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第13話 チャンス

 ………殺される……!!!


 ただただ、恐怖で声も出ず、腰が抜けて立つこともできない。私はこのまま死ぬんだろうか?ここで死んだらどうなるんだろうか?


 少し離れた場所で梶原くんが、扉の前では亜紀たちも顔をひきつらせ、立ちすくんでいる。

誰もが、失敗した、助けられなかった、そう思っていた。

 その時、喰魔の上から何かが落ちてくるのが目に映った。


――キーホルダーだ。


 前に見つけたものとは違い、クマではなくうさぎがあしらってある。恐らくあれと対になったもう片方だ。


「東英江! キーホルダーに触れろ! 記憶を強制的に呼び覚ますのだ!!」


 シロの叫びでハッと我に帰る。目の前で喰魔が巨大な鉤爪を振りかざす。私は恐怖ですくむ脚を必死で引きずり、落ちてくるキーホルダーに手を伸ばした。


 鉤爪が私に向かって振り下ろされるのと、私がキーホルダーを掴むのがほぼ同時だった。


 ――瞬間、屋敷の広間は消え、代わりに何もない空間に、2人の女の子が現れた。

過去の牧さんと、その友達の、「みさき」だ。


「凛、また失敗なの? こんなによく描けてるのに。コンクールに出せばきっと入選するよ」


「だめ。だめだよ。こんなんじゃきっと落ちるに決まってる」


「だからって、応募もしないんじゃ評価もクソもないでしょ。………知ってる? チャンスには前髪しかないんだって。だから、向かってくるチャンスを、自分から捕まえにいかないと。通り過ぎてからじゃ捕まえられないんだよ」


「………………」


 唇を噛み締め、黙ってしまった牧さんに、「みさき」は、微笑み、付け加えた。



「自信がないんだね。まあ、チャンスなんて………………」



 その言葉で私の意識は現実に引き戻される。

それと同時に私の中で、引っかかっていた問題がするりと解けた。


そうか………! 牧さんが今まで引きずっていたのは、「みさき」に置いて行かれたことじゃない。本当に悔しかったのは………!


「牧さんが、本当に悔しかったのは、許せなかったのは、あと一歩を踏み出せなかったですよね?!」


 鋭い鉤爪が私の前髪をかすめ、紙一重で動きが止まる。

 喰魔は私の言葉に怯んだように見えた。これはチャンスだと、私はたたみかける。


「貴方は友人……みさきさんと画家になる約束をしていた。みさきさんは絵画コンクールに応募し、その絵が評価されて、貴方を置いて、先に夢への一歩を踏み出してしまった。

最初は、貴方はそれを恨んで、記憶を閉じ込めてしまっていたんだと思っていました」


「でも……でも違うんですよね?牧さんは、みさきさんに追いつくために、並々ならぬ努力を続けてきた。でもそれに貴方は満足できず、自信をなくしていった。……コンクールに応募することすら躊躇うほどに。自分の絵にどんな評価が下されるのかが怖かったから」


 目の前の喰魔は、苦しそうに呻き声を上げる。

それすらも恐ろしかったが、私は恐怖を振り払い、最後のとどめかの如く言い放った。


「だから、貴方が閉じ込めていた記憶は、思い出したくなかったのは……、一歩を踏み出す勇気のなかった自分自身のことだ!!」


 言い終わると同時に喰魔は地が割れるような低い声で咆哮した。と同時に禍々しく光っていた身体がドロドロと溶け出してゆく。喰魔は形を失っていった。





――――――




 声が聴こえる。私と一緒に屋敷に来た女の子……。英江ちゃん……だっけ。


ああ、そうだ。私なんでこんなこと忘れてたんだろう。みさきのせいにしてまで……。

 あの時、あと少し、あと一歩踏み出せていれば……。


空に憧れる小鳥のように、飛び立つことができていたのなら…………。




――――――



 私たち5人に囲まれて、牧さんは2階の一室のソファの上で目を覚ました。


あの後、喰魔の身体は完全に溶けきり、中からはぐったりとした牧さんが出てきた。広間は喰魔のおかげで酷い有様だったので、私たちは協力して、彼女をここまで運んできたのだ。


牧さんが起きあがろうとするのを心配そうに見つめるみんな。


「喰魔に取り込まれていたのだ。起き上がるのもやっとだろう。無理もない。暫くは安静にしているのだぞ」


すると、気まずい沈黙が流れる前に、少し離れたところで見守っていたシロが口を開いた。


「うさぎに心配される日が来るなんてね。

……みんな、迷惑をかけたよね。意識は朦朧としてたけど、何となく覚えてる。謝って済むような問題じゃないけど、……本当にごめんなさい」


 牧さんは苦しそうにそう言って、頭を下げた。

すると、灯子が慌てて言う。


「そんな…。頭なんか下げないでください」


「助けるためとはいえ、嫌な記憶を思い出させたのは俺たちだし。……こちらこそすみません」


と梶原くん。私もいたたまれない気持ちになり、続けて謝った。


「私もです。ごめんなさい」


 牧さんは少し驚いたような顔でこちらを見ると、悲しそうに笑った。


「見たんだよね?私の記憶」


私たちが黙っていると、続けて彼女は話す。


「情けないよね。画家になろうって約束したのにさ。先に約束破ったのは私じゃんね。……約束も、あの子の名前も全部思い出したよ。茅野かやのみさきって言うんだ」


 私はその悲しい姿に、堪らず口を開いた。


「あのみさきさんって人はこう言っていました。「チャンスには前髪しかない。だから自分で捕まえに行かなきゃいけない」って」


「うん。本当にそう思うよ。あの時、自分から行動していたら、違う未来もあったかもって。でも今更気づいたって……」


 そう、自嘲的に笑う。その様子に、私はムキになって言った。伝えなきゃ、みさきさんの言葉を……!


「続きがあるんです! 彼女はこうも言っていました。「まあ、チャンスなんて………」」



「「チャンスなんていつでも、いくらでもやって来るけどね。」」



 牧さんは、ハッと何かに気づいたような顔をしていたが、暫くすると、おそらく今までで1番の笑顔でこう答えた。



「それも、そっか」

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