女の記憶に関するヒントを探し始める。

すると、以前梶原くんが見つけた青い鳥の絵と、そして……これは、写真? …を見つけた。

 2人で写真を見つめる。


「こんな写真、前はなかったよね」


「これが新しいヒントなのかも。でも、これだけじゃどんな記憶なのかわからないな」


 私たちは悩んだ。私たちは、牧さんのことを何も知らない。彼女から聞いた数少ない情報しか……。これじゃ彼女を助けられない。どうしよう……!


 そのとき、まばゆい光が私たちを包み込む。


――CDのときと同じだ。


パァァァァッ……。


 再び私たちがまぶたを上げると、やはりあの時と同じように映像が流れ込んでくる。

ただ、この間とは違い、今度は音も鮮明に聞こえてきた。


 映像の舞台は、美術室と思われる場所だ。そこに2人の女の子が向かい合って何か話している。そのうちの1人は、牧さんだった。今よりも髪が長く、高校の制服も着ているが、面影はある。


「みさきはすごいよね、なんにでも積極的で。絵だって上手いし、ほんと尊敬するよ」


「えー、何? 恥ずかしいなぁ。私は、好きなことだから頑張れるんだよ。凛は? 何かやりたいこととかないの?」


「私は……何もないんだ。何やり始めてもすぐに飽きちゃってさ。ほんと、何がやりたいんだろうね」


 牧さんはこの頃から物事に対する興味が薄かったらしい。すると、みさきと呼ばれた女の子が何やら考えた様子で、口を開く。


「……じゃあ、私と一緒に画家目指さない?」


「……え? 私が?」


「無理だよ。絵だって高校から始めただけだし、才能ないし、画家なんて到底……」


「でも、絵は好きなんでしょ? いっつも、私よりずっと多い枚数描いてるじゃん! 2人ならきっと続けられるって。約束ね、2人で叶えよう!」


 彼女が満面の笑みでそう言うと同時に、映像が切り替わる。


 今度は、散らかった部屋が見える。

その部屋の隅で、机に向かい何やら書いている牧さんの姿があった。周りには彼女が描いたであろう、おびただしい数の絵。中にはぐちゃぐちゃに塗りつぶされたものもある。


彼女の手元を見ると、それは絵画コンクールの応募用紙だった。彼女は何を思ったか、手を止めると、今度は手近にあった絵を虚な目で見つめる。そして、あろうことか、応募用紙をぐしゃぐしゃに握りつぶしてしまった。


――どうして?


 私がそんな疑問を抱えている間、再び場面が変化する。


 切り替わると、そこは空港で、牧さんと、みさきと呼ばれる女の子が話している。どうやら別れを告げているらしい。


「私、先に行くけど、ずっと凛のこと待ってるからね」


 彼女はそう言うと、ゲートへ向かう。

しばらくして、彼女の乗った飛行機が空へ飛び立つと、彼女は、片方のキーホルダーをきつく握りしめていた。


――そこで映像は途切れた。


 私たちは記憶から解放され、顔を見合わせる。


「今のって、牧さんの記憶……?」


 梶原くんは、記憶を見たのは初めてのようで、一層驚いていた。


「貴殿は……」


 すると突然、シロがこちらを見て何か呟いた。しかし、すぐに口を閉じてしまい、何を言ったのか聞き取れなかった。


「っていうことは、あのみさきって言う友達が自分を置いて、先に絵の世界に飛び込んでしまったことが、牧さんの思い出したくなかった記憶なのかな。」


 ……本当にそうだろうか?


そんなに絵の世界でやっていきたかったのなら、自分の絵が評価されたかったのなら、コンクールにでも何でも応募すればよかったのに。そうしなかったのは何故だ?

 そんな疑問を抱え、他にも何か手掛かりがないか探すも、何も見つからず、私たちはついに、喰魔のもとへ出撃することにした。


 部屋から出て、階段の手すりの陰に隠れる。

と、梶原くんが真面目な顔をして、声をひそめて話し始めた。


「牧さんの記憶を取り戻せるかも賭けだし、やっぱり危険だ。東さんだけでもまだ引き返せる。どうする?」


 もっともな意見だ。これ以上ないほど危険なことをしようとしているのは分かっている。……だけど、


「梶原くんだけにこんな危ないことさせられないよ。私も行く。……それに、さっきの記憶。私前にも見たことがあるの。何か役に立つかも知れない」


 そうだ。ここまで来て今更引けない。


「分かった。それじゃあ、一、二の三で飛び降りよう」


 梶原くんは納得してくれたようだ。



もう覚悟は決めた。あとは行動するだけだ。


――絶対に助ける。


―1


――2


―――3



チリン…………!


 乾いた鈴の音が響き渡る。みんなで決めた合図だ。


 合図と同時に扉が開き始める。

私たちは階段の手すりを飛び越え、宙に舞う。心臓がバクバクとなって、目の前の光景がコマ送りのように映った。

そしてそのまま、扉へ突進する喰魔の方へ弧を描いて落ちていく。


「うっ……うわぁぁぁぁぁ!!!」


 半ばやけくそになり出した大声が、シロを抱えた梶原くんの叫び声と重なる。

喰魔の背中にどんどん近づいて行く。


――ついに牧さんの部屋で見つけた写真を持った手が喰魔の背中に触れる。

 写真から白い光が漏れて、目の前が明滅する。記憶が呼び起こされたんだ。


グォォォォォォォォ!!!


その光に苦しむように、突然喰魔がもがき始めた。ヤツの背中にしがみついた私たちは、それに巻き込まれ、振り落とされてしまった。


「ガハッッ……!」


床に叩きつけられ、背中を強く打つ。

 しまった……。




 その瞬間、暴れ回る喰魔と目が合う。

ヤツは、のたうちまわりながら、私の方へ一歩、また一歩と近づいてくる。


……殺される……!!!

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